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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第二章 奪われた者達と幸せな贈り物
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13 ビビという名の少女

 アーサーとアレックス、二人の少年がグラヘルを打倒してから数日が経った。あれから二人はひたすら森の中を歩き続けて『タウロス王国』を目指している。途中何度も他国と比べて開発がまったくと言っていいほど進んでいない『ジェミニ公国』の事を恨みながらなんとか数日間歩き続け、道のりはようやく三分の一程度の地点まで来た。

 しかし順調にも思えた二人の旅は始まって数日で大きな危機に瀕していた。それは……。


「水が切れた」


 少年、アーサー・レンフィールドは唐突にぽつりと呟いた。


「くそっ、テメェの方もか」


 その声に反応したのは前を歩いていたもう一人の少年、アレックス・ウィンターソンだ。


「さっさと川の一つでも見つけねえとやべえぞ。つーかそもそも村や町を通らないのは何でだ!? 普通これだけ歩いてりゃ狙ってなくても辿り着くだろ!」

「無駄に叫ぶなよアレックス、余計に喉が渇くぞ」


 その気になっていくつもの偶然が重なってと策と罠を張り巡らせれば、普通の人間には討伐不可能とまで呼ばれる中級魔族を打倒する事のできる特異な二人だったが、今はわりと普通の危機で生命が危ぶまれている。


「そもそも公王の野郎が用意した水が少ねえんだよ。なーにが隣の国に着くくらいなら保つ、だ。ぜんぜん保ってねえじゃねえか!」

「仕方がないんじゃないか? 人は一日に約二リットルの水を必要とするって言うけど、それは普通の生活を送ってると結構分かりにくいもんなんだよ。普段からそんな事気にしてるやつなんていないだろ? そこら辺の感覚が狂ってても正直頷ける」


 怒るアレックスの隣でアーサーはうんざりしたように呟く。


「……まあボヤいててもしょうがない、さっさと水を探そう。こういう時は川でも探せば良いのか?」

「そうだな。確か何かの木の下を掘ると水が出てくるって話を聞いた事があるが、正直分からない木を探して回るのは現実的じゃねえ。川を探すのが手っ取り早いだろうな」

「じゃあ耳を澄ませて音を聞けば良いか? あるいは少し高い場所の下を探すか……」

「いや、ここらはほぼ高低がねえ。耳を澄ませて慎重に進む方が良いだろ」


 方針を決めるとそこからは早かった。普段の調子からは有り得ないほど静かになり、ただ水の流れる音だけを目指して慎重に森の中を進む。

 それからしばらくその調子で歩き続け、日が傾いて空が茜色に染まった頃にアーサーがその耳に川のせせらぎの音を捉えた。


「アレックス」

「見つけたか?」

「多分間違いない」

「じゃあ行ってこい。俺はここで待つ」


 そう言うとアレックスは水の入っていた空になった容器を適当にアーサーに投げつける。


「俺が行くのかよ」


 投げられた容器をキャッチしながら、アーサーは不満げに呟く。


「テメェが見つけたんだ。責任持って行ってこい」

「……なら焚火の準備でもしといてくれ。今日は神経を使ったまま歩き続けたから疲れた。このまま休もう」

「そいつは賛成だ。ああ、あと魚でもいたら捕まえて来てくれ。流石にカロリーチャージだけじゃ味気が無さすぎる」

「……それを俺に頼むのか? ロクな釣り道具もないんだぞ。身体能力で言うならアレックスの方が適任じゃないか?」

「『何の意味も無い平凡な(42アーマー)鎧』を使えばギリギリ行けんだろ。いつもは俺が基本的に獲ってんだ。たまにはお前が獲って来い」


 そこを突かれるとアーサーは何も言えなかった。アーサーは苦虫を噛み潰したような顔でしぶしぶ了承した。


「こうなったら特大の獲ってくるからな。驚いて腰抜かすなよ」

「へいへい、まあせいぜい頑張れよ」


 適当に受け流すアレックスを後目にアーサーは川のせせらぎの音を聞き分けて慎重に歩いて行く。次第にその音が大きくなってくると歩く速度が上がっていき、木々が途切れたところを抜けると丸石が大量にある河原へと辿り着いた。空の容器を取り出しながら川辺へと歩いて行き、腰を下ろして容器の中に川の水を入れていく。


(結構綺麗な川だな。流れも緩やかだし泳いだら気持ちよさそうだ)


 などと割とどうでも良い事を考えながら水で満たされた容器のキョップを閉め、川の中央の方へ目を向ける。


「さーて、アレックスが驚くような魚はいるかなーっと」


 川が澄んでいるおかげで遠目にも小魚の姿はいくつも確認できた。しかしアレックスを驚かせられるような魚は見つけられず唸ってしまう。

 目の前にいる魚からは警戒心があまり感じられず、『何の意味も無い平凡な鎧』を使えばある程度の数は捕まえられる自信はあった。しかし妥協するのはともかく、戻った時にアレックスに馬鹿にされるのだけはどうにも癪だった。


