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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第九章 停滞した針を動かそう Piece_of_“DIPPERS”.
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155 この身は届かぬ願いを示す者 “Stardust_of_Dreams.”

 ただしいくら覚悟を決めて宣言した所で圧倒的に不利な状況は変わらない。

 浅く息を吐きながら最後に残された手に意識を向ける。


(……さて、いつも通りの賭けと行こうか。くっそ愚策の大博打だ)


 みんなから貰った魔術の中で、まだ試し打ちもできない二つの内の一つ。使った本人がその時に必要な『無』の魔術を生み出すという運任せの『無』の魔術。だからアーサーはあらかじめ使わず、こうして自分が窮地に陥るまで待っていた。


(とは言っても運要素が高い事に変わりは無い。頼むぞエレイン。今の俺に必要な魔術を、あいつに手を届けるための最後の一手を!)


 きっと求めているモノが来るという確証の無い期待と、無駄打ちに終わるのではないかという不安が内心で渦巻く。だが不安の方は心の奥底に押し留め、その魔術の名を呟く。


「『あなたの為の物語オンリー・ロンリー・ストーリー』」


 傍からは何か変化があるようには見えなかった。

 しかし彼の中では確かに新しい力が根付いている。


「……何をしている?」

「……アンタを倒すための準備だよ」


 新しい魔術とその使い方を得て、アーサーは笑みを浮かべて答える。


「ああ……これで俺の勝ちだ!!」


 この状況での勝利宣言。

 アーサーはウエストバッグから適当な数の『モルデュール』を取り出し、無造作に投げて一斉に爆破させる。その威力は青騎士まで届かなかったが、そもそも傷を付けるのが目的ではない。生まれた爆炎が煙を巻き起こして青騎士の周りに及ぶ。


「ふん……目眩ましか。くだらん」


 視界を奪われようと、青騎士には上級魔族らしい桁外れの魔力感知がある。それがある限りアーサーの姿を見失う事はない。


「……扉に張り付いているな。今更逃げるつもりか?」


 アーサーの位置を捉えた青騎士は大剣に魔力を集める。横に飛んだくらいでは躱せないように集束魔力砲でケリを着けるためだ。

 しかしその魔力を集めている途中、青騎士は何故か剣を上段に構えたまま体を反転させて扉とは逆方向を向く。

魔力を感知した場所とは全く違うその方向。けれどそこには今まさに、青騎士に右手を当てようと肉薄していたアーサーの姿があった。


「なっ……!?」

「今まで魔石から魔力を引き出して魔術を使っていたのは分かっていたが、まさかそれを捨てた途端に魔力感知に引っ掛からなくなるとは予想外だった。……だが煙の動きが変われば自ら居場所を教えているようなものだぞ?」


 アーサーの唯一の利点とも言える魔力感知に引っ掛からないという特性を生かしての策が、驚異的な観察眼によって看破された。最悪な事にアーサーはそれに気付かず自ら青騎士の大剣の射程圏内に飛び込んでしまった。


「くっ……『数多の修練の(ウェポンズ)―――!!」

「遅い」


 慌てて作った二振りの出来損ないの羽翼の剣で大剣を受け止めようとするが、抵抗する事もできずに砕かれて体を縦に斬られる。初めて負った深い傷から大量の血が噴き出る。


「あ……がっ……」


 浅い呼吸の合間で口から血がこぼれる。焦点が定まらなくなった視界で青騎士を見据え、足掻くようにどんなに力を入れようとしてもゆっくりとしか動かない右手を伸ばす。


「ふん」


 だがそんなものが当たる訳がなかった。

 青騎士が無造作に突き出した大剣が、それを躱す余裕も無かったアーサーの体に突き刺さり、背中から突き抜けて体を貫通する。


「が……っ、ぶっ……!」


 誰の目から見ても致命傷だった。

 大剣をアーサーの体から流れた真っ赤な血が伝う。ほとんどの内臓がズタボロで、どんな治療魔術でも回復できない傷だった。数秒の内に絶命してしまうのは変えられない事実として明らかだった。

 その様子を青騎士は心底つまらない物を見たように、


「終わりだな。たかが人間一人にしてはよくやったんじゃないか? ま、どちらにせよここが貴様の限界だ。足りない力を策で補い、弱者なりに足掻こうとしていた貴様には相応しい幕切れだろうがな」


