158 上級魔族の秘密
突破口が一つしか無いアーサーは迷わずクロノに向かって駆け出す。
対して、クロノの方も迷わずに行動に移った。
「貴様は確かにローグと同じ力を持っているが、目視しただけで魔力を操れはしない。あくまでその右手で触る事が条件だ」
前提条件の確認。
それはアーサーの耳にも届いていた。そしてそれがいつも自分が突破口を見つける時にやっている事だと分かると途端にゾっとする。
「つまり何が言いたいのかというとな、不完全なその力なら対処法も浮き彫りになるという事だ」
クロノからアーサーに向かって一直線に白い魔力弾が放たれる。アーサーはそれに向かって何の気なしに右手を伸ばす。だがその魔力弾はアーサーの右手に着弾する直前、内側から弾けるように四散して無数の風の刃となってアーサーの体に襲いかかる。クロノは狙っていたのか、それは右腕以外の場所ばかりだった。
「まず一つ、一度に多方からの攻撃には対応できない。例えばこんな風に!」
次にクロノが出したのは小さい無数の魔力弾。それがアーサーの体を四方八方から取り囲む。
(おい、冗談だろ!?)
「青ざめたな。その予想は正しいよ」
同時だった。
数えるのも馬鹿らしい数の魔力弾が全方位から一斉にアーサーに襲いかかる。この程度の大きさなら数発は貰っても致命傷にはならないだろうが、これだけの数を食らったら身が持つはずがない。
(『人類にとっても小さな一歩』で弾幕の外に逃げる!? いや、クロノもそれが分かってるから弾幕は一メートル以上の厚さがある。どうする!?)
もう考えている時間は無かった。
ほとんど無意識に、思考ではなく右手に導かれるように行動に移った。
見据えたのは目の前の弾幕。そこに向かって右手を開いて振るう。そうしてクロノから主導権を奪った魔力弾を操作して、正面の消しきれなかった魔力弾に当てて打ち消す。そして開いた空間に体を反転させて頭上を向きながら飛び込む。同時に今度は頭上から降り注いで来る魔力弾に右手を振るい、先程と同じ手順で自分に向かって来ていた魔力弾を数発消す。流石に何発かは貰ってしまったが、それでも最小限のダメージで弾幕を切り抜けた。背中から床に着地した後すぐに体勢を立て直して再びクロノに向かって駆け出す。
「はっ! 神懸っているな。ではこれならどうだ?」
そう言ってクロノは手のひらに光り輝く一発の魔力弾を作り出す。単発である事にアーサーは一瞬だけ安堵しかけるが、再び右腕が奇妙に疼く。
(―――そうだ。俺の弱点を突いて来るなら、あれは間違いなく―――)
ほとんど無意識に右腕を胸の前に持って行った瞬間、クロノ腕からそれが放たれる。その魔力弾の正体は、
(『光』の属性の光速魔力弾!!)
刹那の時間も与えられず、光速魔力弾はアーサーへと直撃する……が、
「ぐぅ……っ!!」
「なっ!?」
信じられない事に、アーサーは目視できないそれを右手で受け止めていたのだ。
「っ……返すぞ、クロノ!!」
「チィ!!」
今度は自らが光速魔力弾を受ける事になったクロノだったが、彼女は着弾する前に玉座の前から消えた。例の超スピードで逃げたのだろう。いつの間にか玉座から離れた位置に立っていた。
「……なるほどな。やはり青騎士を倒したのも単なる偶然って訳でもないようだ。流石に今のを躱すとは思ってなかったよ」
右腕一本で対処しきれない数の攻撃や、体を動かす暇も無いほど速い攻撃、それから目視できない攻撃は魔力を操れるアーサーの右腕に対する攻略法として最適なものだ。その内の二つがまともに通じなかった事に、クロノは素直に驚嘆していた。
「そいつはどうも。にしてもお前、一体いくつ魔力弾のレパートリーあるんだよ。この右手が無かったらとっくに死んでるぞ」
「これでも一応は上級魔族だからな。それなりの力はあるさ」
アーサーは不作法だとは思ったが、クロノが喋っている隙に距離を詰めるために走る。いくら近づいても超スピードで逃げられてしまうかもしれないが、それしか手が無いので仕方が無い。
