152 急造チームアップ
魔術の移動が終わった翌日、言い方を変えるなら青騎士が来る前日。
この日は重要な来客があるとの事なので、アーサーはエレイン、クロノ、レミニアと共にエレインの家の前でその来客を待っていた。
「……なあクロノ。これから来るのって誰なんだ? 家の中で待ってちゃダメなのか?」
「大人しく待ってろ、来れば分かる。ヤツもお前に会いたがっていたし、自己紹介は本人にやらせてやった方が良いと思ってな」
「会いたがってる? もしかして俺の知り合い?」
「いや、直接の知り合いではないな。お前の知り合いの知り合い、という関係だな」
「それ、ほとんど他人なんじゃ……?」
首を捻りながらそんな事を言っていると、遠くから赤い何かがこちらに飛んでくるのが見えた。初めは豆粒のように小さく見えたそれが、近づいて来るにつれてどんどん大きく見えてくる。その正体は人型の何かだった。
「来たか」
「って事は、あれが待ってた人か……人、なんだよな?」
「一応、態度には気をつけろよ? それなりに立場のあるヤツだからな」
「立場のある……?」
人型のそれが目の前に着地する。
全身が炎上しているように燃え上がっている。傍から見ると大惨事に他ならないのだが、魔術か何かで燃えているのか、熱がる様子もなくその火を消す。
下から現れたのは、バイク用のライダースーツのようなものを着込んでいる人間だった。黒に青を混ぜたような色のスーツ。フルフェイスのヘルメットのようなもので顔全体を覆っており、目の辺りはバイザーになっている。
やがてスーツがモザイクを取るようにバラバラと分解されて消え、最後には手のひらサイズの円盤となって納まった。そうして中から出てきたのは男だった。歳は三〇代後半くらいだろうか。やはり見覚えのない彼は、アーサーの顔を見ると笑顔を浮かべて近づいて来る。
「やあ、君がアーサー・レンフィールドか。会えて光栄だよ」
「どうも……?」
差し出された手に思わず反射的に握手を返してしまった。だが間違いなく初対面の相手で会った覚えは一切無い。光栄と言われる覚えがなかった。
「えっと……」
「おっと、初対面なのに失礼した」
その動揺が態度に出ていたのだろう。彼はアーサーの手を握ったまま彼は自分の正体を明かす。
「私はルーク・フォスター=カプリコーン。一応、この国で国王をやっている身だ」
「国王……?」
自己紹介をされてもより繋がりが見えない相手に疑問が募るだけだった。だがルークはその疑問を解消する一言を口にする。
「今度フェルディナントに近況を伝えておこう。彼は君の話になると機嫌が良くなる」
「フェルディナント……ああ、フェルトさんか! やっと分かりました。ルークさんはフェルトさんの知り合いなんですね?」
ようやく繋がりが見えて、思わず声が大きくなった。だがルークは嫌そうな顔はせず、むしろ笑みを作って、
「ああ、彼の父と私の父が友人だったんだ。その名残で新国王となった者同士協力し合っている。それから無理にとは言わないが敬語はいい。堅苦しいのはあまり好まないんだ」
「国王なのに?」
「オフだから言う事だが政治はあまり好きではないんだ。多くの者と話し合って意見を固めるというのがどうにも苦手でね。少数で話合った方がより多くの問題を解決できる」
「……こう言ったらなんですけど、向いてないんじゃないですか?」
フェルトの知り合いともなれば、流石にいきなり敬語を止めるのにも抵抗があった。その事にルークは仕方が無いように嘆息してから、アーサーの疑問に答える。
「君は向いてるからここで青騎士と戦う決意をしたのか? そうだと言うなら私は喜んで国王の座を降りよう」
「……」
今までも何人かの国王と直接会って来た。
『ジェミニ公国』のマーカス・リチャーズ=ジェミニ。
『タウロス王国』のアリシア・グレイティス=タウロス。
『アリエス王国』のフェルディナント・フィンブル=アリエス。
しかし、ルーク・フォスター=カプリコーンはその誰とも違っているように感じた。どちらかと言うと、国王達よりも一般人としての感性の方に近いような感じがした。
「そろそろ良いか? こちらも切羽詰まっているんだ」
「おっと、そうだった。遅れてすまない。会議が長引いてしまってね。一応、新型の速度重視のスーツで来たんだが……」
「大して待っていないから良い。それよりも話を詰めよう。我々にはあまり時間も残されていないしな」
アーサーとルークの会話を切り、クロノは溜め息にも似た息を吐いてから続ける。
「ルーク。頼んでいたものは?」
「完成はしている。だが運ばせている最中で到着にはもうしばらくかかる」
「スーツは何着持って来た?」
「今着ていた高速移動型、それから汎用型、危機察知型、焔鎧特化型の四つ、主要なものは全てだ」
