137 その時、全てが動き出す
フェーズ3【そして村人は強くなる】スタート!(第一六章まで)
『ゾディアック』に帰ってきたアーサー・レンフィールドの話も良いですが、今回はある金属についての話をしましょう。
ユーティリウム、アダマンタイトに並ぶ希少金属オリハルコン。それは『ゾディアック』の中でユーティリウムの産地でもある『カプリコーン帝国』の限られた場所でしか採掘できない貴重な鉱石から精製されます。
このオリハルコンは有体にいえばユーティリウムの上位互換です。採掘した物によって輝きなどが違うクリスタルと同じように、ユーティリウムの原石にもたまに質の良いものが採れます。その質の良いものがオリハルコンと呼ばれていて、硬度、応用力、魔力親和性の全てにおいてユーティリウムを上回ります。
……まあ、オリハルコンの起源を考えれば当然と言えば当然ですが。そもそも同列に扱っている事が誤りですし。
話が逸れましたね。とにかくこんな優れた金属ですが、実は扱っているのは『カプリコーン帝国』だけで、その存在すら公にはなっていません。それは『カプリコーン帝国』の国王、ジェレミー・フォスター=カプリコーン……いえ、今はルーク・フォスター=カプリコーンでしたか。とにかく国王が代々存在を秘匿して独占しているからです。
それ自体、別に悪い事とは思っていません。どこの国だって、他国には知られたくない秘密の一つや二つはあるでしょうから。
そう、一つや二つは……ね。
◇◇◇◇◇◇◇
まだ太陽が昇りきっていない暗い青空の下、アーサーは起きた瞬間すぐ変化に気づいた。
まず寝たはずのテントの中ではない。背中に昨晩まではあった柔らかい寝袋の感触はなく、ゴツゴツとした固い地面の感触が伝わってきた。
(……ああ。これ、絶対寝てた場所から移動したやつだ……)
直感というより経験で分かった。起きて真っ先に分かった事に若干悲しくなったが、辺りを見回すとその答えはすぐに分かった。
アレックス達の姿どころか、あったはずのテントが一つもない。そもそも稚拙なアーサーの魔力感知にも何も引っ掛からない。いや、正確には一つだけ僅かに感じ取れる魔力があった。
「……レミニア?」
「はい、ここにいます」
声のした方には昨晩、妹になったばかりの少女がいた。彼女はこんな状況だというのに何気ない朝の一幕をなぞるように頭を下げる。
「おはようございます、兄さん」
「……ああ、おはよう」
寝ぼけた頭のアーサーはやんわりと微笑むレミニアに見惚れる。
しかし次第に状況が分かってくると、今の状況に対する疑問点を整理していく。
「あのさ、レミニア。みんなはどこにいるんだ……?」
「皆さんは昨日寝た『スコーピオン帝国』の森の中にいます」
「じゃあここは……」
「ここは『カプリコーン帝国』です」
レミニアの口から放たれた一言で、アーサーの頭の上に爆弾を落とされたように残っていた眠気が一気に覚めた。
「『カプリコーン帝国』!? なんだって一晩で国一つ跨いでるんだ!?」
そもそも一晩歩き通して辿り着ける距離ではない。特に『サジタリウス帝国』は豪雪地帯だと聞いている。ましてや比較的小柄なレミニアが大の男一人を担いで歩いたんだとしたらなおさら有り得ない。
しかしアーサーのそんな驚愕を見て、レミニアは思い出したように言う。
「そういえば兄さんには伝えてなかったかもしれませんが、わたしは『空間魔法』が使えます。その力で昨晩の内に兄さんをこの国に転移させました」
「朝っぱらから驚愕の連続で心臓が止まりそうなんだけど!? なにお前、魔法なんて使えたの!?」
「はい、それで『スコーピオン帝国』に移動したり兄さんの腕を繋いだりしました」
「それはどうもありがとう!!」
若干テンションがおかしくなりつつあるアーサーだったが、ぜいぜいと荒い息を整える。そして幾分か疲れた表情を上げて次の質問に移る。
「ちなみに、その転移ってどこにでも行けるの?」
「いえ、わたしが行ったことのある場所か目的地を明確にイメージできる所だけです。今のわたしが転移できるのは『ログレス』のいくつか、『キャメロット』『スコーピオン帝国』『サジタリウス帝国』『カプリコーン帝国』『ポラリス王国』だけです」
「……それで、なんだってお前はこんな所に転移したんだ?」
「それは―――」
「それは私が説明しよう」
突然、兄妹の会話に割り込む声があった。
その声の主は黒い風貌の女性だった。腰に届くほど長い黒い髪。深くて黒い、夜空のような瞳をしたその女性は今まで見た事のないタイプの女性だった。
(……いや、よく見るとどこか見覚えのある感じのような気が……)
「クロノさん!!」
