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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第八章 世界の均衡は破られた Violent_Changing_World.
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133 世界で一番小さな戦争

 多くの人が認める正義。その体現者である彼の体が動くたびに、全身から気持ち悪い汗が噴き出てくる。


「そういうきみは魔族……じゃないな。人間か? なんだって『魔族領(こんなところ)』に……?」

「……あ」


 極彩色の髪色の少女、アウロラと目が合うと彼女は小さな声を上げた。


「ん? アウロラ、知り合いがいるのか?」

「はい……あのひとは『ゾディアック』でわたしをたすけてくれたひとです」

「ああ、彼が例の……ん? なんかあいつ、見覚えがあるような……?」


 アーサーが感じているプレッシャーについてヘルトに自覚はないのだろう。それは人間がアリの気持ちが分からないように、彼にとっては自分と自分の周りのそれ以外はその程度の価値しかない。それが痛いほど伝わってきた。


「ヘルトさん。ほとんど人間ですけど、奥に一人だけ異常な魔力を発してる子がいます。あの黒髪の女の子です」

「あれが噂の魔王の娘か……正直、女の子の姿だとちょっと()りにくいんだよなあ」


 長い前髪に両目が隠れた少女がレミニアを指さし、それに合わせてヘルトが一歩前に出る。

 アーサーもアーサーで、震える体を必死に抑えつけてレミニアを背に庇うような形で前に出る。


「くそっ、なんでそんな簡単に判断できるんだよ」

「アーサー。あの子、ワタシと同じ『魔族堕ち』だよ。だから魔力感知が得意なんだよ」


 歯噛みしながらも退こうとしないアーサーを見て、ヘルトは少し不思議そうに首を傾げる。


「……きみはその魔王の娘を庇う立場ってことか?」

「そんな大層なものじゃない。俺だってついさっき会ったばっかりだからな」

「それならなぜ庇う?」

「なぜって……」


 その疑問に対する答えをアーサーはすぐに答えられなかった。庇うように前に出たのは自然な事で、そこにある動機にまで目がいってなかった。

 けれどその動機にはすでに明確な答えが存在していた。

 それを自覚しながら、アーサーは口を開く。


「こいつは俺の……妹だからな。お兄ちゃんが妹を守るのは当然だろ」


 それはすでにここにいない二人の少女と、後ろにいる少女が与えてくれた思いだった。

 何度挫けようと決して消えないその思いを胸に、アーサーはヘルトを真っ直ぐに見据えてそう答えた。


「はあ……」


 それを聞いたヘルトは大層面倒くさそうに溜め息をついてから、


「一応、アウロラを助けてくれた事には感謝してるんだよ。だから大人しくそこを退いてくれないか?」

「……退いたら、お前はどうするつもりだ」

「? 決まってるだろ。その魔王の娘を殺すんだよ」


 なぜそんな事を訊くのか、という感じだった。

 それはこの世界に住む人間と同じように、彼にとって魔族を殺す事は当たり前の事なのだ。ひょっとして異邦人の彼なら、周りに異常者と呼ばれる自分の考えも多少は理解して貰えると思っていたのだが、その淡い期待は見事に打ち砕かれた。


「……正直言うとさ、直接会って話をしてみればまた違った印象を受けるのかもしれないと思ってた。でも、やっぱりお前は俺の敵だよ、勇者。お前とは分かり合えそうにない」

「別にぼくはきみと分かり合いたい訳じゃないんだけどね……」


 適当な調子で呟きながら、首を捻って関節を鳴らしながら溜め息を吐く。

 そしてヘルトは仲間達を待機させたまま前に踏み出す。

 アーサーもそれに呼応するように、レミニアから離れて前に進む。


「ぼくは魔王を殺すために『魔族領(ここ)』まで来たんだ。そしたら魔王はいなくて、代わりにその娘がいるって話じゃないか。だったらぼくのやるべき事は一つだ」

「お前がどうしてそこまで魔王に関わるものを殺したのかは知らないし、もう手遅れだろうけど一応訊いてやる。それは魔王を殺した結果が『ゾディアック』に何を及ぼすのか分かってての発言か?」

「当然、それくらいの事は分かってる。ぼくという抑止力の役目もね。だからこそ『レオ帝国』じゃあそこまで派手にやったんだよ」

「……『リブラ王国』でテロリストを人質ごと消し飛ばしたのもそれが理由なのか」

「きみもあの場所にいたのか……。あれは違う。あの時はそうするのが『ゾディアック』を守るのに一番確実だと思ったからああした。おかげで後処理もスムーズに行ったよ」

「……そんなおあつらえ向きの言い訳を用意して、これまでどれだけの命を奪って来たんだ」

「それ以上の命は救ってきたつもりなんだけどね」

「それでも、お前は取り返せない命を奪ってきた」

「それならきみに何ができた? ぼくは最適解を選んできた。最低限の犠牲で最大限の成果を得る事のどこが悪い」

「それでもお前は足掻くべきだった。それだけの力を持って、狙った通りに魔族の大群を倒す事ができて、勇者なんて肩書を持てるくらい強いなら、お前は全部を救おうとしなくちゃいけないはずだったんだ。最初から何かを諦める前提で話を進めてるんじゃねえぞ、臆病者」

「偉そうに語るなよ、現実も見えていない夢見がちなガキが。きみのそれはただの願望だろ。勝手に人に押し付けるな。現実はそう上手く行かない」

「……ああ、知ってるよ。それでも、手を差し伸べる側が始める前から諦めたらダメなんだよ。どうあれ大きな力を持ったなら、それには大きな責任が伴う。お前はその責任から逃れてるだけなんだよ、新米勇者」


 そしてついに。

 二人の少年が至近で睨み合う。お互いに手を伸ばせば届く距離。それなのにアーサーは先程の震えが嘘のように止まっていた。


「……さっきの言葉を返すよ」

「なんだ?」

「ぼくもきみとは、分かり合えそうにない」

「ああ、知ってたとも」


 両者が拳を固く握る。

 腕を引き絞る。

 一歩踏み出し、力を溜めた拳を解き放つ。

 魔術も魔法もある世界で、その力を持つ彼らが行ったのはどの世界にもあるような喧嘩の一風景。他にも攻撃手段があったはずなのに、二人は何かに導かれるように同じ動作で拳を振るう。

ありがとうございます。

今回は辺境の地で互いの正しさをぶつけ合う二人の姿を戦争としてみました。

次回はアーサーとヘルトの戦いです。

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