「なら問題は特に無いな。では本題に入るとしよう」
クロノの言葉で会話は自動的に明日の事になっていく。
「まず青騎士の『固有魔術』だが、ヤツは自分の持っているアダマンタイト製の大剣を自由に扱う事ができる」
「自由に……それはブーメランみたいに投げた剣を手元に戻したりできるって事か?」
ルークとの話が終わったようなので、アーサーは遠慮無く質問する。
「それもあるが、ヤツの大剣は微細なアダマンタイト製の剣で出来ている。つまり大剣を目に見えないほど微細な剣に分解し、それで全方位から斬りかかってくる。傍から見てると凄いぞ? キラキラ光る煙のように見える剣に飲み込まれたと思ったら、次の瞬間には全身を切り刻まれている。これでヤツは一対多の戦闘でも十分な殲滅力を発揮しているんだ」
「……分かってた事だけど、本当に強そうだな」
「だから作戦を立てるんだ。貴様がいつもやっているようにな?」
アーサーを見てニヤリと笑みを浮かべながら、クロノは続ける。
「私の考えたプランは至ってシンプルだ。まず、この場所で上級魔族が暴れたら結果はどうあれこの集落は壊滅する。それでは本末転倒だ。だから最初にエレインの転移魔法でヤツを離れた場所に移動させ、その後で我々も追って転移する。『魔族領』辺りがベストだな。そこでヤツと決着をつける」
「でもレミニアの転移には少し時間がかかるだろ? こっちの思惑に気づかれたら当然対処してくると思うけど、その辺りはどうするつもりなんだ?」
「そこは我々で足止めだ。それ以外にないだろう?」
「私は良いと思うぞ? この集落に被害が及ばないようにするというのは大事なポイントだ」
ルークはクロノのプランに賛成のようだった。そこでアーサーはふと気になった事を聞いてみる。
「そういえば、ルークさんは『魔族堕ち』への偏見とかないんですね」
「出自がどうあれ同じ人間だからな。忌避するのはおかしい。だが魔族に対しては容赦などしない」
グッ、とルークの体と声に力が込もる。
「私の父は上級魔族を討伐するための部隊を引き連れ、返り討ちにあった。ヤツの存在は到底放置できるものではない。だから私がこの手で直接ケリをつける」
「……復讐のつもりですか?」
「否定はしないが、激情を持ち過ぎるとパフォーマンスが落ちる。建前上は報復だ」
「……呑まれるのにだけは気をつけて下さいよ」
「分かっているさ」
少し危ない感じもしたが、それ以上は首を突っ込まない事にした。どうあれ上級魔族という相手に対して貴重な戦力だ。無駄に追及して協力関係にヒビが入ったら困る。
それからいくつか細かい部分を詰めていく話し合いが続く。そして簡単にだが明日の戦略についての話合いに一区切りついた所で、エレインがアーサーに何かを差し出した。
「アーサーさん、これを」
彼女が手渡してきたのは手首に巻くタイプのアームバンドだった。そこには濃い紫色の魔石が装飾されていた。
「これは?」
「『溜魔の魔石』と呼ばれる魔力を溜める事のできる特殊な魔石です。この集落にいる人達とレミニアさんに頼んで限界まで魔力を溜めておきました。アーサーさんは体内魔力が少ないと聞いていたので用意していたんです。これが壊れるまではアーサーさんの魔力使用を肩代わりしてくれます」
「本当か!? 助かる!!」
「私にはこれくらいしかできませんが、役に立てた良かったです」
「いやいや、本当に助かるよ。これで魔力消費をそこまで考えないで戦えるようになるんだから」
いくら魔術を貰おうと魔力が無くては行使できないと考えていたのだが、これでアーサーにとって一番の懸念がこれで解決された。明日は全力全開で戦えるだろう。
「……さて、一先ず準備は整いましたね」
アーサーがアームバンドを受け取って、すぐにエレインのまとう気配が変わる。車椅子から立ち上がった彼女はアナスタシアへと入れ替わっていた。
「贅沢を言えばもう二人ほど欲しかった所ですが、これで予定していた五人が揃いました。私達で青騎士を迎え撃ちましょう。敗北は許されていません。私達は勝って生きるのです。それはここに住む彼らのためにも、絶対に」
「ふん、当然だな」
「そのための共同戦線だ」
「わたしも頑張ります」
アナスタシアの声に同調するように、他の三人も声をあげる。
アーサーは一度、顔の前に持って来た自分の右手に視線を移した。
「アーサー君」
「……ああ、分かってる」
アナスタシアに名前を呼ばれ、アーサーは右手を握り締める。
改めて覚悟を決めたアーサーは、こう宣言する。
「みんなを守るぞ。俺達の手で」
そして始まる。
最強の座に君臨する、一人の上級魔族との戦いが。
ありがとうございます。
次回、行間を挟んでから青騎士との戦闘です。