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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第八章 世界の均衡は破られた Violent_Changing_World.
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134 村人と勇者 First_Clash.

 二人の拳が互いの頬に突き刺さる。

 拳が届いたのはアーサーの方が先だったが、吹き飛ばされたのはアーサーの方だけだった。

 それはどこにでもいるごく普通の村人と、規格外の力を持つ異邦人である勇者。二人のどうしようもない力量差がそうしてしまったのだ。


「……」


 アーサーを殴り飛ばした後、ヘルトは自分の拳を睨むように見た。

 拳自体はアーサーの方が早く届いた。けれどそれからヘルトの拳が届くまでの僅かな時間に、アーサーは重心を後ろに移そうとしていた。そのせいで振り抜いた拳は半分程度の威力しか伝えきれていない。


「ヘルトさん。右手の力を使わなかったんですね」

「……彼を単一と見なせなかっただけだ。他意はない」


 力自体は自分の方が上だが、戦闘技術においてはアーサーの方が上だと分かった一合だった。ヘルトはそれだけでも価値があったと判断し、とりあえずは気にしない事にする。

 そして吹き飛ばされたアーサーは……。


(くそったれ……。試してみたのは良いけど、やっぱり単純な肉弾戦じゃ地力で負けるな。アユムさん達みたいにあいつも特別な力を持ってるって訳か)


 パンチ一発で体の自由が効かなくなっていたが、シルフィーに助けられながらなんとか体を起こす。


「大丈夫ですか?」

「なんとかね……。それより状況をなんとかしよう。出口は一つでそれは塞がれてる。さてどうしよう」

「レミニアを引き渡せば通してくれそうだが……そんなもんは選択肢にねえんだろ?」

「当然だ。つまり俺達がここを突破するには、あの勇者をなんとかしなくちゃならない」

「……どうやって?」


 サラが根本的な問題を呟くと、すでに瞳を深紅色にして臨戦態勢だった結祈(ゆき)が目を細めてヘルト達を見る。


「……四人いるけど、戦えるのは勇者と『魔族堕ち』の子だけだよ。あとの二人はまともに戦えない」

「その勇者が問題だけどね。……結祈(ゆき)、忍術で煙か霧を出せるか?」

「魔力感知を阻害できる煙なら出せるけど、それで良い?」

「十分だ。むしろ助かる」

「もう何か案があるんだね?」

「まあね」


 適当な調子で呟きながら、アーサーは静かに浅い息を吐く。


(……なら後は俺の覚悟だけ、か)


 その言葉は口には出さなかった。

 代わりにウエストバッグの中の『モルデュール』を固く握りしめる。


「……少しだけ準備の時間とヤツに近づくための陽動が欲しい。シルフィーはレミニアについていてくれ。アレックスとサラは結祈(ゆき)が煙を出したらすぐに飛び込んでヘルトの注意を引いてくれ。そして俺が声を上げたらすぐにシルフィーの傍まで引け」

「それで勝てんのか?」

「勝てるかもしれない」

「……ま、勇者相手にそれだけの可能性があれば十分か」


 アレックスがしぶしぶといった感じで承諾したのを確認して、アーサーは誰にも見られないように再び浅く息を吐いた。それは緊張を解きほぐすために、あるいは今一度覚悟を固める為に。

 そしてアーサーはこれからしようとしている事が、今回こそ逃れられない異常者の烙印を押される事を自覚しながら、


「……ごめん、みんな」


 誰にも聞こえないように小さな声でぽつりと呟き、ウエストバッグから『モルデュール』とユーティリウム製のワイヤーを取り出す。

 それを見ていたヘルト側にも動きがあった。


「何か仕掛けてくるみたいだぞ少年。どうするんだ?」

「そうだね……。向こうの思惑を全部潰したら諦めるかもしれないし、正面から受けて立つよ。みんなは下がってて」

「……気をつけて下さいね、ヘルトさん。過信は禁物ですよ?」

「了解」


 必死なこっちを嘲笑うように、ヘルトはたった一人で前に出る。

 そのふざけたような行動に歯噛みしながらも、大きく息を吸って叫ぶ。


「みんな今だ!!」


 そして、アーサーのその一声で全てが始まった。

 結祈(ゆき)が忍術で煙を生み出し、アレックスとサラがその中に飛び込んでいく。

 アーサーは右腕の肘の下辺りにワイヤーをきつく巻き付け、『モルデュール』をしっかり握ってから遅れて煙の中に入る。


(一手でも間違えれば俺達は逃げられない。レミニアは殺される)


