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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第八章 世界の均衡は破られた Violent_Changing_World.
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132 邂逅の時

 それはどこかで聞いた事があるような、懐かしさを感じさせる鈴の音のような声だった。

 アーサーはしばしの間、呼吸を止めてしまっていたのに気づいた。それから落ち着きを取り戻すために小さく息を吸ってから返答する。


「……アーサー・レンフィールド。アユムさんから色々と話は聞いてる。あんたがローグ・アインザームか? てっきり男だとばっかり……」


 一応確認を取ろうとそう言ったアーサーだったが、少女はなぜか後半の話を聞いていなかったようだ。アーサー、という単語を聞いた瞬間に大きく目を見開く。


「アー、サー……? ほんとう、ですか? 本当に、アーサー・レンフィールドなんですか?」

「ん? まあそうだけど……」


 状況を掴めてないまま曖昧な返事をした直後だった。

 少女は飛び跳ねるように立ち上がり、アーサーに向かって駆け出して来る。

 攻撃が来るのかと思い、五人は揃って身構える。しかし五人の警戒とは裏腹に少女は攻撃の動作はせず、満面の笑みで一直線にアーサーの胸に飛び込んでくる。

 そして。


「兄さん!!」

「「「「「……、」」」」」


 少女が嬉しそうな声音でアーサーの事を兄さんと呼んだ瞬間、五人の思考が同時に停止した。


「……なんだって?」


 ようやく回復したアーサーが胸元の少女に声をかけるが、それすら聞こえていないようで少女はアーサーの胸板に頬を擦り続けながら興奮した声で言う。


「良かったです、兄さん! パパの言ってた通り、本当に来てくれました!!」

「にい……」

「……さん?」

「パ……?」

「パァ!?」

「せっかくシンクロして突っ込んでくれてるところ悪いけど、この状況は俺にもさっぱりだからな!?」


 結祈に責められている時と同じように困惑しているアーサーに、アレックスは今までで一番呆れた調子で、


「……おいアーサー。テメェ何人妹いるんだ? レインとビビだけじゃ飽き足らず、『魔族領』にいるこんな子にまで手えつけやがって……」

「だから知らないって! そもそもこの子とは初対面だってば!!」


 アーサーが誤解を解こうと叫ぶと、その言葉に一番反応したのは真下にいる少女だった。必然的に上目使いになる形で少女は下から見上げるようにアーサーの顔を除き込む。


「……兄さんはパパから何も聞いてないんですか?」

「そもそもあんたのパパって誰?」


 大体答えの予想がつく質問だったが、あえてしてみた。意地が悪いかもしれないが、答える少女の反応が見たかったのだ。

 少女はそんなアーサーの思惑に気づかず、坦々と答える。


「ローグ・アインザームです。パパがアーサー・レンフィールドに会ったら兄さんと呼んでやれと言ってました。彼なら家族になってくれる、と」


 返ってきたのは予想していた答えと、予想していなかった答えだった。アーサーは思わず頭を抱えそうになる。


「なんだってローグ・アインザームは俺の事を知ってるんだよ……」


 アーサー一人ではこの疑問に答えを出せなかったので、五人で円陣を組むように集まって相談する。ちなみにレミニアを引きはがす事には失敗したので、今はアーサーの前から移動して腰にしがみつくような形でギリギリ円陣に参加しているような恰好になる。


「もう俺の容量(キャパ)オーバーなんだけど……。誰か良い答えって持ってない?」

「もしかしてアユムさんがローグ・アインザームに連絡してたんじゃない? 二人とも親しかったんでしょ?」

「ああ、そうかもしれねえな。あの人テメェについて妙に詳しかったからな。ビビの件も知ってたんじゃねえか? 魔族を妹にするような馬鹿になら任せられるって事だろ」

「って言ってもなあ……。そもそもあんたの名前は?」

「レミニア・アインザームです」


 首だけ動かして後ろにいる少女の方を見ながら訊くと、彼女はすぐに答えてくれた。

 新しい情報を踏まえたうえで五人の会話は続く。


「アインザーム姓って事は、やっぱり魔王の子供みたいだな。当たり前の事だけど」

「じゃあ魔王がここにいないって事は、今はこの子が魔族のトップって事? とてもじゃないけどそう見えないんだけど……」


 アーサーがサラの言い分に納得しそうなっていると、横からシルフィーが発言する。


「どうでしょう? 正直この城を見ると『ゾディアック』のような王制が施行されているとも考えにくいですし、王の所在についてはあまり関係がないのかもしれません」

「つまり俺達が住んでた『ジェミニ公国』みたいに代表者がなるって事か?」

「待てよアーサー、前提を忘れてるぜ。ローグ・アインザームってのは五〇〇年前からずっと魔王じゃねえのか? だとすると魔王が死んだ時の制度について決まってねえ可能性もあるぞ」

「なるほど……。そもそも『ゾディアック』の国とは別に考えないとダメなのか」

「どっちにしても今の問題はそこじゃないよ。みんなレミニアばっかりに気を取られてるけど、そもそもの問題としてローグ・アインザームはどこに行ったの?」


 結祈の発言で現実に引き戻されるような気分だった。

 そう、そうなのだ。大前提として、ここにいなければならない人物がいないのだ。そのせいでレミニアの言葉の信憑性を疑ってしまう。

 仮に彼女が本当にローグ・アインザームの娘だとして、その本人はどこへ行ってしまったというのか。


「どうすんだよ、アーサー」

「……」


 なんとも難しい問題だった。

 そもそもこんなのは予定にない。あまりのイレギュラーな事態に中々頭が追い付かない。本来ならローグ・アインザームと話をするだけのつもりが、なぜ新しい妹の登場と魔王の行方不明という問題に直面しているのか。

