153 始まる上級魔族との戦い
いよいよ訪れた決戦当日。
集落にいた人達には一旦森の中に逃げて貰い、残ったのは五人だけだった。
エレインはすでにアナスタシアと入れ替わっており、今は身の丈ほどの大きさのある白銀の大きな盾を持っていた。これはルークが用意したもので、希少金属オリハルコン製との事だ。手のひらサイズに収納できるルークのスーツと同じく、エレインの時は車椅子、アナスタシアの時は盾に変形するらしい。
「……来ました」
忍術による自然魔力感知でアナスタシアが最初に気づいた。次いでクロノ、レミニア、ルークの順に気づき、最後に魔力感知に疎いアーサーも気づく。
グラヘルや蟲毒などの中級魔族とは比べ物にならない、今まで感じたどの魔力よりも重い魔力だった。向かい合っているだけでビリビリと体に衝撃が圧し掛かってくる。
「……くそったれ。覚悟はできてたけど、ここまで凄いのか」
ガシャン、ガシャン、と。
次第に鎧の擦れる音と足音が近づいて来る。
ようやく目視できる距離に近づいてきた上級魔族は二メートルに届くほどの大きさで、その名の通り青い鎧に全身を包み込み、身の丈ほどある大剣を背中に携えた騎士だった。その佇まいがあまりにも自然で、その鎧を含めて彼の体なのではないかと錯覚してしまう。
こちらの存在に何かしらの意図を感じ取ったのか、青騎士は一〇メートルほど離れた位置で足を止めた。
「……ふむ。どうやら今回は素直に『魔族堕ち』を渡すつもりが無いらしいな」
「私がいるんだ。この後に何が待っているかは分かっているな?」
「殺し合いだろ? ようやくか。まったく、この時をずっと待っていたぞ」
青騎士はゆっくりとした動作で背中に携えていた大剣を引き抜く。
「歯向かって来ると思っていたら大人しく『魔族堕ち』を渡すだけ。魔王が死んでようやく『人間領』に入って来れたのに拍子抜けだった。まさか生き残るために自ら進んで同胞を差し出すとは、最初は笑いが止まらなくて大変だったよ」
「……」
アーサーの体に静かに熱が入る。
右手を握り締めて今にも飛び掛かりそうになっているのをアナスタシアは見逃さなかった。腕を掴んで制止させる。
「感情的にはならないで下さい。相手の思う壺です。計画通りに動きましょう」
「……分かってる」
だがわざわざアーサーから飛び込む必要は無かった。
青騎士の方からアーサー達の方へと一歩踏みd
「っ!? アーサー君!!」
名前を呼ばれた瞬間、目の前でアナスタシアの盾と青騎士の大剣が激突して衝撃を撒き散らす。
「くっ……この感じ、その大剣は情報通りアダマンタイト製ですね!!」
「ご名答。そういうお前のはユーティリウム……いや、オリハルコン製か。珍しいものだが硬度はこちらの方が上だ。あまり受けすぎるとその盾でも壊れるぞ?」
盾越しの二人のやり取りを見て、アーサーはようやく事態を把握した。
おそらく瞬きをした一瞬、その一瞬で目の前まで肉薄されていたのだ。アナスタシアが守ってくれなければ命が無かった事実を確認すると身が縮こまると共に、気合を入れ直して青騎士に右手を伸ばす。
(飛竜の時と同じだ。右手で触れて魔力を掌握すれば、レミニアを危険に晒さずに終わらせられる!!)
「ダメです、アーサー君!!」
「っ!?」
再び発せられたアナスタシアの声で伸ばしかけた手を止める。その瞬間、アーサーの目の前に青騎士の大剣が振り下ろされた。アーサーに当たらず地面に衝突した大剣が地面を割り、生み出された衝撃波がアーサーの体を吹き飛ばす。
地面に倒れたアーサーに、飛び上った青騎士が大剣を振り下ろしながら落ちて来た。
体が真っ二つになる前に避けるために、アーサーは『人類にとっても小さな一歩』を使って回避しようとしたが、青騎士の落下の方が早い。
(くそ、間に合わ―――)
死。
その一文字が頭の中を覆いつくした瞬間、目の前に黒い人影が現れて青騎士にタックルをかます。アーサーの窮地を救ったルークは着ていた漆黒のスーツを手のひらサイズの円盤に戻し、それを仕舞うと同時に今度は赤い円盤を取り出して胸に押し当てる。すると今度は漆黒ではなく赤いスーツを身に纏う。
「『焔鎧』!!」
昨日はただ体が燃えているだけのように見えた魔術だったが、今日はスーツの赤色が強くなるだけだった。これが言っていた焔鎧特化型というやつなのかもしれない。
アーサーは思い出したように酸素を肺に取り込んでから、ルークに話しかける。
「ありがとうございます、ルークさん。助かりました」
「礼は良い。それより速度に慣れていないなら、慣れるまで少しだけ遠くから見ているだけでも良いぞ?」
「いえ、大丈夫です。すぐに慣れますから」
