149 数多の修練の結晶の証 “Weapons_Smith.”
怒涛の一日が終わった翌朝、アーサーは早速一人目の魔術提供者と会っていた。
どんな人かと思いエレインに案内されて対面したのだが、アーサーよりもずっと年下の少年だった。
「姉さん。この人が魔術を託す人か?」
「はい。あとは任せても良いですか?」
「任せてくれ、姉さん」
胸を叩いて自信満々に言う少年の両眼は『魔族堕ち』特有の深紅色だった。年齢も年齢だし、まだ抑える方法を会得していないのだろう。
「ではアーサーさん。あとはこの子が案内してくれます。頑張って下さい」
ぺこりとお辞儀をしてエレインは車椅子を器用に動かして家に戻っていく。彼女も彼女で準備があると言っていたので、それに手を付けるのだろう。とにかくアーサーもアーサーでやるべき事をやらなくてはならない。
「えっと……とりあえず自己紹介からの方が良いのか?」
「あなたの事は知ってるよ。アーサー・レンフィールドだろ? 僕はスティーブ・ラーク。スティーブで良いよ」
「分かった。よろしく、スティーブ」
「よろしく、アーサーさん」
手を差し出すと素直に握り返してきた。こういう素直な所は子供らしくて微笑ましくなる。
「それじゃ早速、僕の魔術について教えるよ」
「あ、その前に一つだけ確認させてくれ。本当に魔術を手放して良いのか?」
「今更だな? 僕じゃ魔族には勝てないし、こうしないと生き残れないんだ。それに僕の魔術は日常生活にあんまり使えるものじゃないし。未練は大して無いよ」
「……大してって事は、少しは未練があるんじゃないのか」
「そりゃあ……少しは。でもアーサーさんが上級魔族を倒してくれるんだろ? それで家族を守れるなら安いものだよ」
「……」
容姿が子供だから正直少し舐めていた。しかし彼には彼なりに信念があり、それに則って行動しているのだ。だとしたらアーサーに言える事はもう何もなかった。改めて、必ず上級魔族を倒すと心に誓う。
「じゃ、魔術の説明に戻るよ」
そう言うなりスティーブは虚空に手をかざす。するとその手に魔力が集まり周りの空間が歪む。
そこから先はほとんど一瞬だった。むしろここまでの工程をよく見せる為にわざと遅くやっていたのかもしれない。歪んだ空間が元に戻るのとほぼ同時、幅広で刀身の短い剣が握られていた。
「僕の魔術は『数多の修練の結晶の証』って言うんだ。簡単に言うと想像した物を創造する魔術だよ。例えばこんな風に」
スティーブが適当に投げてきた剣をアーサーは難なくキャッチする。アーサーが驚いたのは投げてきた事ではなく、受け取ったその剣の軽さだった。材質は分からないが、仮に鉄だとしたら普通では有り得ないくらいに軽い。大きさは全く違うのにウエストバッグの中にある短剣と同じくらいの重さだ。
「……これ、材質はなんなんだ? 信じられない軽さなんだけど……」
「材質はある鳥類の骨らしいよ? 羽翼の剣って言われるくらいだし。軽さが売りの素材らしいけど、詳しい事は僕も知らない。僕もまだ村にいた時に武器屋で一回見た事があるだけだし。ただちょっとアレンジも加えてるけど」
「アレンジ?」
「それ、中を空洞にしてるんだ。そうなるようにイメージして創ったから」
「……」
使っている本人であるスティーブは意識していないかもしれないが、この魔術の内容は思わず言葉に詰まるものだった。
(自由度が高いな……。いや、それを言ったら俺の『何の意味も無い平凡な鎧』も同じなのか。あれは俺が使ってるから宝の持ち腐れになってるけど、忍術を自在に扱う結祈とかなら絶大な力を発揮するもんな……)
アーサーは軽い剣の刀身に日の光を反射させながら『アリエス王国』でのフェルトが言っていた事を思い出していた。
『魔力適正には稀に「無」の適正が出る事がある。君は感じた事はないか? 「無」の特異性と汎用性を。あれは魔法の名残なんだ』
あの時フェルトは勇者達が特異な力で世界を今ある形に押し留めたと言っていた。そして二度と同じ過ちを犯さないように魔法の才能を魔力適正という形に置き換え、魔法の力を魔術という新しい法則に当てはめたとも。
けれど、それも成功した訳ではないと言っていた。今はもう消滅した結界が不完全だったように、魔法も『無』の魔術という欠点が残ってしまった。
他の魔力適正とは根本から違う特異な魔力適正。だとしたら、『無』の魔力適正が生まれる基準のようなものもあるのだろうか?
