150 人類にとっても小さな一歩 “One-Yard_Step.”
スティーブに案内されるまま付いて行くと、次の魔術提供者はアーサーと同じくらいの歳の少女だった。長い髪を後ろでポニーテールにしてまとめ、ショートパンツを穿いているので健康的な脚が露わになっている。
母親に怒られるのを覚悟で沈んだ表情のまま帰っていくスティーブを見送った後、アーサーよりも先に少女の方が話しかけてきた。
「君が上級魔族を倒してくれるっていう少年か。話は聞いてるよ。私は神坂遥華だ。よろしく」
「俺はアーサー・レンフィールド。よろしく」
簡単な挨拶だけ交わし、スティーブの時と同じく握手をする。男のスティーブのものとは違い、やはり女の子の手のひらは柔らかかった。
「えっと……神坂も魔術を提供してくれるって話らしいけど、本当に良いのか?」
「遥華で良いよ。私もアーサーって呼ぶから。それで魔術を提供して良いのかって話だけど、その答えはアーサー次第だね。ちゃんと上級魔族を倒してくれるなら後悔はないし、失敗したなら後悔はすると思う。だから頼むよ? 私が魔術を渡して良かったって思えるように、上級魔族を倒してくれ」
「……了解」
スティーブの時と同じように、アーサーは遥華の願いも背負う。
その行動にずっと抱えている疑問の答えを出せそうな気がしたが、あくまで気がしただけなので思考の端に追いやり、目の前の問題に取り掛かる。
「それで、遥華の魔術はどんなのなんだ?」
「それなんだけど……あんまり期待はしないで欲しいんだ。私のはスティーブ程大したもんじゃなくて、ちょっとした瞬間移動みたいなものだから」
「瞬間移動? それならスティーブと遜色がないくらい凄いと思うけど。謙遜する理由ってあるの?」
「うーん、先に説明するより見せてからの方が早いと思うから、一度やってみせるよ」
そう言った瞬間、遥華の体が一瞬で少しだけ移動した。視界から外れる訳でもなく、消えたと思った瞬間には隣に二歩分くらい移動していた。
「はい、これだけ」
「え?」
「私の魔術にできるのはこれだけなんだ。この距離以上も、この距離以下も移動できない」
両手を挙げておどけるように言い、遥華は続ける。
「私の『無』の魔術は『人類にとっても小さな一歩』。その名の通りほんの〇.九メートルしか瞬間移動できないし、連続使用ができない訳じゃないけど体への負担が半端じゃないから実質できない。安全に使うなら最低でも一秒はインターバルが必要な使いどころが難しい魔術だ。長所は発動時間がほぼゼロって事くらいかな。どう? スティーブの『数多の修練の結晶の証』の方が使い勝手が良いだろ?」
「いや……この魔術、近距離戦闘なら物凄く使い勝手が良いんじゃ……?」
短距離の瞬間移動の利点。例えば剣を持ったまま正面から突っ込み、十分に近づいた所で敵の背後に移動して背中に突き刺せば、そうそう躱せる攻撃じゃない。ただしこれはあくまで戦闘に応用する前提の使い方だ。そもそも戦いばかりしているアーサーとこの集落でありふれた生活を送る遥華では価値観が違うのだろう。それは貧困地帯で生まれた子供と裕福な家庭に生まれた子供の価値観が違うように。
「そういえばアーサーも『無』の魔術があるんだよね? 折角だしどんなのか教えてくれよ」
「俺の? 俺のは別に大したものじゃないぞ。『何の意味も無い平凡な鎧』って言って、支払った魔力量に応じて身体能力を上げる魔術だよ。でも肝心な俺の魔力量は少ないからほとんど強化できないし、持続時間はたったの四二秒しかない。正直他の人の魔術が羨ましく思う時があるよ」
溜め息混じりに言うアーサーに賛同するように、遥華はパチンと指を弾いて、
「あ、それ分かる。良いよねー。私も他の人が使ってるみたいな使い勝手の良い魔術が欲しかったよ」
「遥華は他の人ので欲しい魔術とかあるのか?」
「そうだね……しいて言うならミサトが持ってる『誰もが夢見る便利な助っ人』かな? あれがあれば仕事能率が単純に倍になるからね」
「それってどういう魔術なんだ?」
「魔力で自分の分身を作るって魔術だよ。ただ消費魔力が自分の魔力の半分っていう重さだけど、それくらいのリスクならいっかなーって。あとは火を使わなくても触れてるだけで湯を沸かせる魔術なんてのもある。たしか分子運動? とかいうのを利用してるらしいんだけど、詳しい事は知らない」
「ふーん、そんなのもあるのか。やっぱり『無』の魔術ってのは多種多様なんだな」
他人事のように言っているが、アーサーはこれからその多種多様な『無』の魔術をいくつか貰う事になっている。
たった一つでも魔法に近い力を発揮する魔術を複数持つその意味。それはただの村人からヘルト・ハイラントのような一線を画す化け物へと近づく事を意味していると、アーサーは気づいているのだろうか?
ありがとうございます。
この作品もとうとう一五〇話です! ですが予定している物語はまだまだ続きます。正直半分にも届いていません。
この分だと四〇〇話くらいはいきそうだなー……などと思いながら、これからも頑張っていこうと思うので、よろしくお願いします!
……にしても、このペースで本当に四〇〇話で納まるのかなあ?(ボソ)