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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第九章 停滞した針を動かそう Piece_of_“DIPPERS”.
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151 あなたの為の物語 “Only_Lonely_Story.”

 あの後も何人かの魔術提供者の元を訪れ、それぞれから魔術の詳細を聞き終えたアーサーはエレインのいる家へと戻ってきた。中に入ると机に向かっていたエレインが顔を上げ、ふわりと笑う。


「おかえりなさい、それとお疲れ様でした。それで、どうでしたか?」

「ただいま。みんな親切に教えてくれたよ。魔術をくれる事にも否定的じゃなかった」

「それは良かったです」


 安心したようにエレインはふっと息を吐く。あらかじめ話をつけていたとはいえ、やはり代表者として半ば強引に頷かせたのかもしれないという不安もあったのだろう。自分がいない所でも協力してくれると知れたのは、やはり心のつっかえが取れる思いもあったに違いない。


「では、時間も無いですし早速魔術の移動を行いましょう。一応はこちらで戦闘に使えそうな魔術をピックアップして紹介しましたが、他に必要そうな魔術があれば言ってみて下さい。持っている人がいるなら交渉します。それから逆に必要ない魔術も言って下さい。その分の手間も減りますから」


 これが『人と人とを繋げる縁アンフォゲッタブル・ギフト』を使う前の最後の確認だろう。アーサーはエレインの言葉を受け止めて、一つだけ思い付いた事があった。


「だったら一つ、お願いがあるんだ」





    ◇◇◇◇◇◇◇





 もっと大仰な手順があると思っていたが、『人と人とを繋げる縁アンフォゲッタブル・ギフト』で魔術を移すのは意外と早かった。

 まずアーサーと魔術を提供してくれる相手が向い合せに座り、その横にいるエレインが二人に触れた状態で目を瞑り、あとは一分足らずで魔術の移動は終わる。魔術提供者の方には明確な喪失感のようなものが伴い、受け取ったアーサーの方は頭に直接書き込まれるように説明されていた通りの魔術の詳細が流れ込んできた。

 それを数回繰り返し、予定していた数の魔術を移し終えると、エレインは最後の一人が家の外に出たタイミングで疲弊した様子で息を吐いた。


「大丈夫か?」

「……はい、少し疲れただけなので大丈夫です。『人と人とを繋げる縁アンフォゲッタブル・ギフト』は魔力をほとんど消費しない代わりに体力を使うんです。正直言うとすぐにでも休みたいのですが……もう二つほど仕事が残っていますね」


 車椅子の上で姿勢を正したエレインは、再び二人っきりになった家の中でアーサーの正面に移動する。そしてアーサーの両手をそれぞれ握って合わせた。


「エレイン……?」

「集中して下さい。これから私の魔術もアーサーさんに送ります」


 その言葉には少なからず衝撃を受けた。

 目を見開いて握られている手に僅かに力が入る。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。それは『人と人とを繋げる縁アンフォゲッタブル・ギフト』も俺にくれるって言うのか!?」

「それだけではありません。言ったはずです、もう二つほど仕事が残っていると」

「二つ……?」


 エレインの言っている意味が分からないアーサーは首を傾げる。

 彼女はその様子に呆れる訳でも答えを渋る訳でもなく、二つと言った意味を語り出す。


「私の『無』の魔術は、元々『人と人とを繋げる縁アンフォゲッタブル・ギフト』ではないんです」

「元々? それってどういう……あっ、もしかして他の人から『人と人とを繋げる縁アンフォゲッタブル・ギフト』を受け取ったって事か?」

「鋭い洞察ですが、それも違います」


 じゃあどういう意味なんだろう、とますます首を捻るアーサーに微笑を浮かべて、エレインは話の確信に迫る。


「『あなたの為の物語オンリー・ロンリー・ストーリー』。それが私が生まれながらに持っていた、本当の『無』の魔術です」

「本当の『無』の魔術……」


 妙な言い回しだと思った。

 彼女が『あなたの為の物語オンリー・ロンリー・ストーリー』と言った魔術が本物ならば、まるで『人と人とを繋げる縁アンフォゲッタブル・ギフト』は偽物と言っているような、そんな印象を受けた。


「この魔術は一度だけ、使った本人がその時に必要な『無』の魔術を生み出す『無』の魔術です。私はこの魔術を数日前に生まれて初めて使い、上級魔族を倒すための手段を手に入れようとしました」

「……もしかして、それが……」


 ここまで説明されれば答えは分かりきっていた。

 エレインもアーサーの言葉からそれが分かったようで、静かに頷く。


「はい。おそらくアーサーさんの考えている通りです。私は『あなたの為の物語オンリー・ロンリー・ストーリー』を使い、『人と人とを繋げる縁アンフォゲッタブル・ギフト』を手に入れたんです」


 つまりそれが残った二つの仕事の正体。

人と人とを繋げる縁アンフォゲッタブル・ギフト』と『あなたの為の物語オンリー・ロンリー・ストーリー』をアーサーに移す事。これはエレインが最初から決めていた事なのだ。たとえ誰も魔術を提供しようとしなくても、彼女は最初からアーサーに希望を託すつもりでいたのだ。


