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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第九章 停滞した針を動かそう Piece_of_“DIPPERS”.
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138 全ての命運はトランプに乗せて

 話を聞きたいだけだったが連れて行きたい場所があるとの事だったので、クロノとレミニアに案内されるまま、アーサーは病み上がりの若干おぼつかない足取りでたまに木の根を爪先で蹴飛ばしながら足場の悪い森の中を歩く。ぶっちゃけ腰を落ち着けて話を聞きたい所だったが、クロノは構わずに話し始める。


「お前に倒して欲しい上級魔族は青騎士だ」

「青騎士? 随分漠然とした呼称だな。名前はなんて言うんだ?」

「さあな。同じ上級魔族だった私や魔王だったローグもヤツの本名は知らない。常に全身鎧とフルフェイスの兜を付けているせいで姿すら伺えない。色々と謎に包まれたヤツだった」

「……そんなヤツでも上級魔族になれるんだな」

「魔族の世界は実力社会だ。強いヤツから上にのし上がっていく。青騎士はアダマンタイト製の大剣を持っていて、人間では知らんが魔族の中では間違いなく近接最強だ。下手したらローグより上かもしれん」

「おい待てよ。それを俺に倒せってのか? そもそもアンタだって同じ上級魔族なんだ。アンタ一人で倒せないのか?」


 アーサーにとって、それは最後の希望を懸けての問いかけだったのだが、


「無理だろうな」


 即答だった。

 思わずアーサーは脱力する。


「そもそもできたら貴様になど頼んでいない。最初から一人で片付けている」


 いっそ清々しいくらいに堂々としているクロノに対して、アーサーは頬をピクピクさせながら、


「そもそもアンタだって魔族だろ。なんだって同じ上級魔族を倒そうと?」

「ん? どうやら何か勘違いしているようだな」


ごく自然なアーサーの疑問に、クロノはキョトンとした表情で、


「そもそも私は魔族じゃないぞ」

「……なんだって?」

「だから私は魔族じゃないと言っている。ローグと同じ人間だよ、一応はな」

「……ああそうかい。もう驚かないぞ。これ以上はいくらだって驚いてやるもんか!!」

「言いつつ驚いているようだが?」

「意地の悪いしたり顔すんな! 大体お前のせいだろうが!!」


 もうすでにアーサーはクロノの玩具と化していた。いや、きっとまだ間に合うはずだ。この辺りで逆襲の一つでもして立場を明確にしておかなければならない。そうしないと主にアーサーの精神が持たないのだ!


「へーいお嬢ちゃーん!」

「……なんだその謎の世紀末感。ストレスでついに頭のネジでもぶっ飛んだのか?」

「黙らっしゃい! ここらで立場の違いってのを思い知らせてやる!!」


 アーサーが力強く宣言すると、クロノはその言葉にピクリと反応してスッと目を細める。


「ほう……良いだろう。それで、何をやってくれるんだ? 拳を交えるガチ喧嘩か?」

「すぐ暴力に頼ろうとするんじゃない! これで勝負だ!!」


 アーサーがウエストバッグから取り出した手のひらサイズのもの。

 それは……。


「トランプ?」

「そう! 『魔族領』に入ってからはやる余裕が無かったけど、『リブラ王国』まではみんなでそこそこやってたんだ。こいつでポーカー勝負だ!!」

「良いだろう。ルールは良く知らんがかかって来い。根本的な格の違いを見せてやる!!」


 勢い良く喧嘩腰でトランプに向かう二人だったが、しばしアーサーがクロノにポーカーの役やルールを教えていく奇妙な光景が続く。今回はコインも何もないので、単純に初期手札の五枚と、一度だけ許される交換で役を揃える簡単なルールだ。これだと役が揃わないノーペアの危険性もあるが、それはそれで良しという事にした。とりあえず五回勝負で三本取った方が勝ちという事にする。


「最強の役はなんだ?」

「ロイヤルストレートフラッシュだな。たとえばスペードで一〇、ジャック、クイーン、キング、エースを揃えたら一番強い」

「ふむ……つまり五回ともこのロイヤルストレートフラッシュを揃えれば言い訳だな」

「言っておくけど一回揃えるのが六五万分の一の確率だからな。馬鹿なこと言ってないで他の役も覚えろ」


 などと言い合いつつ、二人は地面に腰を下ろして山札を作り、それぞれ五枚づつ引く。

 アーサーの手札は左からクローバーの三、ハートの六、ハートの一〇、クローバーの六、ダイヤのキングだった。


(六が二枚か……手札交換は一回だし、ここは無難にこの二枚以外は捨てで良いな。それで他の六かジョーカーが来れば御の字って事で)


 そう考えながら、アーサーは六以外の三枚を捨てて山札から新たに三枚を手札に加える。来たのはハートの七、クローバーの七、スベードの一〇だった。


(おっ、六とジョーカーは来なかったけど七が二枚揃ったな。これでツーペアか。このルールなら意外と良い手札なんじゃないか?)

「ふむ……」


 対するクロノも唸りながら二枚捨てて二枚引き直す。顔色が変わらないので手札の様子が分からない。


「じゃ、オープンっと」


 アーサーの号令で二人は同時に手札を公開する。

 アーサーは六と七のツーペア。クロノの公開した手札は左からダイヤの二、ダイヤの三、ダイヤの五、クローバーのクイーン、そしてジョーカーだった。フラッシュとストレートの可能性のある惜しい手札だったが、結果はジョーカーを使ったワンペアだった。


「よし、一回目は俺の勝ちだな」

「なるほど。こういう流れか」


 アーサーとクロノは坦々と次のゲームに移行する。どうにもこの一ゲームは互いの調子を確かめるニュハンスが強かったようだ。つまりはここからが本番だ。

 改めてシャッフルした山札を置き直し、それぞれ五枚の手札を引く。

 今度のアーサーの手札は左からクローバーの四、ハートとキング、ダイヤのキング、スペードの九、ダイヤの六だった。すでのワンペアの揃っている先程と同じような手札だ。だからこれも先程と同じように揃っているキング以外の三枚を捨てて引き直す。手元に来たのはクローバーの二、スペードの二、そしてジョーカーだった。


(来たーっ! なんか知らないけど神引きフルハウス! こりゃ勝ちは貰ったな!!)