「確かに貴様は上級魔族としての私には勝てる、それは認めよう」
避ける動作も見せず、滔々と語る。
その間にもアーサーはクロノの馬鹿げた自殺を止めるために懐へと飛び込んでいく。
「だがな」
ぽつり、とクロノが至近で呟いた。
しかしアーサーはもう拳の届く懐へと踏み込んでいた。後はそれを振るうだけで決着がつく場所。
だからこそ、
「お前は『一二災の子供達』としての私には勝てなかったな」
理解が及ばなかった。
その言動も、その行動も。
気づいた時にはアーサーの体は拳を構えた姿勢のまま宙に浮いており、天井を見上げていた。そして眼前には逆に拳を構えたクロノ。次の瞬間には容赦なく顔面に拳を叩き込まれ、床へと叩きつけられた。
ぼんやりと景色が揺らぐ。軽い脳震盪でも起こしているのか、頭部への強い衝撃で意識が朦朧としていた。だからアーサーは自分が仰向けに倒れているのだと気づくのにそれなりの時間を要した。
「な、んて……」
「だから『一二災の子供達』だよ。ラプラスとも会っただろう? あれと同じだよ」
絞り出すような声に返答はあった。だが言葉を聞き取れても理解が追い付かない。
「……俺に、何を……」
「なんでも聞いたら答えが返ってくると思うな、少しは自分で考えろ。お前なら理解できるはずだ。戦闘中だけではなく、トランプのイカサマの時にも見せてやったしな」
「……超スピード?」
「発想力がまだ追いついていないぞ」
言われて少し考えてみる。
これまで何度か見たクロノの超スピード。しかしその答えが超スピードでないとしたら?
発想力はまだ追いつかない。だから次にラプラスの事を考えてみる。『未来観測』の力をもつ『未来』のラプラス。その力は限りなく魔法に近い魔術だったし、『世界観測』に至っては魔法の域に達していた。ならば同じ『一二災の子供達』であるクロノが、超スピードなどというその気になればそこらの魔術師にでもできる程度の力で収まっている訳がない。
では瞬間移動かと思うが、それもすぐに否定する。回避行動だけならそれで説明できるが、トランプは操作されてアーサーの体は動かされている。それは移動するだけでは説明できない事だ。
となると超スピードでも瞬間移動でもない他の可能性に目を向けなければならない。例えどんなに信じられなくても、残った答えが一つならそれが答えなのだから。
「……まさか」
そこから導き出される結論。アーサーは思い付いた自分でも信じられないといった感じで、その答えを口に出す。
超スピードや瞬間移動ではなく、こちらに気づかれる事なく行動を終えているその力の秘密。
それは。
つまり。
「時間を止めてるっていうのか!?」
「正解だ」
そして見せびらかすようにクロノはその力を使い、アーサーの見ている方向の反対側へと移動する。アーサーは自分の呼吸が浅くなっているのを自覚していた。
「もう理解できていると思うが、私は遊んでいる。私は死ぬために長い時間をかけて膨大な魔力を集めた。これでも死ぬのには五分だが、燃費の悪い時止めは何度か使える。とは言ってもそろそろ決着をつけないと魔力が無駄だ」
「……クロノ、頼む。考え直してくれ」
「何度も考えたさ。五〇〇年というのはそれほど長い」
アーサーはまだ何かを言おうと口を開けかけたが、言葉が出なかった。たかだか一〇年かそこらしか生きていないアーサーの言葉が、どうしたらクロノに届くと言うのか。
「ああ、そうだ。最後に一つだけ。お前と一緒だった時間はここ数百年の内でも中々愉快だったよ。もっと早くに出会っていれば、もう少しくらいは一緒にいたかったと思えるくらいにはな」
「クロ……っ!!」
言葉は続かなかった。
それはクロノが『一二災の子供達』としての力を発動させたからだった。
アーサーにとっては一瞬、クロノにとっては長い時間停止が始まる。
ありがとうございます。
今回はクロノの力の秘密を明かしました。そしてラプラスに続く二人目の『一二災の子供達』の登場です。
彼らはこの物語の根幹を成している存在です。あと一〇人も追々登場させていきます。