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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第九章 停滞した針を動かそう Piece_of_“DIPPERS”.
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141 飛竜との空中戦

 クロノの後を付いて行くこと数時間、氷山と呼んでもいいような氷でできた山のふもとにある巨大な洞窟の入口の前に辿り着いた。

 降り続ける雪は激しさを増すばかりで一向に弱まらなかった。歩いている間は鬱陶しい事この上なかったのだが、洞窟の入口の前に着いた時点でそんな感情は消え失せていた。

 それは苦労して目的地についた感動だとか、洞窟の中に入れば関係なくなるだからとかそんな理由ではなかった。

 理由はもっと単純。

 洞窟の入口の前には、それ以上の脅威が待ち構えていたからだ。


「クソッたれがァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「グルゥゴガァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 目の前に現れたのは巨大な爬虫類。鋭い獰猛なギョロ目に体と同じくらいの大きさのある巨大な一対の翼。その正体を言い表すなら、アーサーには飛竜(ワイバーン)としか表現できなかった。

 狙われた小動物と化したアーサーの絶叫と、獲物を見つけた捕食者の飛竜(ワイバーン)の雄叫びが曇天の空に木霊(こだま)する。

 しかも飛竜(ワイバーン)の雄叫びはただの叫び声ではなかった。ただの鳴き声が衝撃波となってアーサー達に襲いかかってくる。

 アーサーはエレインを背負ったままレミニアを脇に抱えて横に走り、深く積もった雪の上にダイブしてギリギリの所で躱す。衝撃波を事前に察知できたのは降り続ける雪のおかげだ。不自然な動きで乱れた雪のおかげでアーサーは衝撃波の存在を確認できたのだ。


「あれが門番の獣だ」


 一人だけ衝撃波を軽く躱したクロノが突っ伏したままのアーサーに声をかける。


「……そんなの見れば分かる。それより二人とも大丈夫か……?」

「は、はい……。ありがとうございます、兄さん」

「私もアーサーさんがクッションになってくれたおかげで無傷です」

「そりゃ良かった。それでクロノ、当然あの飛竜(ワイバーン)への対策はあるんだよな」

「当然ある。お前だ」

「……は?」

「死ぬ気で考えろ。さもなければこの場所で冷凍ミイラが三体できあがるぞ」

「三体……? はっ! さてはお前、最悪でも自分だけは助かる気だな!?」


 アーサーの怒声に何も言い返さず、クロノはその場から消え失せた。おそらくポーカーの時に使っていたのと同じ魔術だろう。気がつくと背中に背負っていたエレインと傍らにいたレミニアも消えていた。


(ああくそっ、本当に俺だけ置いて逃げやがった! レミニアとエレインを連れて行ってくれたのだけには感謝してやるけど!!)


 癪だから決して口に出さない感謝を心の中でだけ唱え、ウエストバッグからユーティリウム製の短剣を取り出して構える。こんなもので飛竜(ワイバーン)を何とかできるとは思っていないが、それでも素手よりはマシ程度の気持ちだった。


(とりあえず落ち着け。ドラゴンなら『タウロス王国』でも倒しただろ! あれのスモールサイズと思えばなんとか……)

「ギャルゴグガァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 必死に自分を奮い立たせようとしていたが、飛竜(ワイバーン)の言語化不可能な咆哮がその思考を奪った。

 よくよく考えればあの時はサラが協力してくれていたし、事前に仕掛けてあった『モルデュール』を起爆する形で倒せたのだ。真正面から挑めば簡単に咥えられて鋭い歯で五体をすり身にされるだろう。流石に肉団子にはなりたくないし、そんな事態は絶対に避けたい。

 だからそのために必死になって思考を回す。

 そして。


「……ああ、ちくしょう。なんだって俺はこんな事を思いついたんだ……」


 自分自身に呆れるように、誰に聞かせる訳でもなく言葉が漏れる。

 食われないために導き出した答えが結局命懸けというのも変な気分だが、飛竜(ワイバーン)の方はこちらを殺す気で突っ込んで来ている。

 これ以上考えている暇はなかった。唯一思い付いた愚策に身を委ねる事にする。


(くそ……。恨むぞクロノ)


 アーサーは短剣を握っている方とは別の手をウエストバッグの中に入れ、ユーティリウム合金のワイヤーを取り出す。そして端っこの方で大きめの輪を作り、それ以外の部分は自分の体に巻き付けて外れないようにする。

 そこまでやり終えてタイムリミットが来た。作業に集中している間に、もう目の前に飛竜(ワイバーン)が迫って来ていたのだ。

 アーサーは大きく開かれた顎をギリギリの所で躱し、ワイヤーで作った輪を飛竜(ワイバーン)の首に上手く通す。

 その次の瞬間、恐ろしい事が起きた。

 前述の通り、ワイヤーの輪の部分は飛竜(ワイバーン)の首に引っ掛かり、それ以外は外れないようにアーサーの体に巻き付けてある。

 つまり。

 ワイヤーに引っ張られる形でアーサーの体が吹き飛ぶように急加速し、飛竜(ワイバーン)と共に曇天に覆われる大空へと飛び上ったのだ。


「げっ……ぶ、う……っ!」


 全身に交通事故にでも遭ったような途轍もない衝撃を食らったアーサーだったが、意識はギリギリの所で保てていた。

 暴れる飛竜(ワイバーン)のせいで振り回される体を固定させるために、手離さずに握り続けていた短剣を硬い鱗に覆われた飛竜(ワイバーン)の背中に突き刺す。余計に暴れるようになった飛竜(ワイバーン)だったが、上手く体を固定したおかげで先程よりは振り回されずに済んだ。


(こ、これなら確かに食べられなくて済むけどここから先はどうしよう!?)