「質問はある? 答えられる範囲で答えるけど」
スティーブの言葉で思考を断ち切る。それから取り繕うように疑問をぶつける。
「えーっと……そうだ。その魔術には制限とかないのか? 大きさとか、材質とか、想像すれば何でも作れるのか?」
「流石に理屈的に有り得ないものはダメだよ。それに想像が明確なほど消費する魔力が少なくなるから、好きに創れるって言っても見た事のある武器を造る方が相性が良いんだ。あっ、武器って言ったけど磁石とか釣り竿とか、そういう日用品も想像力次第で創れる。まあ、そもそも魔力で作った物だから時間が経てば消えちゃうし、ちゃんとした物が欲しいなら自分で買った方が良いと思うけど」
そう言うと先程と同じ剣を今度は両手に作って構える。
「じゃ、もう質問がないなら実戦形式でこの魔術を体感して貰うよ。構えてくれ」
「いきなりだな……。でも魔力でできた武器なら俺の右手で消せると思うけど、そっちが不利じゃないか?」
「こっちは消された瞬間に作り直せば良いから、そっちの有利はそんなに無いと思うよ」
「なるほど、使い捨て前提の戦い方って訳か。勉強になるよ」
軽口を叩き合いながら、スティーブの魔力で出来た剣を握る両手と、アーサーの異質な右手にそれぞれ力が加わっていく。
腰を屈め、今まさに衝突が始まろうとしたその瞬間だった。
「スティーブ」
突然、横合いから声がかかった。
緊張を解いてそちらに目を向けると、声の主はスティーブと同じくらいの歳の少女だった。
「ミラ? どうしたんだよ。今姉ちゃんに頼まれてこの人に魔術を教えてるんだ」
「うん……だけどおばさんが今日の手伝いが終わってないのにどこほっつき歩いてるんだって怒ってるよ?」
「えっ……母ちゃん怒ってるの?」
ミラと呼ばれた少女は静かに頷いた。
スティーブは絶望したように顔を覆って、
「……ごめんアーサーさん。ちょっと早いけど切り上げても良いか?」
「なんというか……ご愁傷様?」
今はもう母親のいないアーサーだったが、それでも幼い頃に母親に怒られた記憶は残っている。アレックスと遊んでいる所にレインが迎えに来て、今のスティーブと同じように怯えていた頃を思い出して懐かしい気持ちになる。
「私は先に戻っておばさんをなだめておくよ。でもなるべく早く戻って来てね?」
「ああ、頼むよ」
ぱたぱたと忙しなくミラは戻っていく。その後ろ姿を見送りながら、アーサーはスティーブに声をかける。
「スティーブ、今の子は? 彼女かなにか?」
「なっ!? いや、違うよ!! あいつはただの友達っ! この集落に来る前から一緒の幼馴染ってだけだよ!!」
顔を真っ赤にして否定するスティーブに、アーサーは顎に手を置いて、
「ふむ……つまりスティーブはあの子が好きって訳か」
「なっ!? だからそんなんじゃないって確かに好きだけどそれは家族みたいって言うかあなたが考えてるような関係じゃないよ!!」
「その割に結構気にかけてたみたいだけど」
「うわっ、この人結構ぐいぐい来るな!?」
叫び続けて疲れたのか、スティーブは一度息を整えてから落ち着きを取り戻した声で言う。
「……本当にそんなんじゃないんだ。ただミラはちょっと問題を抱えてて……」
「問題?」
「『無』の魔術だよ。彼女の持ってる魔術は間違って使っちゃっても絶対に死んじゃうんだ。いつも爆弾を抱えて生きてるようなものだよ。だからなるべく気にかけるようにしてるんだ」
「そんな魔術もあるのか……」
『固有魔術』とは違い、自分では効果を選べない先天性の『無』の魔術。アーサーにとっては生き残るために何度も使ってきた便利なものでも、ミラにとっては呪い以外の何ものでもなかったのだろう。
「ちょっと遅くなったな。次の魔術提供者を紹介するよ。ついて来て」
ありがとうございます。
あと二話くらい、こんな感じで進んでいきます。