162 囚われのお姫様
さてさて、よもや上級魔族がああも簡単に負けるとは思っていませんでした。彼らは何と言っても魔族で五本の指に入る実力者で、特に青騎士とテオスの強さは異常ですからね。といっても、クロノは本気では無かったようですし、青騎士も半分は死ぬ気でしたからね。まともに戦っていたら彼に勝機は無かったでしょう。
そしてアーサー・レンフィールドが向かう次なる国は『スコーピオン帝国』。科学力では『ポラリス王国』には敵いませんが、その軍事力だけ見れば『ゾディアック』で一番と言えるでしょう。兵隊は全て無人機なので兵士は一人もいません。それどころか本来なら『スコーピオン帝国』を治める人々がいなければならない城には彼女一人しかいません。
セラ・テトラーゼ=スコーピオン。
両親が亡くなった後、たった一人で今日まで『スコーピオン帝国』を治めてきた賢王です。まあその反面、自分以外の全ての人々を城から追い出した暴君とも呼べますが。
それが今になって昔出て行った妹を連れ戻そうとし、そのせいでアーサー・レンフィールドという少々厄介な人物を呼び寄せる事になってしまいました。まあ彼の事ですし、両方の事情を知ってしまえばあまり乱暴な手段には出ないでしょうが。
ただこれだけは言えます。『スコーピオン帝国』の軍事力は魔力に依存せず全て科学力によって維持されています。だから『魔力掌握』の力が及ばない敵の多いあの国は、彼には少し相性が悪いかもしれませんね。
◇◇◇◇◇◇◇
アレックス達と別れてから四日後、セラに連れ去られたサラは無事だった。結祈やシルフィーが懸念していた魔術の抽出による死もなく、むしろ豪華な食事や着替えなども用意して貰っており、特別待遇で迎えられていた。今だってそれこそお姫様が着るようなドレスを着ているし、腕には装飾品として腕輪までしている。
「まるで絵本に出てくる囚われのお姫様……なんてね」
正確に言えば単なる軟禁だ。この部屋は『タウロス王国』にあった地下の控室と同様に魔術の使用を制限する仕組みになっているし、サラにだって閉じ込められている自覚はある。ただ重苦しい事を考えていても仕方が無いので現実逃避をしているだけの呟きだ。
(……みんなは無事かしら)
窓の外の景色を見下ろしながら、ここ数日間何度も考えている事が再び浮上してくる。
(特にアーサーね。あいつまた無理してなきゃ良いけど……)
どうせ無理をしているという予想ではなく、確実に無理をしているという確信があった。本来なら彼に付いて行って手助けの一つでもしたい所なのだが、こちらもこちらで切羽詰まっている。
「……大丈夫、大丈夫よ。あたしは一人で何とかできる」
窓ガラスに額を押し付けながら、俯いた表情で自分に言い聞かせるように呟いた。
「待たせたな」
すると数日ぶり、ここに連れて来られた日以来初めて部屋の扉が開かれた。
そこから入って来たのはセラ・テトラーゼ=スコーピオン。この国の王女にして実の姉、そして今サラを軟禁している本人だった。
「……攫って来てから数日間も放置しておいてよく言うわ」
「任意同行じゃなかったのか? それに一応は女王なんでね、こう見えて色々と忙しい身なんだ」
「……両親は?」
それは自分の父と母の事について尋ねるのではなく、まるで他人事のような訊き方だった。
「あれは殺したよ、安心しろ」
「……そう」
そこには憤りも蔑みも無かった。姉が両親を殺したと聞いて、むしろ僅かな安堵を覚えているようにすら見えた。それは姉妹の二人にしか分からない、独特の空気だった。
「それで、あたしを『機械歩兵』の強化に使い捨てるんでしょ?」
「ああ、あれな。あれはあの場で思い付いた嘘だ。本当の要件はお前自身の強化だよ」
「……あたし自身?」
「ああ。『タウロス王国』でドラゴンを登録したんだろ? 空を飛んでいたという報告もあるな。随分と『獣化』のレパートリーが豊かになってきたんだろう? 今はホワイトライガーの他に何を登録している?」
「……ドラゴンとグリフォン、それからハネウサギとストーカードッグよ」
「ふむ……そうか」
セラは顎に手を当てて僅かに思案し、何かに納得したように呟くと入って来たドアを開けた。外には当然のように二体の『機械歩兵』が待機していた。