 プロボクサーのジャブのように連続で問題が降りかかっている気分だが、そろそろ右ストレートが飛んできそうで怖い。


「……なあレミニア。ちょっと聞きたいんだけど」

「はい。なんですか?」


 とりあえず考えても埒が明かないので、答えを知っているであろう人物に直接答えを訊くことにする。


「お前のパパ……ローグ・アインザームはどこにいるんだ?」


 核心に迫るその質問。

 それをされた瞬間、初めてレミニアの顔に影が落ちた。どうやっても離れなかったアーサーから手を放し、最初にいた場所に置いてあった包帯にくるまれた何かを持ってきた。


「……パパならここにいます」


 そう言って、彼女は巻き付けられた包帯を解いて行く。

 包帯の下から現れたもの。

 それは―――人間なら誰でも持っているであろう、何の変哲もない右腕だった。


「これがパパの遺品です」


 肘の先からしかない右腕。

 あどけなさを残す少女が持つにはあまりにも不釣り合いなそれが、どうしようもない現実を示していた。

 アーサーが兄さんと呼ばれたとき以上の衝撃が五人を襲う。やがて一番最初に回復したアーサーが、呆然とした表情のままぽつりと呟く。


「……冗談、だろ」


 アーサーは眩暈すら覚えていた。

 意識していないと、すぐにでもその場に崩れ落ちてしまいそうだった。


「ローグ・アインザームが……魔王が死んだっていうのか!?」


 確認と驚愕を一緒くたにした口調でアーサーはレミニアの詰め寄る。彼女はアーサーの焦った様子に面食らっていたが、それでも確かに顎を引いて首肯した。

 その僅かな所作に、アーサーは後頭部をハンマーで殴られたような気分を味わっていた。


「マズい……。マズいぞ! 俺達が『魔族領』を歩いてる間に何かがあったんだ!! ローグ・アインザームが死んだっていうなら、『ゾディアック』を護る結界はどうなってるんだ!?」

「落ち着けよアーサー。まだそうと決まった訳じゃねえ。ここにあるのは右腕一本だし、まだ生きてる可能性だってあんだろ」


 確かにアレックスの言う通り、その可能性だって十分にある。

 けれどアーサーは直感的に、目の前のレミニア・アインザームと名乗った少女が嘘をついているようには見えなかったのだ。

 頭をよぎるのは最悪の可能性。

 魔族が『ゾディアック』に攻め込む理由は既にある。そのうえで結界が作用していないのだとすると、もう手遅れかもしれない。『ゾディアック』にいる大切な人達の顔が次から次へと頭に浮かぶ。


「くそっ……!! 今すぐ『ゾディアック』に戻らないと!!」


 ここからどれだけの時間がかかるかなんて頭になかった。

 とにかく早く戻らなければならないという焦りだけが募る。周りにいるみんなが焦る気持ちを落ち着かせようと声をかけてきている気がしたが、それすらも耳に入らず一目散に扉に向かって駆け出そうとする。


 しかし、そこでまた状況に変化があった。


 アーサーが向かっていた入口の扉。

 その扉が、開く。

 魔力のコーティングなどお構いなしに、そのルールの上から膨大な魔力で上書きするような反則技でもって扉はゆっくりと動く。

 そこから現れたのは……。


「やっと着きました……。ヘルトさんが寄り道しなければ、もっと早く着いていたんですよ?」

「文句ならぼくじゃなくてジークさんに言ってくれよ。あの人が魔族と戦いたいって言ってどこかに行っちゃうから回り道する羽目になったんだ。しかも結局どこに行ったのか見つからなかったし……」

「だから最初から無視して行こうと私は言っただろう? 彼なら一人でも生きていけるさ」

「け、ケンカしないでください……」


 少し怒っている銀髪の少女、疲れた溜め息をこぼす少年、呆れた表情でそれを見ているお姉さん、そしてそれを仲裁しようとしているオーロラのような極彩色の髪を持つ少女が、まるでファミレスに行くような気軽さで入ってきた。

 アーサーはその中の二人に見覚えがあった。

 まずは極彩色の髪を持つ少女、アウロラと呼ばれていた少女だ。『ポラリス王国』での事件の中心にいた彼女とは、ほんの僅かな時間とはいえ対面したこともある。

 それと真ん中にいる少年は、明確ではないがうっすらと見覚えがある。そしてその正体についても、アウロラの存在で大方の予想はついていた。


「……お、まえは……」


 それでもアーサーは思わずそうこぼした。

 真っ直ぐ少年を見据えたまま、そう問わなければならない強迫観念にも似た思いに突き動かされながら。

 少年の方は名前を名乗るのに特に抵抗もなかったようで、僅かに疑問顔を浮かべながら告げる。


「自己紹介するならヘルト・ハイラント。一応は勇者って事になるのかな」


 そして状況は、一方的に悪い方へと転がり落ちていく。

ありがとうございます。

ここまで本編一三一話と行間等七話を含めた一三九話目。ようやく村人のアーサーと勇者のヘルトがちゃんとした形で対面しました。ここまで長かったなあ……と思うと同時に、先の事を考えると大体四分の一が終わった辺りかなあ……と感慨深くなりました。

思い返すとヘルトもこの作品の主人公であるにも関わらず、出番はほとんど第五章だけと少ない気がしました。……まあぶっちゃけ色々できるヘルトよりも、ある程度の制限があるアーサーの方が書いていて面白いからそうなってしまうのですが。その内一章丸々ヘルトサイドの話も書こうと思っているので、勘弁して下さい。

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