129 破壊工作と先送りの脅威
アーサーとサラはほぼ予定通りに突入を果たしていた。
唯一の誤算としては警備の数が意外と多く、派手に倒してしまったという事だ。
「本当に突入になったわね……」
「分かってた事だけど、そのせいで活動時間がかなり減った。急ピッチで作業を進めないと!!」
だが『モルデュール』で引き起こした地崩れで注意を引き付ける事には成功した。残された時間は分からないが、この間に予定していた内容をこなさなければ全てが無駄になる。アーサーとサラは殺され、結界が消え去るその日まで『ゾディアック』による蹂躙は続く。多くの人に恨まれる結果になったとしても、ここで絶対に止めなければならない。
整備場には迷う事なく辿り着いた。中で作業していた人達を退かすために、リスクを承知で『モルデュール』を高く投げて空中で起爆させる。
「さっさと逃げろ!! この場所は爆破するぞおッ!!」
爆発とアーサーの大声で混乱した作業員達が我先にと出口に向かう。ここには兵士がおらず、純粋に自分が命を失いたくないと思う人達しかいないのが幸いした。
しかし切羽詰まった状況は変わらない。『モルデュール』の爆発の音で作業員ではない別の人達を呼び寄せてしまう危険性があったからだ。
「それで、整備場に入れたのは良いけど全体的にどうするの!? 時間は無いけど予定通りで良いの!?」
「頼む!! とにかく『ホロコーストボール』の設計図か何かを探してくれ! 俺は『モルデュール』の方をやるから!!」
慌ただしく二人は作業を進める。サラは資料の山をひっくり返すようにして『ホロコーストボール』の設計図を探し、アーサーは整備場内に『モルデュール』を配置していく。
心臓が縮みそうな緊張感での作業は体力よりも精神を摩耗していく。それでもサラは目的のものを見つけ、アーサーに声をかける。
「こっちは見つけたわ! それから警報器が鳴り始めてる。そろそろ逃げないと囲まれるわ!!」
「少し待て! こっちもあとこれで……よし終わった。すぐ外に出よう!」
整備場の傍では慌ただしい足音が響いていた。見つからないように注意しながら二人は外に出る。雨はまだ降っていて、自分の姿や足音を隠す手助けもしてくれるだろう。幸運に感謝しながら予定していたコースを走り、整備場から十分に離れたところでアーサーが叫ぶ。
「爆破するぞ!」
声を上げた瞬間、後ろの方で大爆発が起きる。
アーサーが整備場に設置した『モルデュール』を爆破させ、『ホロコーストボール』に使う部品類や機材を吹き飛ばした証拠だった。
『ホロコーストボール』自体を破壊できないと判断したアーサーは、『ホロコーストボール』ではなくそれに使う部品や必要な機材を使い物にならなくする事で在住を不可能にする方向にシフトしていたのだ。
これで『ホロコーストボール』自体は破壊できなかったが、これからの稼働を難しくする事はできた。どっちみち『ゾディアック』に帰らなければならなくなっただろう。
「あーあ、これで完全に『ゾディアック』を敵に回したわね」
「最悪シルフィーに頼んで『アリエス王国』に匿って貰えないか相談してみよう」
軽口を叩き合いながら森の中に戻るために足を速める。整備基地内にいた人達は爆破した整備場の後始末に追われているらしく、こちらの方向にはほとんど人がいない。その隙に森の中に戻ろうとしたのだが、
「動くな!!」
後ろから怒声が響いた。二人は思わず足を止める。
視線だけ声のした方に向けると、こちらに拳銃を向けている男が一人そこにいた。
「……半分くらいは見つかる可能性を考慮していたよ。でも、まさか本当に見つかるとは思ってなかった」
「こう見えてもここを任されているのでね。賊がどういったルートで逃げるくらいは理解している」
「そうかい」
アーサーはこの状況をマズいとは思っていなかった。
ここまでが全て、アーサーの描いたシナリオ通りだったからだ。
なるべく上の立場の人間に見つかる、これは安全に逃げるためにできれば通っておきたかったプロセスだ。
ただしそれを相手に悟られないように、あくまで運悪く見つかった賊という設定に則って両手を上げながら背後に向き直る。アーサーには知る由もないが、そこにいたのはこの整備基地のトップであるフューリー本人だった。
「よくもやってくれたな、お前ら」
「……『ホロコーストボール』自体は無事だと思うよ。ただし整備用の部品や機材はほとんど使い物にならなくなってるだろうけど」
「……なぜ『ホロコーストボール』の名前を知っている? どこの国の諜報員だ。『ポラリス王国』か?」
「残念外れだ。そもそも今重要なのはそんな話じゃないだろ?」
「……何が言いたい?」
「簡単だよ。『魔族領』から手を引いて『ゾディアック』に帰れ。俺達の要求はそれだけだ」
「そちらが要求できる立場だとでも?」
フューリーの持つ拳銃の引き金に不自然な力が加わっていく。
アーサーもそれを理解しているが、それでも調子は崩さずに告げる。
「俺達が何の対策もなく、こんな場所に乗り込んで来たと思うのか?」
「……どういう意味だ?」
「魔族だよ。あんたらが最も恐れてるな」
銃口を向けられている状況で、アーサーは不敵な笑みを浮かべていた。そして人差し指を天に向かって刺しながら続ける。
「俺達が一声上げるか指定した時間までに戻らなければ、付近で待機してる魔族がここになだれ込む事になっている。さて、切り札を失ったあんたらはそれに勝てるのか?」
「……嘘だな。魔族は人と協力しない」
「リサーチ不足だな。金で動く傭兵を知らないのか? アンタらが熱心に掘り進めたアダマンタイトのおかげで簡単に雇えたよ」
「……」
「他に反論は? ま、頑張っても現実は変わらない訳だけど」
フューリーが口をつぐむ。
明らかな葛藤が彼の中で生まれているのがアーサーにも分かった。そもそも最初の時点で銃弾ではなく怒声が飛んで来たのが彼にも状況が正確に掴めている証拠だ。
あと一手あれば、それでこの状況の流れを掴めるのが直感的に分かった。
「どうした、やるならやれよ」
だから追い打ちとして、不敵な笑みのまま挑発を続ける。
アーサーは天に向けていた人差し指を、銃口に見立ててこめかみに当てながら言う。
「ただしお前の先走った一発で、この場所が血みどろの戦場と化すぞ」
自信満々に言いながら、実はアーサーは不敵に浮かべる笑みの下で冷や汗をかいていた。
合図で魔族が来るのは嘘だ。仮に自分達の監視役が来るとしても少数しかいない。『ホロコーストボール』のような兵器がなくても、それ相応の武器があればこちらが殲滅されてしまうだろう。
いつも通りの綱渡り。
けれどそれはいつもの事だった。
いつだって、アーサーは、そういう道を歩んで来た少年なのだから。
「……いいだろう」
長い沈黙の後、フューリーの口から出てきたのはアーサーが求めていた言葉だった。
「今回は退く。こちらの雇い主も、ここで『ホロコーストボール』を失う事を望んではいないのでね」
「話が早くて助かる」
「ただし」
それを引き出したアーサーでさえ背筋が凍るような、冷え切った声でフューリーは続けて言う。
「お前達はここまで踏み込んだ、その事を努々忘れるな。お前達は自ら我々の標的になる理由を作り出したんだ。我々がいなくなってからその事実を確認し、怯えるがいい」
ありがとうございます。
一応、この話は次回で終わる予定です。彼らの雇い主、そして破壊できなかった『ホロコーストボール』の問題についてはまた先の話でやるという事で。