表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第九章 停滞した針を動かそう Piece_of_“DIPPERS”.
167/576

154 最弱と最強

 衝撃波が止んだ後、青騎士の姿はそこには無かった。

 それに合わせて、近くにいたアーサーの姿も消失していた。


「一緒に転移したか……」


 クロノは事実を確認するようにポツリと呟く。

 本来なら青騎士だけを『魔族領』に送る予定だったのに、わざわざ集束魔力砲が撃たれる直前に自ら魔法陣の中に飛び込んでいったアーサーの安否については特に拘泥せず、アナスタシアの方に目を向ける。


「アナスタシア、レミニアはどうだ?」

「……一応、守る事はできました。ただ……」


 真っ向から集束魔力砲と衝突したアナスタシアは疲れた様子で盾にもたれかかりながら、背後にいたレミニアを見てから言う。


「間近で衝撃波を受けた影響で気を失っているみたいです。目を覚ますまで転移はできませんね。単身転移したアーサー君の身が心配ですが……」


 レミニアがいなければ、当然転移は使えない。つまりそれまで『魔族領』に青騎士と共に転移したアーサーの援護には行けない。いくつかの魔術を受け取ったとはいえ、アーサーだけでは青騎士の相手は荷が重いだろう。現に今の今までアーサーは一度も青騎士に対して有効打を与えていないのだ。


「まあ、あいつもあいつで秘策があると言っていた。それに戦闘に関してずぶの素人という訳でもないんだ。少しくらいなら粘れるだろう」


 しかしクロノは心配した様子を見せる事もなくそう言った。対照的にアナスタシアはエレインの分も含めて二人分心配そうな声音で、


「それなら良いのですが……」


 青騎士が消えて静寂を取り戻した森の中にその声が奇妙に響く。

 そうして彼らが足踏みしている間にも、世界の時間は進んでいく。





    ◇◇◇◇◇◇◇





「……俺の集束魔力砲の衝撃は盾の向こうにも届いていたはずだ。転移魔法の使い手は昏倒させたと思ったんだが……甘かったか?」


 静寂な部屋の中に、青騎士の言葉と長い大剣の切っ先が床に擦れて鳴る音が響く。

 表情が見えないので分かりにくいが、どこか不満げな声の青騎士にアーサーが不敵な笑みを浮かべて答える。


「俺達はまず、お前を転移魔法で『カプリコーン帝国』から『魔族領』に追い出そうとしていた。これはクロノの案だ」

「ふん。ヤツが考えそうな手だな」

「だけど俺はそれの成功率について懸念と心配があった。この策に納得できなかった一番の理由は、俺があんたならまず間違いなくレミニアを狙うって事だった。まあ、レミニアはやる気だったしアナが絶対に守ってくれるって言ってくれたからそのリスクには目を瞑る事にした。現にアナはきっちりレミニアを守ってくれたしな」

「……続けろ」


 青騎士はアーサーの言葉に何か思う所があったのか、僅かに吟味する時間を置いてから先を促す。


「俺は『アリエス王国』の戦争の時に魔法も設置型として置けるって知った。そこで念には念を入れてレミニアの転移魔法を設置型として配置していたんだ。仮にレミニアに何があってもお前を『カプリコーン帝国』から追い出せるようにそう提案した。俺の役目はそこにあんたを誘導する事だけだったんだ」

「待て。俺を誘導しただと? お前は俺に全く歯が立っていなかった。誘導できたはずがない。俺はたまたま魔法が設置された場所を踏み抜いただけだ!」


 見下している相手に誘導されていたという事実がよほど癇に障ったのか、青騎士が初めて語気を荒げて叫ぶ。アーサーはそれを理解していながら、さらに挑発するように続けてこう言う。


「甘いな。敵を誘導するならそれを成し得るだけの圧倒的な力がある方が簡単だけど、追い込まれてるフリだけでも十分に誘導できるんだよ。確かにクロノには賭けに近いって言われた。成功する訳が無いって。でも結果はこの通り、あんたはまんまと罠にかかった」

「……」

「礼を言うよ。あんたが想像以上に馬鹿で良かった」


 へらへらと笑いながら最後の言葉を放った瞬間、青騎士に動きがあった。

 アーサーを威圧するように、魔力を放出して剣を構える。


「図に乗るなよ」

「事実を言っただけだ」


 二人の会話は終わった。

 青騎士が最初と同じように一瞬でアーサーに肉薄してきて剣を振り下ろす。最初は反応できていなかったアーサーだったが、今度はしっかりと反応できた。剣が振り下ろされる直前に右に飛んで躱す。

 アーサーはクロノが考えた策以外にもいくつか策を用意してきていた。与えられた手札で出来る事を模索するのは彼の十八番だ。当然、一対一になった時のための策だって考えてある。


(とにかく一つずつ試していこう。俺が殺される前にな!)


