行間二:インベージョン
水筒に川の水を入れ終わった帰り道、シルフィーも異変には気づいていた。
結祈がいるせいで忘れそうになるが、彼女は魔法を使えるほど魔力の扱いには長けている。その魔力感知の感度も広さも自然魔力感知には及ばないがそれなりに広い。さすがに無機物の輪郭を正確に掴むことはできないが、良い魔力の満ちている森の中で不穏な動きを感じ取ることくらいはできる。その辺りは森に囲まれている『アリエス王国』で育ったエルフとして当然かもしれないが。
静かに魔力を練り、いつでも魔術を発動できる状態にする。同時に魔力感知の範囲を広げてアレックス達の方の状況も探る。
(アレックスさん達は……ダメですね。さすがに少し遠いです)
諦めて魔力感知を切り、目の前の脅威に対して意識を裂く。
一応、シルフィーは自分の魔術の腕前が高いことは知っている。だが一人で戦う実戦は実はこれが初めてだ。
緊張で喉が渇き、額から一筋の汗が流れる。使える魔術と敵を無力化するのに効果的な魔術を頭に浮かべて行く。
贅沢を言えばもう少し心の準備をする時間が欲しかったが、状況はそれを与えてくれなかった。両手銃を持った『機械歩兵』が迫ってくる。
「……っ!」
シルフィーはすばやく反応し、一発の魔力弾を放つ。それが『機械歩兵』の一体に着弾した瞬間、魔力弾が弾けて魔力でできた鎖が体を縛るように展開される。それを何体かの『機械歩兵』に放ち、自由を奪った隙にその間を走り抜ける。
後ろから慌ただしい音が聞こえてきて、自分のすぐ横を青色のレーザーが通り過ぎていく。しかもそれが何発も。木々に体が隠れるように走っているが、このままだとやられるのは時間の問題かもしれない。ダメ元で先程と同じ拘束用の魔力弾を放ってみるが、着弾前に空中で撃ち抜かれてしまう。戦略AIか何かで統率を取っているのだろうが、それにしても対処が早かった。もう死角から隙を突かないと攻撃は当たらないかもしれない。
(なんとかしないと……っ! アーサーさんならこういう時すぐに対策を立てられるんでしょうけど、私にはそんな機転はありませんし……あっ、それです!)
何かを思いついたシルフィーは絶え間なく動かしている足に魔力を集中させ、設置型の魔術を地面に仕込む。
簡単にやっているようだが、これはかなり高度な術だ。例えば元々足を発動の起点としている魔術や、アレックスやサラのように魔力で作り出した雷や風を体に纏うくらいなら誰でもできるかもしれないが、普通は手で使う魔術を足で使うのはかなり特殊な事だ。これも魔法を扱えるほどの魔力制御があっての賜物だ。
そんなシルフィーが地面に仕込んだ魔術は、『機械歩兵』が踏み抜いた瞬間に発動した。これは大戦時にもよく使われた、『設置した魔法陣の上を通過したら発動』というシンプルで簡単な条件のものだった。
そして発動した魔術は地雷と同じような爆発だった。これは『アリエス王国』での戦争の時にアーサーが使った大爆発を思い出して使用したものだった。しかし急遽仕込んだ魔術の爆発では真上にいた『機械歩兵』しか破壊できず、他はほとんど無傷のままだった。しかも今の爆発で他にも設置型の魔術がある可能性を考慮したのか、体からジェットを噴射して空を飛んで追って来る。こちらからすれば一体の破壊と引き換えに状況を悪化させただけだった。
『機械歩兵』は飛行しながらも両手銃の照準をピッタリとシルフィーに合わせていた。
(―――やられる!!)
もう打つ手がなくなったシルフィーは来るべき衝撃に備えて両目をぎゅっと瞑る。
しかし、予想した衝撃は襲って来なかった。
代わりにバギャアッ!! と何かが壊れる音が耳に突き刺さった。
シルフィーが恐る恐る目を開くと、自分に差し迫っていた『機械歩兵』が一体残らず破壊されていた。
「い、一体何が……」
状況が全く分からないが、とりあえず魔力感知を使ってみる。するとすぐ近くにいつの間にか巨大な魔力の塊が存在していた。
『存外に脆かったな』
何のけなしに『それ』はそう呟いた。その言葉にシルフィーは心臓を締め付けられるような感覚を覚えていたが、震えそうな唇で何とか言葉を発する。
「あ、あなたは……?」
シルフィーの言葉に反応した『それ』は、頭に直接響くような言葉を使って、
『私は―――』
その先の言葉を、シルフィーは……。
ありがとうございます。
今回の話はよく分からない部分が含まれていたと思いますが、あくまで先へ繋ぐための行間なので、後々に意味が分かる時が来ます。