 暴れる飛竜(ワイバーン)のせいで脳みそシェイクの状態では何も思い付かなかった。とりあえず短剣を抜いたり刺したりして傷口を増やしてみるが、余計に飛竜(ワイバーン)を興奮させる結果に終わった。

 急旋回、急降下、錐揉みを体験した辺りで飛竜(ワイバーン)の動きを判断する事ができなくなっていた。三半規管がやられたのか自分が今どの方向を見てるのかも怪しくなってくる。とりあえずウエストバッグから『モルデュール』を取り出してみるものの、それをどう使えばこの状況を打破できるのかに思考が繋がらない。上下の感覚などとうに無くなっており、目が回って気持ち悪くなってくる。

 そしていよいよ我慢の限界を超え、胃の中身が逆流してきて口から吐き出しそうになった時、それは起きた。

 今のアーサーの命綱であるワイヤーの輪の部分、その結び目が振り回される衝撃に耐えられず解けたのだ。

 そして、そこからもたらされる結果は最初から決まっていた。

 突き刺していた短剣は何の意味も成さず、支えを失ったアーサーの体が勢いを持って空中へと放り出された。

 真下ではなく真上に放り出されたのがせめてもの幸運か、アーサーの体が空中で一度制止するとジェットコースターに乗った時のような内臓が浮かび上がる気持ち悪い感覚に襲われ、その後すぐに重力に従って落下を始める。

 真下には大きく口を開いた飛竜(ワイバーン)が待ち構えている。そしてアーサーには空中で身動きを取る手段は無い。


「ま……ず、い……っ!」


 シェイクされた頭でも流石にそれくらいは理解できていた。しかし彼に残された時間は幾ばくもなかった。対策を思いつく前にその体が飛竜(ワイバーン)の口の中に収まっていく。

 その時アーサーが見たのは喉奥の暗い影。それがまるでブラックホールのように感じられた。どちらにせよ飲み込まれれば二度と外には出て来られないだろう。


「くそ……っ! 食われてたまるかよォォォおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 今まさに飲み込まれようとしていた直前、アーサーは短剣を飛竜(ワイバーン)の喉元に突き刺して胃袋への落下を止めた。それと同時に手に握っていた『モルデュール』を落とすように喉の奥へと放り込む。

 その直後、喉を刺された飛竜(ワイバーン)に汚物と認定されたアーサーは口内から吐き出される。粘膜で濡れた体が吹雪に襲われて体温が一気に奪われる。しかしそれよりも差し迫った危機があった。ドラゴンに補食されかけて止まっていた高所からの落下が再スタートしたのだ。


(大丈夫、飛竜(ワイバーン)に食われたおかげでさっきよりは低くなってる。この高さで下が深く積もった雪ならきっと死なない! 大丈夫、大丈夫、だいじょ―――っ)

「ぶぶうっ!?」


 必死に自分に言い聞かせながら落下したアーサーだったが、地面に着弾した瞬間肋骨が軋み、内臓が圧し潰されるような感覚を味わって変な声が出た。冗談抜きで何本か骨をやったかもしれないが、考えてみれば高所から落下してその程度で済んだのだから良かったといえば良かったのかもしれない。

 とりあえずアーサーは顔を雪の中から抜く。それから四つん這いの姿勢になるが、酔っ払いのように体がふらつく。一応無事に地表に戻って来れたが、絶叫アトラクション大好きな人でも顔真っ青な体験をしたダメージは確実に体に残っている。

 そして絶叫マシンこと飛竜(ワイバーン)はそんな隙を逃さず、再び補食しようと滑空してこちらに向かってくる。

 しかしアーサーの方は避けようともせず、四つん這いのまま手のひらだけ飛竜(ワイバーン)に向けて呟く。


「お座りだ、トカゲ野郎」


 その次の瞬間だった。

 ドムッッッ!!!!!! とくぐもった爆発音が雪原に響いた。

 それはアーサーが飛竜(ワイバーン)の腹の中に置いてきた『モルデュール』を起爆させた音だった。途端に体の自由を失った飛竜(ワイバーン)が口から大量の血を吐き出し、飛ぶ事すらままならず積雪に体を擦りつけて動きを止める。アーサーの目と鼻の先で止まった飛竜(ワイバーン)はピクリともせず、絶命しているようだった。

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