(どうにか大物を捕まえないと……)


 そう思いながら川上の方へ視線を向けると、何か大きなものが流れてきた。


「……ん?」


 思わず間抜けな声が漏れた。

 大きい……というかほとんど人と同じくらいの大きさだった。アーサーは思わず自分の目をこすって二度見してしまった。


「んん??」


 アーサーが思わず二度見したそれは……。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 アーサーが川から戻るとアレックスはすでに焚火の準備を終えていて、暖を取りながらカロリーチャージを食べていた。アーサーはその背中に声をかける。


「アレックス」

「遅えぞアーサー。魚はちゃんと獲って来たんだろ、う……な?」


 アーサーの方を振り返ったアレックスは思わず絶句した。なぜならアーサーが行きにはなかった大きなものを背中に背負っていたからだ。


「……おい、その背中のは何だ?」

「川で拾った。特大だろ?」


 からかうように言うアーサーに対してアレックスはわなわなと震えて、


「特大ってそもそも魚じゃねええええええええええええええええええええじゃん!! 余計なもん拾って来るとか幼児かテメェは! ちゃんと元の場所に戻して来なさい!!」

「落ち着けよアレックス。最後の方、口調が変になってるぞ」


 アーサーはアレックスの言葉を受け流して、背中に背負っていた少女を丁寧に地面に下ろす。

 そう、少女。アーサーが拾って来たのは魚ですらなくただの女の子だったのだ。アーサーやアレックスに比べるとかなり小柄な体躯で、整った顔立ちと腰に届くほどある長く黒い髪が特徴的な女の子だった。


「……つーかこの尖った耳で黒髪とか、魔族じゃんこいつ」

「そうだな」

「そうだな、じゃねえよ!! なんでよりにもよって魔族の子供なんか拾ってきちゃうのかねこの子は!!」

「仕方ないだろ、見捨てられるような状態じゃなかったんだ。というか魔族とはいえ子供だぞ? そんなに変な事してるか?」

「普通はじーさんだろうが子供だろうが魔族なら見捨てるのが当たり前なんだよ! 魔族に加担する人間なんざ『魔族信者』くらいだ!」

「別に信者って訳じゃないんだけど……。というか子供ですら見捨てるってそもそも人間側の性根が腐ってるだけじゃないか、それ」

「……よくもまあ村を潰された直後に魔族の子供を助けようと思ったな」

「だってこの子は俺達の村の件に関わりはないだろ?」


 アレックスは大きな溜め息をつくとそこで諦めた。アーサー・レンフィールドという少年は少し……いやかなり世間の常識とかけ離れているらしい。異常者というのはそもそも自覚がない者の事を指すのだろう。


「……で、拾って来たのは良いがどうする気だ?」

「首を突っ込んだ責任は取るよ。とりあえず服を乾かしてあげたいところだけど……どうしよう? 女の子を脱がせるって色々とマズくないか?」

「なら起こすしかねえだろ。……つーか、こいつ生きてんのか?」

「心音なら確認したよ。息もちゃんとしてるしそのうち起きると思うんだけど……」


 そう言った直後だった。

 地面に横たわる少女が小さなうめき声を漏らしてうっすらと目を開いた。


「丁度起きたみたいだ。おーい、大丈夫か?」


 アーサーが呼びかけると、少女はしばらくじっとアーサーの顔を食い入るように見つめた。それから目を見開いて這うようにアーサーから離れて小さく丸まった。


「おい、怯えてんぞ。テメェが不用意に声をかけるから」

「いや、アレックスの顔を見てから怯えたんだ。もう少し表情を柔らかくしろよ」

「あ? どう見てもテメェが原因だろうが」

「あっはっは、アレックスは面白い冗談を言うなあ。どう考えてもお前のアホ面に怯えたに決まってるだろ」

「あ、あの!」


 アーサーとアレックスがくだらない理由で割と本格的に取っ組み合いが始まろうとしていたその時、少女が初めて声を出した。鈴を転がしたような、年相応の可愛いらしい声だった。


「ここはどこですか……? あなた方は誰ですか……?」


 初めて発せられたのは至極当然の疑問だった。アーサーは少女に近づくと膝をついて目線の高さを合わせてから答える。


「ここは『ゾディアック』最大の時代遅れ国の『ジェミニ公国』のどこかの森の中、正確な場所は正直俺にも分からない。そして俺は偶然君を見つけて助けた旅人ってところかな」