「最初は戸惑いました。『無』の魔術を移すためだけの魔術なんて、どう考えても上級魔族を打倒する手段に結び付きませんでした。ですがクロノに相談して、あなたのお話を聞いて、その時に悟ったんです」


 窓から差し込んだ山吹色の夕日の光がエレインの横顔を照らす。

 彼女は今まで見た中で一番優しい表情で、いっそ慈愛に満ちたような笑みを浮かべてこう言う。


「ああ、私はきっと、アーサーさんにこうして魔術を集めるために今日まで生きてきたのだと」


 アーサーの手を握るエレインの手に力が入る。その手は少し震えているように感じた。アーサーはその震えを止めようと、彼女の手をぎゅっと握り返してから躊躇いがちに言う。


「あんたは……その、どうしてそこまで? 青騎士に敵わないなら、逃げて別の場所で新しい集落を作れば良かっただろ」

「そうですね……もちろん、その可能性も考慮しました。けれどやはり、ここ以外だと人間の生活地に近すぎて、『魔族堕ち(私達)』に安全な居場所はありませんでした。……それに、私だけは絶対に逃げる事は許されていませんでした」

「それはどういう……」


 純粋なアーサーの疑問に、エレインは苦い顔を浮かべて、


「……青騎士が三日毎に来ると話しましたが、その時に何をして帰るのかは話していませんでしたね」

「あっ、そういえば」


 間抜けな声を上げたアーサーに、エレインは少し驚いた表情になって、


「失念してたんですか? 最初はあんなに理由を求めていたのに……」

「まあそうだけど……正直もう理由とかはどうでも良いんだ。あれは俺の逃げであって、今はやりたいからここにいる訳だし。だから言いたく無かったら言わなくても良いんだぞ?」

「……ありがとうございます。けれど、やはり聞いて欲しいです」


 そう言ったものの、エレインはどこか言い淀んでいた。それは言うか言わないかの迷いではなく、どう話すべきかで悩んでいるようだった。

 やがて覚悟が決まったのか、エレインは静かな口調でその理由を語り出す。


「……青騎士はこの集落に来る度に一人ずつ連れて帰るんです。一度に連れて行く事はせず、まるで遊ぶように一人ずつ……」

「……」


 遊ぶように、ではなく事実遊んでいるのだろう。

 青騎士の目的は魔力という話だった。それなら一度の襲撃で潰せるはずの集落に時間をかけず、さっさとここを終わらせて他の集落を襲いに行った方が建設的だからだ。


「その連れて行かれる人を……」


 言いかけて、エレインの言葉が止まった。よく見るとその唇が真っ青になって震えている。声をかけるべきかどうか、アーサーが悩んでいると、エレインは一度キュッと唇を噛みしめてから、


「青騎士に殺される人を決めているのが私なんです……っ」


 早口でまくし立てるように、続けてそう言い放った。

 流す事は無かったが、彼女の目尻には涙が浮かんでいた。


「三日毎に、私は集落に住む人に対して死ねと言うんです。どの人も、自分を選んでくれと言って私の背負うべき負担を背負ってくれた、良い人達ばかりでした。そんな彼らの厚意に甘えて、私は今日まで自分の手を汚さずに何人も殺し続けて来ました。……情けない話ですが、もう家族に死ねと言うのは嫌なんです」

「……てない」


 ぽつり、と呟くように言った言葉をちゃんとエレインに届けるために、アーサーは繰り返すように言う。


「情けなくなんてない。お前はただ、家族を守ろうとしただけなんだから」

「ですが家族を殺してきた事実も変わりません。きっと、私は皆さんに嫌われる立場にいるのでしょう。辛い事ですが、仕方がありません」

「大丈夫。みんなエレインの事を好きだって言ってたよ。優しいお姉ちゃんだって、俺もそう思う」

「アーサーさん……」


 互いに握り合っている手。

 今度はエレインがアーサーの手をぎゅっと握ってきた。アーサーの手のひらにエレインの柔らかさと温かさが同時に伝わってくる。


「私達の力は、アーサーさんにとって必勝必殺の(つるぎ)です。ですから約束して下さい、必ず上級魔族を倒してくれると。そして改めてお願いします、どうか私達を()()()()下さい」


 それは昨日聞いた言葉と同じものだった。

 エレインの強い眼差しを正面から受け止める。それは今まで見た事も無いくらいに真剣な表情だった。

 それに対してアーサーは決まりきっている言葉を返すのではなく、軽く息を吐いて誤魔化すように、


「……あのさ、前から思ってたんだけど、俺がその言葉に弱いってクロノに聞いてたのか?」

「弱いんですか? 一度は断りましたよね?」

「……それは本当に悪かったって思ってるよ」


 くすくすと笑いながら言うエレインに、バツが悪くなったアーサーは目を逸らす。

 そして目を閉じて顔を正面に戻し、再び開いた目でエレインの目を真っ直ぐに見ながら告げる。


「任せてくれ」


 アーサーの答えに満足したのか、エレインは優しい笑みを浮かべたまま目を瞑る。

 それは残り二つの仕事を終わらせるために、あるいは全ての『希望』を一人の少年に託すために。

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