「だったら良いが……気を引き締めた方が良い。ヤツは君が今まで戦って来た誰とも違うのだから」
「……了解です」
アーサーの返事を聞くと、ルークは凄まじい速度で青騎士に突っ込んでいく。
オリハルコンとアダマンタイトでは、アダマンタイトの方が硬度が高い。しかしユーティリウムにもあった特性だが、オリハルコンも何かしらのエネルギーが加えられていると性能が上がる。『焔鎧』の焔を纏う事でオリハルコンの硬度を上げているのだろう。青騎士のアダマンタイト製の大剣の刃を受けても物ともしていなかった。
「……『何の意味も無い平凡な鎧』!!」
いつまでも見ているだけでは埒が明かないので、アーサーも魔術で身体能力を強化して飛び込む。忍術と『溜魔の魔石』の魔力を使った事で、今までで一番の強化倍率で体が浮くように軽くなった気分だった。
とにかく右手を打ちつけるために拳を振るう。
「チッ」
あからさまな舌打ちが聞こえてくる。どうやら青騎士は右手で触れられる事を嫌っているらしい。ルークを無視してアーサー目掛けて剣を振り下ろして来る。だが先程までと違い、強化を施したアーサーにはその剣筋がハッキリと見えていた。それに潜り込むようにアーサーと青騎士の間に入り込んできたルークの存在も。
腕を交差したルークが大剣を受け止める。アーサーはその隙にルークの横から抜けて青騎士に殴りかかる。即席にしては中々のコンビネーションだったが、飛び込んだアーサーは青騎士が振り上げた足で蹴り飛ばされてしまう。
「レンフィールド! くっ……!!」
剣を受け止めたまでは良いが、吹き飛ばされたアーサーに気を取られた隙にルークは力技で体を吹き飛ばされた。
「その右腕は少々厄介だ。早めに切り落とさせて貰う」
「させん」
青騎士の横合いから、今まで沈黙を守り続けていたクロノがようやく攻撃を行った。それはアーサーと口論になった時にも撃っていた濃縮魔力弾だった。しかし、アーサーが魔力操作という反則技で回避したそれを、青騎士は片手で受け止めた。
「……やめておけ、クロノ。同じ『上級魔族』なら分かっているだろう? お前じゃ俺には勝てないぞ」
「そんな事は分かっている。レミニア!!」
「はいっ!」
元気の良い声と共に、ようやく準備のできた転移の魔法陣が青騎士の足元に浮かぶ。
「これは……転移魔法か? なるほど。あの女がお前達の切り札だった訳だ」
青騎士が確認するように呟いた瞬間、大剣に莫大な魔力が集まる。
色彩こそ青白くて違うが、何度か見た事のある光。アーサーが心臓を鷲掴みにされるような気分になるそれは、『リブラ王国』でトラウマの元となった集束魔力砲そのものだった。
「冗談じゃないぞ……あいつもアレが撃てるのか!?」
「アレは威力は高いが仕組みはシンプルだ。膨大な魔力さえあれば誰でも撃てる! アナスタシア!!」
「分かっています! 『神聖なる城壁』!!」
名前を呼ばれたアナスタシアがレミニアの前に立ち、盾を地面に突き立てて叫ぶ。
その瞬間、盾を中心に透明な魔力の防壁が生まれた。だが安心する間もなく、次の瞬間には青騎士の膨大な魔力を集めた大剣が振り下ろされる。
あの時と同じような閃光が視界を覆いつくす。集束魔力砲とアナスタシアが生み出した魔力の防壁が激突し、周りにあった木々が根っ子から掘り返されて吹き飛んでいく。近くにいたクロノもルークもその衝撃で動けなかったのだが……。
(ここで吹き飛ばされてたまるか!!)
現状、青騎士の一番近くにいたアーサーは折角縮まっている距離を離されないために、大剣が振り下ろされる前に自ら青騎士に向かって走っていた。そして衝撃で体が吹き飛ぶ前に『数多の修練の結晶の証』で槍を精製し、思いっきり地面に突き刺して全体重をそれに預ける。
青騎士の足元にある魔法陣が光り輝く。それはエレインの転移魔法が発動し、その上にいる者が強制的にどこかに飛ばされる合図だった。
近くにいたアーサーも巻き込まれ、彼の体感では三度目、通算して五度目の転移が始まる。視界が眩い光に染まり、それが晴れた時にはすでに森の中ではなかった。
「……ここは」
光が晴れてすぐ、青騎士が疑問の声を上げる。
レミニアの転移によって強制的に『カプリコーン帝国』から追い出された二人は、木々の生茂る森の中ではなく、玉座のある少し広めの暗い部屋の中にいた。
「ここは『キャメロット』にある魔王の部屋だ。あそこで暴れられると困るからな。これで心置きなく戦える」
青騎士の疑問に答えたのは一緒に転移してきた少年。
アーサーはたった一人になりながらも拳を握り締めて青騎士の前に立つ。
「さあ始めよう。お前が望んだ殺し合いだ」
ありがとうございます。
結局タイマンかよ、と思った方にお答えします。
はい、タイマンです。