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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第九章 停滞した針を動かそう Piece_of_“DIPPERS”.
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159 停止した時の中で

「アーサー君もいないですし、丁度良い機会です。クロノ、貴方に訊きたい事があります」


 それはアーサーが青騎士と共に転移し、まだクロノが集落の傍にいた時の会話。

 少し前までアーサーの身の心配をしていたアナスタシアだったが、今は怖いくらい真剣な表情だった。


「あなたの目的は何ですか?」

「……どういう意味だ?」

「質問を変えましょう。貴方は何故、上級魔族を倒すためにこんな回りくどい手を取ったんですか?」


 巨大なオリハルコン製の盾を持ち上げて、その縁を剣の切っ先のようにしてクロノに向ける。


「私の救出、アーサー君を立ち直らせるため。なるほど思わず納得してしまいそうなほど完璧な理由です。しかしローグ君が亡き今、根本的な問題として貴方はたった一人でも世界を終わらせるだけの力があるはずです。そうでしょう? 『一二災の子供達ディザスターチルドレン』が一人、『時間』のクロノス」

「……」

「理由は知りませんが、魔力も相当溜め込んでいるようですね? それだけあればかなり時間、時を止められるのではないですか?」

「……」

「今一度問います。貴方の目的を教えなさい、クロノ」

「……はっ」


 詰め寄るアナスタシアにクロノは軽く笑った。


「鋭い洞察だ。五〇〇年も寝ていた割にまったく衰えていないな」

「誤魔化さないで下さい。貴方はアーサー君を何に巻き込んでいるのですか」


 へらへらとしていたクロノだったが、その問いに打って変わって真剣な表情となる。


「……随分とヤツを気にかけているな。気に入ったのか?」

「貴方にも分かっているのでしょう? 彼はローグ君に良く似ています。表面的には似ていないように見えますが、根が優しい所も葛藤する姿もそっくりです。だから彼と同じ失敗をしないか心配する事が悪いのですか?」

「別に悪いとは言っていないさ。だがヤツは『担ぎし者』だ。また死にたくなければ入れ込み過ぎない事だな」

「あの時の選択に後悔はありません。だから答えて下さい。アーサー君をどうするつもりですか」


 しつこく追及してくるアナスタシアにうんざりしたように、クロノは舌打ちをしながら視線を逸らして、


「別にどうもしないさ。ヤツが青騎士を倒せるならそれで……な」


 結局クロノはそれしか言わなかった。

 次の瞬間にはアナスタシアの追及から逃れるように、手の届かない場所へと消えてしまう。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 アーサーは奇妙な感覚に囚われていた。

 いつもなら気づいた時には次の場面に移っているはずの時間停止なのに、今回だけは毛色が違った。モノクロになった魔王の部屋で停止している自分とクロノを客観的に見ているのだ。


「これは……」


 最初、幽体離脱をしているのかと思った。しかしそれでは自分を含めて何も動かないのはおかしいと思いすぐに却下する。原因が分からない状況だが、とりあえず自分自身に近づいて顔を覗いてみる。

 クロノの名前を叫ぼうとしながら右手を伸ばしかけて停止しているその姿は、まるで鏡を見ているような気分だった。

 次にクロノの方に目を向ける。時間停止を使われているのだとしたら、もうモノクロの自分が伸ばしかけている手は届かない。だからその代わりという訳ではないが、今動ける自分が彼女に向かって右手を伸ばそうとする。


「……?」


 しかしそこで気づいた。

 自分の右腕、正確には肘より先が黒い闇に覆われて存在していなかったのだ。


『ようやく会えたな、アーサー』


 全てが停止しているモノクロの世界に、自分以外に動いている誰かがいた。全身が黒い影のようなものなので姿は分からないが、その声だけはハッキリと聞こえてきた。


「あんたは……」

『お前の右腕の本来の所有者だ。ローグ・アインザームといえば分かりやすいか?』


 それはずっと会いたかった人物の名前だった。けれどアーサーは喜ぶ訳でもなく、訝しげに黒い影を睨んで言う。


「あんたがローグ・アインザーム? 姿が見えないと分かりづらいな」

『元々お前は俺の姿を知らないだろ』

「それはそうなんだけどさ」


 魔王と呼ばれているくらいだしもっと大仰な態度かとも思ったのだが、まるで普通の人間と話しているような感覚だった。

 とにかく急な対面だが、彼に会うために『ジェミニ公国』から遥々『魔族領』まで旅をしてきたのだ。魔族の事、レミニアの事、とにかく話したい事が沢山ある。


「俺、あんたに訊きたい事が……」

『ああ、分かってる。だが時間が無い。お前が今やるべき事は俺との会話じゃない。そこにいる馬鹿を止める事だろ』


 目は無いが、なんとなく彼がクロノを見ているのが分かった。上級魔族の一人でもあるし、もしかしたら彼にとってクロノという人物は特別な存在だったのかもしれない。

 それを感じ取って、アーサーは溢れそうになる思いを堪えながら言葉を返す。


「……そうだな。その通りだ」

『そうだ。だからそいつを止めるために一つ良い事を教えてやる』

「良い事?」

『右腕の使い方……というより心持ちだな。魔力を()()み、世界を()()む。これがポイントだ』

「おおう……凄い根性論……」

『心持ちだって言っただろ。この世界の全ては魔力に包まれている。それを掌握できれば世界を掌握するのと何ら変わらないって事だ』

「……」


 言われて無くなっている右手に視線を移す。

 感覚すら無いそれを虚空へと伸ばす。


「魔力を()()み……」


 肘から先に手がある感覚を持つ。

 そこから自然魔力を使う時の要領で、右手の先をどこまでも広くイメージしていく。


「世界を()()む!」


 その言葉を口にした途端、右腕の闇が晴れてその下から白く煌びやかな右腕が現れた。


『やっぱり馴染むのが早かったな。てっきり失敗して右腕が吹き飛ぶかとも思ったんだが』

「おい」

『まあ成功したんだし気にするな。それより分かってるな』

「……何か誤魔化されてる気がするけど、そこは分かってるよ」


 取り戻した右手を握り締めて、モノクロのクロノへと視線を移す。

 時間停止の力は他には無いほど強力だが、それは孤独を増幅させる力でもある。力を使う度に現実時間を生きる人達とは誤差が生まれる。そうじゃなくても五〇〇年も生きれば数え切れない別れを繰り返してきたはずだ。彼女の胸中は彼女の人生の一割も生きていないアーサーには分からない。


『……俺にはあいつを救えなかった』


 懺悔するように、ローグ・アインザームは呟く。


『だから頼むぞ。その右腕には僅かだが俺の力も残留している。それを使ってあいつを止めてくれ』

「……ああ」

『良いかアーサー・レンフィールド。俺と同じ失敗をするな。仲間を護れ。希望を絶やすな。お前らの夢は俺の夢でもあるんだからな』

「任せろ」


 短く応えると同時にアーサーの右腕を中心に空間に亀裂が入る。

 モノクロの世界が壊れ、アーサーはその外側へと飛び出していく。

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