 勝利を確信しながらクロノの方を向くと、彼女は手札交換をしていなかった。手順を忘れたのかと思い、一応声をかける。


「クロノ、お前の交換の番だぞ?」


 しかし、これにクロノは首を横に振って、


「いや、私の交換は要らない。このまま公開と行こう」

(なんだって……?)


 余程良い手札が来ているのか、それとも安全策なのかは分からないが、アーサーは怪訝な顔を向けた。しかし最初の時点で交換はしてもしなくても良いというルールにしているので下手に突っ込めない。アーサーはしぶしぶ手札を公開する。


「俺はフルハウスだ。ジョーカー入りだけどな。そっちは?」

「私の手札はこれだ」


 そう言ってクロノが公開した手札。

 左から全てスペードで、一〇、ジャック、クイーン、キング、エースだった。つまり、


「ろ、ロイヤルストレートフラッシュ、だと……!?」

「これで私の勝ちだな」

「ちょっ、おまっ! 有り得ないだろ、これ。絶対―――」


 イカサマしただろ! と言いかけてアーサーは言葉を止める。ここでイカサマを指摘してもそれを裏付ける証拠が一つも無かったからだ。

 クロノもそれが分かっているのだろう。ニヤニヤとあからさまな笑みを浮かべていた。つまる所、彼女は笑顔の向こう側でこう言っているのだ。

 イカサマはバレなければイカサマではない、と。


(上等だ……)


 アーサーは妙に熱の込もった拳を握り締める。


(ポーカー歴数分のペーペーが舐めるなよ。こちとら第六感(シックスセンス)でことごとく勝ちを持ってくサラ相手にアレックスと一緒に何度も修羅場(ポーカーに限る)を潜って来てるんだ!! 年季の違いってのを見せてやる!!)


 続く第三ゲーム目。

 アーサーは自分の手札よりもクロノの動きに神経を使った。どこかで絶対にイカサマをするために動くはずだと睨んだからだ。

 その結果、不自然にクロノの体と山札がブレるのを捉えた。仕組みは分からないが、それがロイヤルストレートフラッシュを揃えた手品なのだろう。アーサーは即座に指摘する。


「おい」

「なんだ?」

「なんだじゃなくて、今なんか魔術を使っただろ。お前と山札がブレたぞ。高速で動いてるのか?」

「さて、心当たりが無いな。気のせいだろ」


 クロノはあくまでシラを切り通すつもりのようだった。互いの手札をオープンし合うと、案の定クロノの手札はスペードのロイヤルストレートフラッシュだった。もしこれが偶然ならば生命が活動できる星ができるのと同じくらいの確率なのでは? と本気で思ったが、あくまで指摘せず次のゲームに移る。

 続く第四ゲーム目。

 クロノが二連勝しているので、このゲームにクロノが勝てばその時点でアーサーの敗けが確定する。しかしめくった五枚のカード。その中にスペードのキングがあるのを見てアーサーは勝利を確信した。


(クロノはおそらく、説明した時に使ったスペードのロイヤルストレートフラッシュしか役が揃わないと思ってるはずだ。そしてそれ以外の役を知らない。こうして五枚の内一枚でも手中に収めれば俺の勝ちなんだ)


 今回のポーカーはジョーカー二枚入りの五四枚でやっているので、確率としてはほぼ一一分の一の確率だった。初期手札で揃わなければ五枚捨ててさらに五枚引けば合計一〇枚を引く事ができる。そこは運任せだったが、なんとかその運を呼び込む事ができた。


(これで後は普通に役を揃えるだけだ。できればワンペア以上が良いけど、贅沢は言ってられないか……)


 そう思いながら役を揃えるために捨てる手札を吟味していると、不思議な事が起きた。

 アーサーの勝ち筋のための一手、スペードのキングがハートの三に姿を変えたのだ。まるでコインの移動マジックのように……。


「って、何どうどうとイカサマしてるんだ!? 今俺の手札奪っただろ! あまりにも清々しすぎてむしろ焦ったわ!!」

「言いがかりは止めて貰おう、証拠はどこにもない。いいか小僧。バレないイカサマはイカサマじゃないんだ」

「それイカサマしてるのを認めたって事だからな!? ふざけんな覚悟しろこの野郎ーっ!!」

「おっ、やっぱりガチ喧嘩か? このゲームも悪くないが、そっちの方が分かりやすくて私も好きだぞ?」


 どう頑張っても脳筋同士が揃って争い始めれば、最初からこれ以外の結末は無かったのかもしれない。

 ある意味前哨戦として、アーサーは人知れず上級魔族と拳を突き合わせる。

 果たしてその結果は?

ありがとうございます。

上級魔族を倒しましょうという難題から一転、酷くしょーもない戦いを繰り広げる回でした。ポーカーのルールが分からない方には面白くない回だったかもしれませんが、もし良かったらこれを機会に覚えて見て下さい。ロイヤルストレートフラッシュなんてそうそう揃いませんが!

……ううむ、花札の五光なら揃えた事があるんだけどなあ。確率ってどっちの方が高いんでしょうかね。

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