「無機質な護衛ね」
「だが人間のように裏切らない優秀な下僕だ。とにかく付いて来い。お前に登録して欲しい神獣がいる」
銃口を突き付けられながらセラに付いて行き、案内されたのは大きな中庭だった。そこには本来無いであろう、巨大な鳥が氷漬けにされたオブジェが置かれていた。
「懐かしいか? ここはよく駆け回ったものだな」
「あのオブジェは……」
「お前が登録したドラゴンやグリフォンに並ぶ神獣、不死鳥だよ。面倒な事にヤツは死んでも蘇るのでな。こうして捕縛してあるんだ」
「これを登録……」
「ああ。ストーカードッグなら要らんだろ。あれを消して不死鳥を登録しろ。本家程では無いにしろ、回復の力と炎の力を扱えるようになる」
「……」
サラからしてみれば、これは悪い話ではなかった。一人でどうにかしなければならない現状、たしかに嗅覚しか取り柄のないストーカードッグより戦力になる不死鳥の方が良い。
「……話がうますぎるわ」
「ほう……」
しかしサラは鋭い視線をセラに向けたままこう続ける。
「あたしに力を与えてあんたにメリットが無い。何か別の目的があるんでしょ?」
「何を今更。そんなの当然だろう?」
あっさりと真意を吐いたセラは巨大な氷のオブジェに近づいて手のひらを置きながら、
「お前にはこの国に戻って来て欲しいんだ。お前が出て行った頃とはもう違う、この国は変わったんだ。私達を利用しようとした汚い連中は全員追い出したし、あの忌々しい両親もいない。それに軍備だって整えた、不死鳥もそのためだよ。こいつの力があれば、お前は百人力の戦力を得られる」
「……それで、どうすれば登録できるの?」
「こっちに来い。私が氷を砕いた瞬間にヤツに近づいて触れろ。不死鳥が炎を噴き出して復活する前に登録を済ませるんだ」
サラはとりあえず言う通りにセラと同じように氷のオブジェに近寄り、踵の高い靴を脱いで脚を『獣化』でハネウサギの物に変化させる。
「準備は良いか?」
「この長いスカートのせいで動きにくいけど、まあ問題ないわ」
セラの確認にサラがおどけた調子で返答すると、すぐに不死鳥を縛っていた氷が内側から破裂するように吹き飛んだ。サラは氷が吹き飛ぶ方向に逆行するようにハネウサギの超加速で一気に不死鳥へと駆け、その体に触れる。
そしてサラが触れてすぐ、ぐったりとした不死鳥の全身から炎が噴き出た。間一髪のところでサラは無事に離脱していた。不死鳥は復活するとすぐに大空へと飛び立って行く。
「登録はできたか?」
「……ええ、一応ね」
「それは何より。戻る決心をしてくれて嬉しいよ、サラ。やる事はいっぱいあるぞ」
「……何か勘違いしてるようだけど」
上機嫌のセラに気分に水を差すように、
「あたしはあんたに協力する気も、この国に帰ってくる気も全く無いわ」
囚われの身とは思えない強気な姿勢でそう言い放った。
「この国が変わったですって? とんでもないわ。相も変わらず、ここはゴミ山よりも嫌な匂いがするわ。こんなドレスや派手な装飾品で着飾ったって何も変わらない。ここには自由なんて無い、まるで檻の中だわ。息苦しくてしょうがない」
「……はあ、ではあくまで歯向かうと?」
「ええ、そうよ」
「なら仕方ない」
セラがそう言ってパチンと指を鳴らすと、サラが身に着けていた腕輪から嫌な駆動音が鳴る。そしてその瞬間、『獣化』で変化させていたはずの脚が元の姿に戻ってしまっていた。
「なっ……!?」
「悪いが魔術を封じさせて貰った。これでお前の頼みの綱はあのお仲間だが……ヤツらはここには来れないぞ? なにせここには今、最強の門番がいるからな」
「……それでもみんなは来るわ」
武器を奪われたサラはそれでも睨むようにセラを見ていた。対してセラは視線を外しながら忌々しげに舌打ちをして、
「……三日後まで待つ。それまでもう一度よく考えろ」
ありがとうございます。
今回から第一〇章の始まりです。
ところで前回、【?? 未来の話をするとしよう】に出てきた『議事録』の存在が明かされました。つまりは『カプリコーン帝国』は今後重要な位置に来るという訳ですね。それと本の表紙にはめこまれた石、勘の良い方はこれだけで何か気づいたでしょうね。