しかしその思考はその女性に駆けて行くレミニアの声にかき消された。まあ僅かな違和感だったのでアーサーもそれ以上深くは考えようとしなかったが。
「久しぶりだな、レミニア。元気にしてたか?」
「はい、大丈夫です! 兄さんとも無事に会えましたし、クロノさんとも会えましたから!!」
……なんと言えば良いか、親戚のお姉さんと子供が久しぶりに会ったようなテンションだった。レミニアのテンションも高いし、しばらくこのまま見ておくのも良いかと思ったのだが、話が進まないのでアーサーは言葉を挟む。
「えっと……再開に水を差すようで悪いけど、その人レミニアの知り合いか?」
「はい、パパの知り合いでもありました」
「って事はローグ・アインザームの?」
アーサーがクロノと呼ばれた女性の方を向くと、彼女は少し得意げな顔になって、
「これでも一応は上級魔族の一人なんでね」
「ふーん」
「おっ? 意外と驚かないんだな」
「いや、これは驚きの連続で疲れたうえに最上級のヤツがぶっこまれたからな。これ後から来るパターンだわ。…………っていうか上級魔族ゥゥゥ―――ッ!!!???」
「ふむ、意外と早かったな」
驚くアーサーなどどこ吹く風の様子でクロノは冷静に分析する。だがアーサーからすればそんな余裕は無かった。
考えてもみて欲しい。
アーサーの体感では『キャメロット』に着いた後から二四時間も経っていない。その間にあった事といえば、ローグ・アインザームに会いに行ったと思えばすでに死んでおり、代わりにいたのが妹を名乗る少女でそこに勇者が現れる始末。しかも逃げるために右腕を吹き飛ばして数日間も生死の境を彷徨い、起きて夜が明けると仲間とは別の国に飛ばされており、目の前にいきなり上級魔族が現れたのだ。どう頑張っても脳の処理能力を超えている。
「……なんていうか、あれだよなあ……。平穏って遠いなあ……」
「『担ぎし者』のお前にそんなものがあるとでも? いいから現実に戻って来い」
遠い目をしていたアーサーの後頭部をクロノがはたく。何気に『担ぎし者』について何か知っているような口ぶりだったが、それについて追及する余裕は今のアーサーには無かった。上げた顔が泣きそうな表情になっていたのは、きっと痛みのせいだけではない。
「そんなデパートでママに欲しいおもちゃを買って貰えなくて絶望しているガキのような顔をしても無駄だぞ。お前にやって貰いことがあってな。そのためにレミニアにお前を連れて来るように頼んだんだ」
「……なんだよ。やって貰いたいことって」
投げやりな調子のアーサーにクロノはさらさらと用意していたような言葉で、
「なに、お前にとってはいつも通りの事だよ」
「……一応言っとくけど、俺は自分のいつも通りが異常な日常だっていうのは一応自覚してるからな!? つまりどういう意味かって言うとこの時点で嫌な予感しかしてないんだよもおー!!」
空に向かって叫ぶが、全ては今までの自分の行いが生み出した結果だ。この場にアレックスがいたらまず間違いなく自業自得だと言うだろう。
必死に現実と向き合う事から逃げようと叫び続けているアーサーに向かって、ニヤニヤとした笑いを浮かべてクロノは言う。
「お前に頼みたいのは……」
「ぎゃーっ!! 言わないで喋らないで口を閉じてェェェえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
「ある上級魔族を倒して欲しいんだ」
「えええええええええええええー……え? そ、それはさすがに冗談だよな……? っていうか冗談だって言って下さいお願いしますっっっ!!!!!!」
精一杯の祈りを込めて訊き返したが、クロノは相変わらず意地の悪い笑みを浮かべるだけで何も答えない。代わりに最後の救いを求めて先日できたばっかりの愛しの妹さんに視線を向けるが……。
「……ごめんなさい兄さん。そういうことなんです」
「……いやホント、マジで冗談であってくれよ……頼むからさあ」
祈りから懇願へと変化したアーサーの呟きに、二人は何も答えない。
希望は絶たれた。
であるなら、アーサーに残された道は一つしかなかった。
「……とりあえず詳しい話を聞かせてくれ。決断はその後だ」
「ま、良いだろう」
結論の先延ばし。悪手かもしれないが、今はそうするしかなかった。
……こういう時、ノーと言える人間になりたいと思った。
ありがとうございます。
という訳で始まりました第九章。今回もアレックス達は蚊帳の外。単身別の国へと来たアーサーの物語です。しかしまったくアレックス達に触れないという訳ではなく、彼らは彼らの物語を行間で進めて行こうと思います。