12 死闘の末に待ち受けていたものは
グラヘルを倒した影響か、不思議な炎は何もしなくても勝手に鎮火した。そして少し肌寒くなった大樹の前で、アレックスは未だに信じられないといった風に言った。
「にしても、本当に勝てるとはな」
「俺達を見下していて戦術は一辺倒、おまけに馬鹿だったから勝てただけだよ。他の魔族だったらこうは行かなかったはずだ」
「他の魔族ねえ……。もしかすると比較的に弱かったから結界を越えられたのかもな」
馬鹿二人は笑い合うと、視線を焦げたグラヘルに向けたところで真顔に戻った。
「……それでどうすんだよ、これ」
グラヘルを倒し終わっても二人はその場所を動いていなかった。その一番の理由としてはグラヘルの遺体の処分についてだった。およそ二〇〇キロはある体躯のグラヘルの遺体は運ぶにしても埋めるにしても二人だけでは難しい。かといってグラヘルの遺体だけ置いて離れるのは何となく不安だった。
しかしうんざりしたように言うアレックスとは対照的に、アーサーは明るく言った。
「大丈夫だよ。もうすぐ来る頃だろうから」
「来る?」
アレックスが首を傾げたのと複数の足音が近づいて来たのはほぼ同時だった。
二人はその音の方へと視線を向ける。
その視線の先、やたら武装した兵士達に囲まれて、場違いなほど煌びやかな衣装に身を包んだ男が歩いてきていた。そして、その男は大樹の前に来ると足を止めた。
「遅かったですね、公王様?」
「中級魔族はどこだ?」
「そっちで寝てますよ。確認して下さい」
アーサーに促されると、公王は兵士の一人に確認してくるように命令した。その兵士が焦げたグラヘルの遺体に慎重に近づき、しばしの間観察すると元の場所に戻ってきた。
「どうだった?」
「間違いなく魔族のものかと」
「……そうか」
兵士の言葉に重い溜め息をつくと、視線をアーサーとアレックスに戻す。
「これは君達がやったのか?」
「はい。その魔族を殺したのは俺達です」
「それは本当か?」
「はい、間違いありません」
「……では、仕方が無いな」
公王が片手を上げると、周りの兵士達がアーサーとアレックスの周りをぐるっと取り囲んだ。公王とアーサーとアレックスの距離はそんなに離れていないが、何か行動を起こそうものなら周りの兵士達が即座に取り押さえられる程度の距離は開けられていた。
そして公王が上げた手を下ろすと、今度は周りの兵士達が一斉に剣を抜いて二人に向けた。中には魔術を使おうとしている者もいる。
「……まあ、正直こうなるとは思っていたよ」
アーサーは両手を上げておどけた調子で言ったが、目の前にいる公王はいたって真面目な調子で言う。
「……君達の存在は危険なんだ」
その声には何とも言えない威圧感があった。まるでアーサーとアレックスを敵視しているような、そんな印象さえ受けた。
「ただの少年二人が魔族に勝った。たとえマグレだとしても、この事実は他の者達に間違った希望を与える。俺にも出来るんじゃないか、と。それは『ゾディアック』に混乱を招き、無駄に命を散らす結果になってしまう」
「……回りくどいな。結局何が言いたい」
本当は分かっていた。それはグラヘルと戦う前にアーサーも懸念していた事だったから。
おそらく公王もアーサーの心中を察しているのだろう。一度息を吐いてから続ける。
「事実はこうだ。侵入した魔族は英雄、オーウェン・シルヴェスターがその命を賭して撃退した。君らは不幸にも魔族の手によって亡き者になった」
「つまりここで俺達を殺すと?」
アレックスは剣を引き抜いて公王に向けて言う。しかし公王は首を横に振って、
「いいや、流石に国を救ってもらった恩人達を殺すのは目覚めが悪い。だから君達には可及的速やかにこの国を出て行ってもらいたい。もちろん、今回の事を他言しないと約束してからだ」
「断れば?」
「君達はここで魔族に殺され、我々が駆け付けた時にはもう手遅れだった。……不本意だがな」