 自ら飛んで開いた距離を、再び詰めるために青騎士に向かって駆ける。


「貴様の右腕がローグの物だというのは知っている。それで触れるのが勝ち筋か?」

「知ってるのにわざわざ確認する必要があるのか? 『数多の修練の結晶の証(ウェポンズ・スミス)』!!」


 託された魔術を、託された魔力を消費して使う。

 腕を突き出しながら、その手に精製したのは一本の槍。直前に武器が出現して刺されるという普通なら絶対に体験しないような攻撃を行ったが、青騎士は大剣で弾いていなす。そしていなすだけではなく、そのまま最小限の動きでアーサーに斬りかかってくる。


(ここだ! 『人類にとっても小さな一(ワンヤード・ステップ)歩』!!)


 大剣が喉元まで迫ったその時、アーサーの姿が青騎士の目の前から忽然と消える。約〇・九メートルの瞬間移動を果たしたアーサーが出現したのは青騎士の背後だった。

『人類にとっても小さな一(ワンヤード・ステップ)歩』は移動するだけで体勢や体の向きは変わらない。背中合わせの恰好になったアーサーは体を時計回りに回転させながら右手を青騎士の背中に伸ばす。


(届けぇ!!)


 右手で触れるという勝利条件を叶えるために、必死に手を伸ばす。

 だが失念していた。

 相手は魔族の中で近接最強。そして、その最強の所以となっている魔術を。


(刀身が―――無い!?)


 右手を振るいながら振り向いた先で一瞬だけ捉えた異常。アーサーは決断を迷わなかった。


もう一歩先へ(ワン・モア・ステップ)!!」


 本来の持ち主である遥華はるかには使わないように言われていた『人類にとっても小さな一(ワンヤード・ステップ)歩』の連続使用。最低ラインの一秒を割って使用した反動はすぐに来た。心臓が握り潰されるような不快感が襲い掛かってくる。あまりの苦しさに一瞬だけ意識が遠のき、目には涙が浮かぶ。

 だが次の瞬間には自分の判断が正解だったと理解した。

 消失していた青騎士の大剣は彼の『固有魔術(オリジナル)』によって微細なアダマンタイト製の剣へと分離しており、それが先程までアーサーがいた場所を抉っていたのだ。


「……なるほど。どうやら右腕だけが芸って訳でもなさそうだな」


 大剣を元に戻しながら、青騎士は納得したように頷く。その余裕の見える仕草にアーサーは歯噛みしながら、


「……くそ、動揺もしないのかよ」

「驚く事か? 腕の方向を見れば武器がどこに来るかなど分かる。武器を不可視にする敵くらいはザラにいたぞ?」

「そうかい!!」


 叫んで返しながら、アーサーは自ら大剣の射程内へと走り出す。

 集めれば煙のように見えるという微細な剣を躱しきるのは不可能だ。だとしたら距離を開ける事にメリットは無い。たとえ相手が近接最強の魔族なんだとしても、こちらの最大の武器は射程の短い右腕だ。常にその脅威にさらす為にも近距離で戦うしかない。


「ふっ!!」

「『数多の修練の結晶の証(ウェポンズ・スミス)』!!」


 真上から振るわれた青騎士に大剣を、アーサーは『リブラ王国』で使ったような直径六〇センチメートル程のユーティリウム製のラウンドシールドを左手に作り出し、それを突き出して受け止める。本来なら衝撃を吸収するユーティリウム製の盾だったが、これはあくまでアーサーが作り出した偽物だ。強度も性能も本物には遠く及ばない。たった一度の接触でヒビが入る。

 アーサーは使い物にならなくなった盾の外側から大剣に向かって右手を伸ばす。青騎士の大剣は微細なアダマンタイト製の剣を集めて出来ている。だとするなら、大剣に触れればその魔術を打ち消して武器を奪えると思ったのだ。


「狙いは良い。だが、圧倒的に速度が足りないな」

「……っ」


 青騎士はアーサーの右手が届かないように剣を素早く動かして左側から横薙ぎに振るう。それを壊れかけの盾で受け止めたアーサーは、偽物のユーティリウムの破片を撒き散らしながらバッドで打たれたボールのように壁まで吹き飛んでいく。

 痛みに表情を歪めながら、アーサーは心底マズいと思っていた。


(しまっ―――距離が!!)