 アーサーは伸ばしかけていた右手で大剣を掴む。しかし今のアーサーにはそこから魔力を掌握する力は残されていなかった。ただ代わりに最後の力を振り絞って声を出す。


「……さい、ごに……ひとつ、いいか……?」

「なんだ?」


 その少年は今にも事切れそうな力の無い所作で、どうしようもなく終わりに向かう命を削って、左手の中指を立てて青騎士に向けながら、端から血が流れる口で笑みを作って言う。


「ざ、まあ……」


 その瞬間、大剣に突き刺されたアーサーが霧散して消え失せた。

 そして別角度、青騎士の背中側からもう一人のアーサーが現れる。


「なっ!? 貴様は……っ!!」

「俺がアーサー・レンフィールドだ!!」


 これがアーサーの打った最後の一手。

 それは魔力で分身を生み出す『誰もが夢見る便利な(ダブル)助っ人』で自分自身を囮にする方法だった。

 魔力感知に引っ掛からないという普通では考えられない切り札を使ったアーサーが殺されれば、その瞬間だけは青騎士の警戒も解ける。一番最初に『人類にとっても小さな一(ワンヤード・ステップ)歩』で背後に回った時は、青騎士の警戒が解けていないせいで成功しなかった。彼に大剣を分離させる時間を与えてしまった。

 けれど今回は違う。完全に警戒が解けたこのタイミングで至近距離に近づいた。大剣を分離させる時間は与えない。この状況を意図的に作り出したアーサーは拳を握り締めて引き絞る。


「チィ!!」


 しかし近接最強とまで謳われた彼の反応速度は伊達ではなかった。すぐさま身を翻してアーサーに体の正面を向ける。そして回避のできない代わりに青騎士は咄嗟に大剣の腹で拳を受け止める。が、アーサーの拳が大剣に接触した瞬間、それは拳を止めるという役目を果たさずに粉々に砕け散った。

 それを引き起こしたのはアーサーの右手。

 青騎士の『固有魔術(オリジナル)』によって形を成していた大剣が、その効力を失って微細なアダマンタイト製の剣となって散ったのだ。

 対してアーサーの拳の勢いは死なない。大剣を砕いてそのまま青騎士の鎧へと叩き込まれる。

 触れたのはほんの一瞬だった。次の瞬間には青騎士が振るった腕に吹き飛ばされたからだ。しかしアーサーは確かな手応えを感じて笑みを浮かべていた。


「……やっと、届いた……」


 地面に転がるアーサーが笑みを浮かべ、立っている青騎士が困惑しているのは妙な光景だった。アーサーが仕組んだそれに蝕まれている青騎士自身が、それが引き起こしている現状を一番理解していた。


「なんだ……これは? この魔術は何なんだ!? 俺に一体何をした!!」


 困惑の声を上げる青騎士に、アーサーはしたり顔で答える。


「魔術を移動させる魔術、『人と人とを繋げる縁アンフォゲッタブル・ギフト』でお前にある魔術を押し付けたんだ。本来なら両者の合意が必要で移動には時間が掛かるんだけど、この右腕のおかげでそのプロセスをすっ飛ばせた。そうしてお前に押し付けた魔術の名前は『世界で一番無意味な命(ノット・アライブ)』。発動すれば一○○パーセント使用者が死ぬ、たったそれだけの魔術だ」


 そこまで説明されて、青騎士は納得したように頷いた。


「……なるほど。それがお前の策だった訳だ。確かにこれは危険な魔術だが、用はお前が持っていた時と同じで発動しなければどうという事はない」

「その通りだ。この魔術を発動させるには、もう一度お前に触れなきゃいけなかった。死力を尽くしてやっと一回触れられたのに、もう一度触れるなんて不可能だ」

「その通りだ。今は俺の虚を突いて偶然触れただけ。もう二度とそんな奇跡は……」


 そこまで言いかけて青騎士の言葉は止まった。

 アーサーの言葉に引っ掛かりを覚えた青騎士は慎重に確認するように、


「……待て。()()()()()()、だと……!?」


 アーサーはそれに返答しなかった。

 代わりに右手を伸ばして叫ぶ。


「『()()()()()()()』!!」


 それはエレインの魔術、『あなたの為の物語オンリー・ロンリー・ストーリー』によって生まれた新たな力の名前だった。いや、正確に言えば彼の場合は魔術を生み出すには至らなかった。ただローグ・アインザームの右腕に新たな力が宿った。今までは対象に触れている間だけしか魔力操作が行えなかったが、この新しい右腕の力、『カルンウェナン』は一度触れれば意識を離すまで対象の魔力を操作できる。

