行間四:三人欠けた決断
水を取りに行っていたシルフィーが戻ってくるとそこにはサラの姿がなく、沈んだ様子のアレックスと結祈だけがいた。
二人に近づくと声をかける前に気づいたアレックスの視線がシルフィーに向けられる。
「シルフィー……良かった。お前は無事だったか」
「はい。襲われはしましたけど、なんとか撃退できました」
「まあ、なんだかんだお前は魔法が使えるしな。当然と言えば当然か。となると問題はサラか……」
「サラさんがどうかしたんですか?」
純粋なシルフィーの疑問にアレックスは苦虫を噛み潰したような顔で、
「半ば強制的に『スコーピオン帝国』に連れてかれた。王女でもあるあいつの姉ちゃんにな」
「そんな!? すぐに助けに向かわないと……っ!!」
「まあ落ち着けって。連れてかれたっつっても元々身内なんだ。そこまで酷い目には遭わねえだろ」
「……どうかな」
あからさまに現実逃避をしているアレックスを止めるように結祈が言葉を挟む。
「あの人は『機械歩兵』の強化のためにサラが必要だって言ってた。悪い言い方だけど、サラの特異性って言ったら無属性の魔術の『獣化』しか考えられない。もしサラが協力する事で命の危険があるとしたら……」
「無属性の魔術は『固有魔術』と同じですからね。それに家族という面から見ても利用しやすいと考えたのかもしれません。もしサラさんの『獣化』を抽出して利用しようとしているなら、可能か不可能かを置いても、そんな無理な事をすればまず間違いなく死んでしまいます」
最悪の可能性を深く掘り下げていく二人に危機感を感じたアレックスが急いで口を出す。
「おい待てって、ちょっと冷静になれよ。全部ただの憶測だろうが。もしかしたら久々の再開に会話に花を咲かせてるだけなのかもしれねえだろ!?」
「アレックスはさっきの様子を見て本当にそう思う?」
「……っ、そりゃ確かに傍目から見ても仲良くは見えねえよ。でもだからって『スコーピオン帝国』に突っ込んでケンカを売る気か!? それもたかだか三人で!? 無謀なんてもんじゃねえぞ!!」
「でもアーサーなら絶対に見捨てない。こういう時、状況を全て踏破しようとする」
アーサーの名前を出されて、アレックスは思わず歯噛みした。
「……結祈、テメェにとってアーサーが大切だってのは分かってる。だが影響を受け過ぎだ!! いくらあいつでもそこまで無謀を犯すか!?」
「……アーサーさんならやりそうですね」
「ああそうだなクソッたれ!!」
アレックスが苛立っているのは結祈とシルフィーにだって分かる。今回は今までと状況が違い過ぎる。たしかに『タウロス王国』でも国を相手にしたが、あの時は隠密だったし内情に詳しい協力者もいた。しかし今回は最初から存在がバレているし協力者も無し。サラを取り戻すには真正面から一国を相手にしなければならない。
「……このままだとサラは絶対に帰ってこない」
それを踏まえたうえで、結祈は改めて事実を確認するようにそう言った。
「じゃあどうするってんだよ」
その言葉に反応したアレックスが低いトーンで言う。それに対し、結祈は胸の前で拳を握りながら確信に満ちた声音で、
「どうにかしてアーサーとレミニアと連絡を取ろう。大丈夫、五人いれば何とかなるよ」
ありがとうございます。
ここまで四回の行間で、一〇章への布石は打てました。第九章も残すところあと四話といったところです。次回はアーサーとクロノの戦いです。