つまり国外に追放されるかここで死ぬか選択を迫られている。そんな選択肢では答えなど最初から決まっているようなものだったが、
「一つ質問がある」
最も断りにくいポイントで、アーサーはずっと気になっていた事を聞こうとする。
「……なんだ?」
その返答は少し遅れた。嫌な予感、というのを感じ取っているのかもしれない。
公王の僅かな動揺を感じ取って、それでもアーサーは質問する。
「俺達を追放したい理由、魔族を倒した事が間違った希望を与えるからって言いましたね? それってつまり、これからもこういう事が起きる可能性があるって事ですか? いや、そもそも今回みたいな事は俺達が知らないだけで、『ゾディアック』の中で何度も起きているんじゃないんですか?」
「……」
公王の答えは無言だった。
それが答えのようなものだった。
アーサーは少しだけ表情を曇らせたが、すぐに立て直して追い打ちをかけるように質問を続ける。
「結界が意味を成していないのか、それとも魔族が結界を越える術を持っているのかは分からないけど、せめて真実を知りたい。俺達は二度、村を潰されてる。家族も失った。知る権利くらいはあってもいいでしょう?」
「……」
公王はやはり何も答えなかったが、その表情には葛藤が見て取れた。アーサーはそれ以上は何も言わず、じっと公王の目を見据える。
その態度が功を奏したのか、公王は一つ溜め息をつくとゆっくりと口を開いた。
「……決して、一般人に他言をしないと誓えるか?」
「公王様!?」
近くにいた兵士は公王の発言に声を上げたが、公王はそれを片手で制すとアーサーの顔をまっすぐに見て言う。
「近年、結界の力は弱まってきている。そのせいで中級魔族の中でも魔力の低い者は結界に阻まれる事なく『ゾディアック』に入ってくる始末。現状、武力で押し返すしか対抗策が無い状況だ」
つまり、それは今後も今回と似たような事件が『ゾディアック』のどこかで起きる事を示唆していた。
アーサーは予想こそしていたが、改めてその事実を突きつけられると心が震えそうになる。けれど極力平静を装い、気になった部分を追求する。
「結界を張り直す方法は?」
「あれを施したのは約一八年前だが、結界の張り方もやった人間も不明だ。あの結界は『第二次臨界大戦』終戦時に突所現れたんだ。他国の王とも話し合ったが、詳細を知る者は誰もいない」
「そうですか……」
「他に聞きたい事は?」
「……いえ、ありません」
「では選択の時だ」
どさり、と二人の目の前に大きめのバッグが二つ置かれた。
「中には食料と水、一人用の寝袋がそれぞれ入っている。隣の国に着くくらいまでなら保つだろう」
「……ありがとうございます」
アーサーは二つのバッグを掴むと一つをアレックスへと放る。
「それはこの国を出て行くと受け取って良いか?」
「それ以外に選択肢はないですから」
それだけ言って、アーサーとアレックスは公王の横を通って森の方へと向かっていく。
そのすれ違う寸前、アーサーと公王は言葉を交わしていた。
「こんな結果になってしまって済まない。感謝はしているんだ」
「分かっていますよ」
村は炎と破壊に包まれて壊滅し、多くの村人が殺された。恩人の長老もグラヘルと戦って殺され、それを倒したアーサーとアレックスは『ジェミニ公国』を追放される。アンナは生きているだろうが、再び会う約束は守れない。それがこの戦いの結果の全てだった。
この戦いの果てに守れたものと失ったもの。
どちらが多いかなんて、考えるまでもなかった。
◇◇◇◇◇◇◇
「……本当にこれで良かったのか? 俺は納得できてねえぞ。なんで国を救って追放されなくちゃなんねえんだ」
「良かったんだよ。アンナには伝言を残せたし、後の事は上手くやってくれるはずだ」
公王達から十分に離れたのを確認してからアレックスは愚痴をこぼした。対してアーサーは怒っている様子もなく、坦々と足を進めながら言う。
「それに、他の国を回ってみたいとは前々から思ってたんだ。良い機会だし色んな国を回る旅でもしよう」