 それはアーサーの願いから生まれた力だった。

 あの時、救えなかった大切な人がいた。

 この手は届かなかった。

 どんなに想っても、失われた命が戻って来る事はない。

 だから今度こそ、大切な誰かにこの手が届くように。大切な誰かを護れるように。


「これがみんなのおかげで手にできた、俺達の力だ」


 そして今、アーサーはその力で青騎士に押し付けた魔術を強制的に発動させた。

 発動すれば一○○パーセント使用者が死ぬという、ただそれだけの魔術を。


「ぐァァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!! き、貴様ァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 意図せず発動した『世界で一番無意味な命(ノット・アライブ)』のせいで、青騎士は絶叫の声を上げる。

 この時点でアーサーは勝利を確信していた。殺す事でしか解決できなかったのは悔やまれるが、これで集落の人々を守れたのだと思っていた。

 しかし。


「……なるほど、な。これは中々に良い手だ……」


 変化が起きたのはアーサーにもすぐに分かった。

 掌握していたはずの青騎士の魔力を制御できなくなっていたのだ。


「なんだ……くっ、魔力を掌握し切れない……!?」


 必死に堪えていたが限界はすぐに訪れた。

 アーサーの右手が弾き飛ばされ、それに引きずられて後ろに倒れて尻餅を着く。


「……ふう。今のは本当にマズかった。お前がもう少し右腕を上手く扱えていたら今ので終わっていた」

「それはどういう……っ!?」

「お前はまだ右手を得て日が浅いのだろう? 魔王と同じ『魔力掌握(マナフォース・ワン)』の力の一部を使えはするようだが馴染み切っていない。故にお前の処理能力を超える魔力量が使われていると掌握し切れない。自殺魔術の方も同じだ。いくら確実に死ぬという効果があるとはいえ、所詮魔力で動いている魔術に過ぎない。同等以上の魔力をぶつければ打ち消せる」

「……くそ、ったれ……!」


 最後の希望が絶たれたアーサーは、思わず尻餅を着いたまま後ろに下がっていた。


「もう勝ちの目は無いのか? いよいよ策が尽きたか?」

「……まだ、だ」


 青騎士に問われてアーサーは後退を止めた。ゆっくりとだが再び立ち上がる。


「策が一つ通用しなかったくらいで諦められるか。すぐにもう一度追い詰めてやる。奥の手だって残っているしな!!」

「ふむ……。そんなものがあるのに使わないという事は何か使えない事情があるのか、それとも単なるハッタリか? まあどうあれ、使わないのなら俺の勝ちだな。武器が無くなったとはいえ、お前を殺すだけなら拳で十分だ」


 青騎士は柄だけになった大剣を投げ捨て、適当な調子で呟く。アーサーは青騎士の接近に備えて身構えるが、予想に反して青騎士は動かず代わりにこんな事を言う。


「……お前を殺すのは確かに簡単だ。しかし、ここまで俺を追い詰めた敵も久しい。故に特別だ、俺の真髄を見せてやる」


 その言葉が放たれた瞬間、青騎士から冷たくて静かな魔力があふれ出す。それがスモークのように青騎士の周りを漂い、次第に広がっていく。


「この身は届かぬ願いを示す者」


 力の込められた言葉が静かに放たれる。


「この手は(つるぎ)。この(かいな)は盾。けれどその(つるぎ)は近づく者全てを斬り刻み、その盾は何人たりとも護れない」


 その詠唱に合わせて青騎士を中心に部屋の床にいくつもの亀裂が走る。

 アーサーはそこから動けなかった。今止めなければ取返しのつかない変化が訪れるのは分かっているのに、その謡うような姿に見惚れるように、微動だにできず引き込まれていた。


「この身に刻むは全ての人々が今際の際に抱く夢と願いと祈りの結晶。朽ちる事なき永久(とわ)の約定。理想の世界の果てから再びここに誓おう」


 彼特有の暗い青色の魔力が亀裂から噴き出る。

 青騎士から放たれる魔力の質と濃度が上がる。

 部屋全体の空間が歪み、亀裂の奥からは別の世界が顔を覗かせていた。


「この身の全ては今は亡き友の為に―――『夢幻の星屑』スターダスト・オブ・ドリームス

ありがとうございます。

次回、青騎士戦が終わります。


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