130 その当たり前の価値は大きい
何はともあれ今回の騒動も終わりを迎えた。
ただし、極大の問題が残っている訳だが。
「ありがとう! 本当に良くやってくれた!!」
魔族の集落に戻ったアーサーとサラを迎えたのは、張り付いているような気持ち悪い満面の笑みを浮かべている集落のリーダーの男だった。
「話は聞いていたが正直半信半疑だったんだ。だがまさか本当に『ホロコーストボール』を退けてくれるとは!! よーし、祝杯を上げよう! 今日は魔族も人間も関係ない、君達も遠慮せずに楽しんでくれ!!」
「……その前に大事な話があるんだ」
アーサーの冷えた声で周りにいる魔族の男達にも緊張が走る。いつでも魔力弾を撃てるように準備していた手がピクリと動いた。
「とりあえず、そっちの敵意を下げてくれよ。これじゃ祝いも何もないだろ」
「……っ」
「気づかないとでも思ったか? あいにく、最近は特に敵意を向けられる状況が多くてね。そこら辺の感覚は鋭くなってるんだよ」
「……」
リーダーの男がアーサーを見くびっていたのは事実だった。というか、この集落に集まっている魔族達はそもそも人間を見下している風潮がある。
それでもリーダーの男は何かを取り繕うとしていたが、すぐに諦めたようにふっと息を吐いて、
「……いつからこうなると?」
「最初から……って訳でもないか。『俺達は人間とは違う』。あの言葉を聞いた時にはこうなるって分かってた」
チッ、と隠す事なくリーダーの男は舌打ちをした。そしてこれも隠す気がないのだろう。アーサーとサラの周りにいた魔族達がそれぞれ武器や魔力弾を構える。
「……『ホロコーストボール』の件については一応感謝している。だから特別に苦しまないように終わらせてやる」
「安心していたよ。お前らは絶対に俺達を裏切る。だから対策も取れた」
どうにも噛み合ってない会話を二人が繰り広げる。
その会話の後、森の中からさらに場を取り囲むように人影が現れた。ガタイの良さや装備している武器から今取り囲んでいる者達よりも実力は上であろう者達。ただしそれはアーサーとサラを殺害しようとしている集落の魔族達ではなく……。
「よーし、お前ら全員動くなよ。この場所には罠を張り巡らせてあるからな」
その中から代表するように、ユーティリウム製の黒い光沢を放つ直剣を肩に担ぐように持ちながら、一人の少年がアーサーの隣の位置に来るまで歩いて来た。
アーサーはその少年に対して、どこかふざけているような口調で、
「ようアレックス。昨日ぶり」
「ようアーサー。しぶとく生きてやがったか」
昨日ぶりの悪友との簡単な挨拶を済ませ、一転して優位に立ったアーサーはリーダーの男に向かって一歩前に出る。
「俺達は別にお前らを殺したい訳じゃない。俺達をここから出して、二度と干渉しないって約束できるなら見逃してもいい。……というか、後味が悪いからそうして欲しい」
アーサーからの最後の警告。この状況ではどちらが優勢なのかは明白だし、その事が分からないほどリーダーの男は馬鹿じゃないはずだ。もしそんな馬鹿がリーダーなら、この集落にいる魔族達はとっくの昔に殲滅されている。
この場での正しい回答は理解していたはず。
しかし、リーダーの男はすぐにこう返した。
「黙れよ人間風情が! 俺達を上から見下すんじゃねえ!!」
リーダーの男を筆頭に、集落の魔族達はアーサーの提案をすぐに突っぱねた。そして一斉にアーサーに向かって飛び掛かってくる。
魔族達をその行動に至らせたのは、おそらく誰にでもあるような意地。死んでも人間の軍門には降らないという、住処を人間に奪われた彼らの最後の矜持だったのだろう。
その様子をどこか別の世界の光景のように見据えながら、アーサーは静かに口を開く。
「……嫌な役を押し付けてすまない。やってくれ、アレックス」
「気にすんな。こういうのは適材適所なんだろ? 『雷伝・蜘蛛網』!!」
蜘蛛の巣のように張り巡らされた無数の『雷伝』が、集落の魔族達を貫く形で駆け巡り、森の中を明るく照らす。
その一手で全てが終わった。
気に食わない相手に協力を求めてでも守りたかったものの事を思うと、どうにもやり切れない気分ではあったが……。
◇◇◇◇◇◇◇
終わってしまえばあっという間だった。
とはいえ、丸二日間命の危険に晒され続けるのはもう勘弁願いたいが。
「あんた、見逃すつもりだったのね」
「こいつらだって元を辿れば被害者だった訳だしね。……まあ、結局最後まで分かり合う事はできなかったけど」
「向こうにその気がないんじゃ仕方ないじゃない。あんたが気にする事じゃないわ」
命を奪った魔族達の骸を見ながら落胆するアーサーの隣に立ち、サラがそんなフォローを入れる。
ここに転がっている魔族以外に集落にいた者は、アーサー達が魔族を殺した時点で森の奥へと逃げるように消えていった。
アーサーとサラにとって、ここにいた魔族達はどこまでいっても自分達を拉致して利用した挙句殺そうとしていた悪党だ。けれど彼らにとってはアーサー達人間こそ自分達の住処を奪った悪党なのだ。最初の時点ですれ違っていた者同士が理解し合うことなんて、そもそも不可能だったのかもしれない。
「大体あんたは気にしすぎなのよ。どうせ最初に『ホロコーストボール』に襲われた時に死んだ魔族達の事だって気にしてるんでしょ? その気持ちが分からない訳じゃないけど、なにも世界の悲劇が全部あんたのせいって訳じゃないのよ」