「まったくお気楽だな。これからの生活とか考えてるのか?」
「その辺りはなんとなく。ひとまずは公王様との約束通り別の国に向かうよ。『キャンサー帝国』だとアンナと出くわす可能性があるし、せっかくだから反対の『タウロス王国』に行こうと思ってるんだけど」
「『タウロス王国』……。確か商業と闘技が盛んな国だったか? それならまあ先の事はなんとかなんだろ。幸い食料もあるし……っておい!」
「どうした?」
アレックスが腕を突っ込んだバッグから何かを取り出す。それはアーサーにも見覚えのあるパック食品だ。というか、先刻口にしたカロリーチャージだった。
「それがどうかしたのか?」
「どうかしたのか? じゃねえ! 自分のバッグを確認してみろ。食料がカロリーチャージしか入ってねえぞ!」
「ホントか!? うわっ、ホントだ。流石公王様も分かってるなあ」
「関心してんじゃねえ偏食家! いくらカロリーは確保できるつっても栄養は最低限以下しか取れねえ。『タウロス王国』に着く頃には栄養失調になっててもおかしくねえぞ! やっぱあのクソ公王のやつ俺達を殺す気なんじゃねえのか!?」
「まあまあ、少し落ち着いて考えろよアレックス。ここから『タウロス王国』に着く間にも何個か町や村は通るだろう? 必要なものはそこで集めれば良い」
「それは良いが、金はどうするんだ?」
「……」
空気が凍った。
アーサーはポケットからバッグの隅までひっくり返して探した。確認できる全ての場所を探し尽したところでゆっくりとアレックスの方を向くと期待半分諦め半分といった表情で、
「……アレックス、今どれくらい持ってる?」
「いくらも持ってねえよ! あのドタバタで悠長に準備する暇があったと思うのか!?」
「はっはっは! なら栄養失調覚悟で『タウロス王国』に向かうしかないな! 大丈夫だ、カロリーチャージがあるなら死にはしない!」
「テメェのそのカロリーチャージへの絶大な信頼はどこから来てるんだ!? 悪いが俺はそこまで自分にストイックな食生活は送りたくねえ!!」
「じゃあどうするんだよ!」
馬鹿二人が叫び合っていると、突然茂みから四足歩行の動物がひょいっと首を出した。王冠のような形をした角が特徴のクラウンホーンだ。クラウンホーンは基本的に人を恐れないので、ただじっと二人の方を見つめ続けていた。
「……おいアーサー、一つ提案があるんだけどよお」
「よせ」
「あれを今夜のメインディッシュにするってのはどうだ?」
「言いやがったよこいつ。嫌だよ俺、ミイラ取りがミイラになるなんて洒落にもならない」
「中級魔族を倒したやつが何言ってんだよ。それに見てみろ、向こうは後ろ脚で地面を削って突進する気満々だぜ」
それに対抗するようにアレックスも剣を引き抜く。
戦闘を避けられないと悟ったアーサーは頭を抱える。
「何でお前らそんなに血の気が多いんだよもー! 俺達の肉なんかどうせ美味しくないってのにさーっ!!」
ぶつくさ言いながらも、アーサーは結局ウエストバッグから『モルデュール』を取り出して臨戦態勢に入る。
「ちくしょう、お前といるといつもロクな目に遭わない!!」
「そいつはお互い様だろ」
呆れたように言うアーサーに対して、アレックスは何かの意趣返しのように答えた。
失ったものは大きい。
手にしたものなんて失ったものに比べればほとんどなかったに等しい。
悲しくないと言えば嘘になる。
この先に明るい未来が待っている確証がある訳でもない。
それでも。
「おいアーサー! そっちに行ったぞ!!」
「ぎゃーっ!! 俺の方に突進されたら何もできないからああああああああああ!!」
それでも馬鹿二人は今日も平穏(?)なごく普通(?)の生活を謳歌している。
今回でひとまず第一章は終わりです。
次回から第二章に入りますが、国は変わらず『ジェミニ公国』のままです。次回から新しい登場人物も出していきますが、最初に出した勇者の話はしばらく(多分四章くらいまで)ありません。