 最悪のケースを想像しながら、けれどアーサーは心配していなかった。

 ヘルト・ハイラントならこうする。

 なまじ強力な力を持っているがために、あらゆる状況にベストな対処をすることができるために、それが容易に想像できるのだ。


(魔力感知が無ければアレックスや結祈(ゆき)の場所が分からない。普通ならすぐに煙の中から逃れようとするだろうけど、ヘルト・ハイラントはそうしない。まず間違いなく―――)


 扉はもう閉まっており、窓すらない密室空間で奇妙な風が頬を撫でる。

 それを五感で捉えた瞬間、アーサーは自分の予想が当たったのだと笑みを浮かべた。


(―――絶対に風の魔術で煙を散らそうとする!!)


 アーサーの思惑通りにヘルトの魔術によって煙が晴れた瞬間、二人は再び至近距離に近づいていた。

 今度の今度こそ、ヘルトの顔が驚愕に染まる。煙が晴れても魔力感知に引っ掛からないアーサーが接近していた事に驚いたのだ。


「よう、クソッたれの勇者様? アンタ相手に何のリスクも無しで勝とうなんて甘いよな」


 アーサーは『モルデュール』を握った手をヘルトの胸に押し付けて叫ぶ。


「みんな下がれ!!」

「……っ、きみはまさか!?」


 ヘルトはこれからアーサーが起こそうとしているアクションに勘づいたのだろう。お互いに分かり合えない間柄だと認めたのに、お互いの行動を予測し合っている事が面白いと感じる。

 慌てた声を上げるヘルトに向かってアーサーは不敵な笑みを浮かべて、


「この右腕、お前にやるよ」


 勇者が振り解く時間すら与えなかった。

 ゴバッッッ!!!!!! とアーサーの右手の中の『モルデュール』が炸裂する。


「アーサー!?」

「ヘルトさん!?」


 突然起きた爆発に、慌てた声を上げながら爆心地に向かって二人の『魔族堕ち』の少女が躊躇なく駆け込む。

 ヘルト側の様子は爆炎で分からなかったが、結祈(ゆき)はすぐにアーサーの体を抱えて爆炎の中から出てきた。


「シルフィー! 急いで治療魔術を!!」


 結祈(ゆき)が抱えるアーサーの傷は酷いものだった。身体中に火傷や裂傷が見られるが、最も酷いのは直接『モルデュール』を持っていた右腕だった。

 アーサーの右腕は肘まではあるが、ワイヤーを縛っていた場所から先が存在しない。腕を失ったショックで気を失っているのだろうが、すぐにでも全身の傷口を塞がなければ二度と目を覚まさずに死ぬだろう。