「……ま、そうだね」
アーサーはまだ納得しきれていない感じを残していたが、それでも今はサラの厚意に甘える形で同意する。それはこれ以上自分のせいで仲間を心配させないようにするために。
「……さて、話も良いけどこの作業をさっさと済ませないとな。これじゃいつまでたっても『キャメロット』に行けない」
アーサー達はこれからギュスターヴ達に案内してもらい、魔王ローグ・アインザームがいる『キャメロット』に向かう予定だ。ただその前に魔族達を埋葬するための穴を掘っていた。無意味かもしれないが、これは自分達が殺した者達への最低限の礼節のつもりだ。決して無視して進めるものではない。
「それより気にするのはこれからの事じゃない? 魔王の事もあるし、『ゾディアック』に目を付けられる結果になった訳だし」
沈んだ調子のアーサーの気を紛らわせるために、サラはそんな話を振る。アーサーの方もすぐに頭を切り替えてその話題に乗っかる。
「一応、『ホロコーストボール』の設計図と魔族達が集めてた資料の写真は手に入れられた。こんな事もあったから当然改良されるとは思うけど、次にやり合う時にゼロから始まる訳じゃないってのはでかいよな」
「やっぱり戦いは避けられないの?」
「多分避けられない。今回は俺達が一方的に敵意を向けられる状況にしちゃった訳だし」
思えばこういうケースは始めてかもしれない。
いつもは事件に巻き込まれて、流されるまま事件を解決している。しかし今回はこちらから仕掛けて、向こうに報復の口実を作る形になった。ここで戦いが避けられるほど彼らの言っていた雇い主というのがおおらかな人物なら良いが、おそらくそれはないだろう。そもそも、そんな人物なら『魔族領』に侵攻してきたりしないだろうから。
「にしても『ホロコーストボール』はどこの国が造ったんだろうな。やっぱり『ポラリス王国』とかかな?」
「……ねえ、アーサー」
名前を呼んだサラの声音は、今にも捨てられそうな子供のように悲しいものだった。何故いきなりそんな風になったのかは分からないが、サラはそのままどこか沈んだ表情で、不安を隠せない様子のままアーサーの目を真っ直ぐ捉えて、
「あんたは……その、もしあたしが助けを求めても、他の人達と同じように助けてくれる?」
「? そりゃそうだろ。特にお前の場合は辛くても強がって大丈夫って言いそうだからな。むしろそう言った時にこそ無理矢理にでも助けに行くよ」
サラが突然変わった様子でそんな事を訊いてきた事に驚いたが、アーサーはとりあえず思った事をそのまま口に出した。するとサラはその答えに満足したのか、先程までの不安気な様子が嘘のように打って変わって嬉しそうに言う。
「それなら素直に助けを求められない時は大丈夫って言うわ。その時はよろしく」
「じゃ、そういう事で。これからも頼むよ」
「ま、しょうがないわね。ホント、あんたはあたしがいないとダメなんだから」
「否定はしないよ」
軽く笑い合いながら、二人は自然に突き出し合った拳をコツンと軽く合わせる。アレックスとやる時のような相棒感が妙に心地良い。
しかし彼にはもう一つ極大の問題が残っている事に、彼自身が気づいていなかった。
サラと仲良くやってる様子を離れた所から見ていた結祈がすっと近寄ってきて、ジト目気味でアーサーを見ながら少し不貞腐れたような口調で言う。
「……ふーん、なるほどね。なんだか随分サラと仲良くなったみたいだね、アーサー」
「そう? 普段からこんな感じだと思うけど」
遠くでアレックスが頭を抱えてシルフィーと一緒に溜め息をついている光景が視界の隅に入る。その一言がただでさえ鎮火不可能な炎にドバドバと油を注いでいる事に、馬鹿野郎は当然のように気づいていない。
「……ところでアーサー?」
「ん、なに?」
自然に返事を返したその直後、アーサーはそれを後悔する事になってしまった。
ゆらり、と鬼神のような佇まいの結祈がそこにいたからだ。
「……あの、結祈さん? 何をそんなに怒っていらっしゃるんですか……?」
あまりの迫力に思わず不自然な敬語になってしまったアーサーに、結祈は怖いくらいの満面の笑みで、
「別に怒ってないよ。それよりサラとよろしくやってたんだよね? その辺りについてちょ―――――――――――――――――――――――――――――――っと詳しく聞きたいんだけど?」
「ヤバい!? 理由は分からないけどこの長い感じは説教のサインだ!! アレックスヘルプミー!!」
「テメェの自業自得だ馬鹿野郎。甘んじて受けやがれ」
どんなにちっぽけな日常の一風景でも、少年にとっては大量殺人兵器よりも一人の女の子の方が脅威になることもあるらしい。
それは当たり前のようにいつも戦っているアーサーにとって、拳を握るよりも当たり前のいつも光景。
けれど、そのいつもの光景は尊い。
たとえそれが、本人に自覚がないものだとしても。
ありがとうございます。
という訳で第三章を意識した話でした。とくに最後の方のアーサーとアレックスのやり取りである適材適所の話は第三章の始めの方で出てきた話です。良かったら見返してみて下さい。
そして今回の話の中心だった『ホロコーストボール』。次回の登場はかなり先の事になりそうです。具体的には間に一〇個くらい章を挟むかも……?
あ、いつもの感じで終わりそうですけど、第八章はまだ続きます。次回はようやく『キャメロット』スタートで。