 できるだけ安心させるように優しい声音で話したが、少女から怯えの気配は取れなかった。

 その理由はすぐに少女の口から明かされた。


「あの……人間、ですか……?」


 アーサーとアレックスは少し驚いた。人間の恐怖の対象である魔族も、人間を恐れている事が分かったのだから。あるいは親から人間は怖いものだと教え込まれているのかもしれない。どちらにせよ、警戒心を解かない事にはまともな会話もできない。何と答えたものか迷っていたアーサーだったが、その答えを見つける前にアレックスが先に答える。


「ああ、人間だ」


 少女はビクッと体を震わせた。しかしアレックスは言葉を止めない。


「俺達が怖いか?」

「おいアレックス!」


 アーサーは立ち上がり、言葉を止めないアレックスの肩を掴んで無理矢理止めようとするが、それよりも先に少女は重々しく口を開いた。


「……はい、人間は怖いです」


 吐露された心中は両種族で同じものだったのかもしれない。

 誰だって得体の知れないものは怖い。ましてやそれが知性を持って自分達に危害を加えてくる存在だとしたらなおさらだろう。もしかしたら人が思うよりも人間と魔族には違いはないのかもしれない。

 少女の言葉にアーサーだけではなく質問したアレックスですら沈黙した。


「……でも」


 しかしその沈黙を破ったのは続く少女の言葉だった。


「わたしを助けてくれたお二人の事は、怖くはありません」

「……そうか」


 欲しかった答えを得たのかアレックスは満足げに微笑んだ。


「というかそもそもなんで川を流れてたんだ? 遊んでたって感じじゃなかったと思うけど」

「それは……」


 アーサーの何気ない質問に少女の顔が曇った。


「……あれは嵐の日でした」


 そしてぽつぽつと語り出す。


「わたしが住んでる村に突然、人型の大きい機械がやって来たんです。なんでかそれには魔術が全く効かなくて、次々にみんなが殺されて……わたしはママが川に突き落としてくれて助かったんです。でも嵐のせいで川の中じゃ身動きが取れなくて、そのまま上下の感覚が無くなるくらい流されていく内に意識が遠のいて、次に気が付いた時にはおにーちゃんに拾われてました。つまり」

「つまり……?」

「ママに会いたい……っ」


 少女は両目から涙を流し、震える声で二人の良心に訴えかけてくる。

 それには魔族に批判的なアレックスもそうだが、アーサーへのダメージが凄かった。


「やばいなんかこの子ほっとけないどうしようアレックス」

「落ち着きやがれ。テメェがこの手のガキに弱いのは分かったから冷静になれ。……にしても何で魔族が結界を越えてここにいるんだ?」


 アレックスに言われ、数回の深呼吸を経て落ち着きを取り戻したアーサーが疑問に答える。


「結界が弱まってるって公王様が言ってただろ。きっと魔力が少ないから通れたんだ。『ジェミニ公国』の川には『魔族領』に繋がってるものもあるって聞いた事があるし」

「……簡単に言うが、それって結構ヤバいんじゃねえのか?」

「……かなりヤバいと思うよ。でもだからって俺達じゃどうしようもない。『ポラリス王国』辺りが手を打つのを待つしかないな」

「つーか人型の機械って何だ? もしかして人間の方から魔族領に攻め込んでるのか?」

「知らないよそんな事。でも魔術が効かないってのも気になるな。もしそんなのが大量に造られてるんだとしたら……」


 と、言いかけたところでアーサーは止まった。理由は涙を浮かべた少女がアーサーの服の端を握って引っ張ったからだ。


「うーん……」


 アーサーはさんざん唸って悩んだ挙句、再び腰を下ろして少女と目線の高さを合わせ、まっすぐに見つめながら、


「お前はママと会いたいか?」

「うん……」

「なら一緒に来るか? お前の事をちゃんと母親の所まで送り届けてやるよ」

「ホントに!?」

「ああ、約束だ」


 そう言われた少女はさっきまでの泣き顔が嘘だったかのように笑みを浮かべてアーサーにがばっと抱き着いた。


「ありがとう、おにーちゃん!」


 満面の笑みでそう言われ、胸を矢で射抜かれたような衝撃を受けたアーサーは何とも言えない表情で、


「……やばい、俺この子のためなら死ねる」

「黙ってろこのシスコン!! つーか本気かテメェ!」

「何が?」

「こいつを送り届けるって事だよ! それってつまり『魔族領』に行くって事だろ!? 普通に死ぬぞ!!」

「だからどうした? 子供が母親に会いたいって泣いてるんだ。後はこっちの仕事だろ」

「……テメェやっぱり異常者だろ」


 これが魔族の少女、ビビとの出会いだった。

 この出会いが、これから始まる旅の大きな起因になることを。

 この時の二人は、まだ知らない。

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