「早くしてシルフィー!!」

「で、ですがこんな傷、私一人の治療魔術じゃ……」

「だったらワタシも手伝う、良いから早くして!! 勇者はまだ健在だよ!!」


 結祈(ゆき)が何気なく放った一言で、他の四人に緊張が走った。特にシルフィーの動揺が酷かった。


「ゆ、勇者がいるんじゃそれこそ呑気に治療をしてる暇はありません!」

「だったらワタシ達が時間を稼ぐから!! とにかくアーサーの治療を……ッ!!」

「それならわたしが転移させます」


 言い合いをする結祈(ゆき)とシルフィーの言葉に割り込むように、レミニアが突然そう言い放った。


「わたしは空間魔法を使えます。それでこの場から離脱できます」

「……っ」


 結祈(ゆき)は服の袖から短剣を素早く取り出し、それをレミニアの喉元に突き付ける。


「……そんなのがあるならなんでさっき使わなかったの? どうしてアーサーが無茶をするまで何も言わなかったの!?」

結祈(ゆき)、今はそんな事を言ってる場合じゃないわ。レミニアの魔法に頼りましょ」

「本気!? そもそもこの子を守ろうとしてアーサーは……ッ!!」

「でもアーサーならこの子を信じるわ」

「……っ」


 アーサーを引き合いに出されて少し冷静になったのか、結祈(ゆき)は唇を噛みしめて絞り出すような声で言う。


「……分かったよ。でもレミニア、これだけは覚えておいて。これでもしアーサーが死ぬような事があったら、その時はワタシがアナタを殺すから」

「わかりました」

「……話がついたなら早くしてくれ。のんびりもしてられねえようだぞ」


 女同士の怖い言い合いに触れないように黙っていたアレックスだったが、そうも言ってられなくなった。『モルデュール』の爆炎が晴れてくると、爆発前と様子の変わらない少年の輪郭が現れてきたからだ。


「皆さん、わたしの近くに集まって下さい!!」


 レミニアの一言で他の四人と意識の無いアーサーが引きずられてなるべく近くによる。そしてレミニアを中心に床に魔法陣が浮かび上がる。

 そこまで終わって、最後に彼女は魔法に必要なキーワードを口にする。


「『魔の力を以て世界の法を覆す』!!」





    ◇◇◇◇◇◇◇





 後になって言うと卑怯な感じがするが、ヘルトは彼らが転移するのを止めようと思えば止められた。

 それでもそうしなかった理由は気まぐれとしか言いようがなかった。もしかすると初対面の魔王の娘を妹と言い放ち、自身の命さえ犠牲にして助けようとした少年に何かを感じたのかもしれない。


「……やれやれ、まさか転移魔法の使い手だったとはね。彼が自爆行為に出たことに驚いている間に逃げられた」


 けれどそれを他の三人には悟られないようにおどけながら言う。


「ヘルトさんは大丈夫だったんですか……?」

「起爆する寸前に魔力の膜を張って守ったからね。ほとんどダメージはないよ」


 心配する凛祢(リンネ)に適当な調子で答えていると、今まで静かだった嘉恋(カレン)が口を開く。


「逃げられたな少年。正直言って少し驚いているよ。君でも敵を逃すことがあるなんてね」


 言葉ではヘルトが珍しく失敗した事について言っているようだが、その意地の悪い笑みからは本音を見透かされている気がしてくる。どうやら凛祢(リンネ)やアウロラを誤魔化せても嘉恋(カレン)は誤魔化せないらしい。


「……これからどうするんですか? またいちからさがしなおしますか?」

「そうだね……まあそれは追々で良いだろう。手掛かりは残ってることだしね。……いや、正確には残されたという方が正しいのかな?」

「?」


 疑問顔を浮かべるアウロラ達に見せびらかすように、ヘルトは上着の内ポケットから銀色のマナフォンを取り出す。何の変哲もないマナフォンだが、それがヘルトのものではない事に他の三人はすぐに気づいた。


「……それは君のマナフォンじゃないな。もしかしてそれが手掛かりかい?」

「ああ。どうやらあの少年、ただの馬鹿じゃなかったみたいだね。この場で誰よりも先の展開が見えていたようだ。ちょっと興味が湧いてきたよ」

「ほう……きみが特定の他人に興味を示すなんて珍しいな。少年が望むなら彼について調べてみようか?」

「できるならお願いしたいかな。でも今はそれよりも早く『ゾディアック』に戻った方が良いみたいだ。どうやらぼくは間に合わなかったみたいだからね」


 そう言ったヘルトの言葉から何かを楽しんでいる雰囲気を感じ取ったのは、きっと勘違いなどではないと嘉恋(カレン)は思っていた。

ありがとうございます。

折角のアーサーとヘルトの戦いなのに呆気ない感じもしたかと思いますが、彼らの本当の戦いはまだ先なので、今回は強敵のヘルトからアーサー達はどう逃げるのか、という話にしてみました。

唐突に転移魔法が出てきましたが、これは前々から考えていた事で、今後の移動をスムーズにするために必須でした。実はレミニアがこれを使うという事に意味があったり。

さーて、第八章及びフェーズ2も残すところあと二話だぞーう!

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