 青騎士の方を見ると大剣を握っていなかった。代わりにキラキラと光る煙のような微細なアダマンタイト製の剣がこちらに向かって来ているのを捉えた。


「くそっ!!」


 アーサーは立ち上がりもせずウエストバッグから取り出した『モルデュール』を投げ込み、その爆破で微細な剣を吹き飛ばそうとする。しかし元々丈夫なアダマンタイト製で、しかも漂っているのではなく青騎士によって操られている剣は爆風程度で吹き飛ばせるはずがなかった。次のアクションを取る前に数え切れない凶器がアーサーにまとわりつく。


「ガァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 絶叫が喉の奥から吐き出される。

 少しずつ、少しずつ、皮膚から順に体が削られていく。全身が切り刻まれる気分は最悪だった。


「―――『瞬時加速(エアリアル・ドライブ)』!!」


 アーサーが地獄からの脱出に使ったのは、魔王の右腕を手に入れてから作った『固有魔術(オリジナル)』だった。結祈(ゆき)に教えて貰った『旋風掌底(せんぷうしょうてい)』を改良する所から着手し、噴射力を上げたそれを体のどこからでも撃てるようにした。今回はそれを両足の裏で使って剣の檻から脱出したのだ。


「それで、脱出したのは良いが既に死に体のようだが? 虫の息で何ができる」

「……うるさい。今見せてやるから黙ってろ」


 荒い息を吐きながら適当に返し、次の策を練る。

 とりあえずウエストバッグに手を突っ込みながら、他に良い手を思い付くまでの時間を稼ぐために何か話題の種を探す。しかし意外な事に、話しかけてきたのは青騎士の方だった。


「お前の力はもう分かった」


 短い台詞だったが、思わずアーサーはウエストバッグに突っ込んでいた手を止めていた。睨むように青騎士の兜の部分を見ると、先程よりも機嫌が良くなった声で告げる。


「すばしっこく、危機感知能力が高いように見えるが、最初に会った時は赤子を殺すのと何ら変わらないくらいに無防備だった。俺の動きに付いて来れる謎の戦闘勘はこれまでの経験値か? だとすると今まで一人で戦う機会が多かったんじゃないか? 詳しい事は知らんがこれだけは確実に言える。お前は俺と同じ、一人の方が強い部類の人間だ」

「……」

「偽るのは止めろ。わざわざ弱くなるために群れるのもな。強者は孤独だからこそ最強なんだ。弱い者を守るために強くなりたいのだろう? ならばこちら側に来い。夢も理想も仲間も捨てて、ただ強者であるために力を求めろ」


 青騎士は剣を持つ手とは逆の手を握手を求める時のように差し出してきた。

 アーサーは差し出された手を見ながら思う。今までの戦いを思い出してみて、確かに青騎士の言うように一人で戦う場面は多かった。そういった時に、自分でも信じられないくらい頭も体もよく動く感覚はいつもあった。

 否定し難い事実。わざわざ言われなくても分かっていた。本当はみんなと一緒に戦う時に役立てれば良いのに、実は一人での方が戦いやすいなんて、ずっと前から知っていた。人は自分のなりたい姿と向いている姿が一致しなかった時、どうすれば良いのか。ずっと考えているその答えは出ていない。

 けれど変えられない事実を突き付けられたアーサーは、


「……は」


 吐き捨てるように、薄い笑みを浮かべていた。


「一人の方が強いって言うのは、何も背負う覚悟が無いからだ。俺はあの日から、ずっと一つの祈りと一緒に戦って来た。色んな人達の力を借りてきた。みんな俺なんかより強かった。俺なんかよりも凄い才能を持っていた。俺がここに立ててるのは、そんなみんなが力を貸してくれたからだ」


 一人で戦う場面は確かに多かった。

 けれどそこに至るまでの全てを一人でやった事なんて一度も無かった。色んな人達と手を取り合って、たまたま最後に戦いの舞台に上がるのが自分だったというだけの話だ。


「今だってみんなに力を託して貰ってここに立っている。たった一人の力で、何も考えずに真っ正面から戦って勝てる相手なんて一人もいなかった! それでもみんなの助けがあったから、最後まで諦めなかったから俺はここまで来れたんだ!!」


 迷いを振り払った少年は一瞬たりとも迷わなかった。

 差し出された青騎士の手は取らない。

 あらゆる祈りを預けられた体に力を込めて立ち上がる。


「何度も、何度も、何度も何度も何度も!! いつだって勝ち取って来たんだ!! 近接最強の魔族だろうと知った事か。覚悟しろ、()()


 自分をここまでボロボロにした相手を三下と呼び捨てながら、拳を強く握り締める。

 最大の敵を見据え、その拳を突き付けて強く強く、今一度宣言する。


「俺達の最弱(さいきょう)で、お前の最強(さいじゃく)を踏破する!!」

ありがとうございます。

前回から始まった青騎士戦、これは少しアーサーとヘルトの関係も意識しています。

多くの人から支えられ、力を受け取って矢面に立つアーサーと、最強の座にいながら孤独の身の青騎士。ヘルトと青騎士とでは色々と違う所はありますが、これも一つ、彼との戦いの前の前哨戦と思って頂ければ。

……それにしても、使える魔術が増えると戦闘の幅が広がるなあ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