127 仲間集めはお手頃価格で
また捕まった。
しかも今度は別の魔族に。
「最悪だわ……。最近ホントにツイてない……」
「まったくもって一切の反論の余地もなく同感だよ……」
魔族に取り囲まれながら、アーサーとサラは地面に膝を着いて両手を頭の後ろに付けた状態で同じようにうんざりとした調子で呟く。
今までだって頭がおかしいと思われるくらい事件に関わってきたし、ツイてる方じゃないとは思ってはいたが、この二日間は本当にツイてない気がする。まあ命があるだけまだマシなのかもしれないが……。
「お前達は人間で俺達は魔族。ここで今すぐ殺しても言い訳だが……いくつか質問に答えて貰う」
「素直に答えたら開放してくれる?」
「貴様ら次第だな」
「なるほどね。素直な返答で良かったよ。あいつらみたいに胸糞悪くて気持ち悪いメッキの下に本音が隠されてるよりはよっぽどマシだ」
あくまで平静を装っているものの、頭の中ではこの状況から切り抜けるための手立てを模索し続けていた。
しかしいくつか思い付く度に自らそれを否定する作業が続く。どうあっても答えの見つからない袋小路というのは存在するのだ。
「まずお前らの周りに魔族が同行していたみたいだが、どういう関係だ? 人間が魔族と組むなど通常じゃ考えられない。あの練度の低さから傭兵とも思えないしな。お前らは何をしようとしている?」
「……俺達は『ゾディアック』から送り込まれた大量殺人兵器を破壊するために協力している。あれでも強いと思ってたんだけど、あんたらはヤツらと違うっていうのか?」
「俺達は傭兵だ。それなりの訓練も積んでいる。あんな寄せ集め集団と一緒にするな」
「寄せ集めって……俺達の周りにいた魔族はどうなったんだ? 下手に質問に答えるとすぐに襲われるんだけど」
「その辺りは安心しろ。二、三人逃げられたが、すでに制圧済みだ。襲って来る事はない」
「なるほどね……」
質問に答える度に主導権が変わっている事に、傭兵の男は気付いているのだろうか。
男はいつの間にか質問する側から質問に答える側に回っているのだ。アーサーの手のひらの上で踊るように、情報を与え続けてしまっている。
(つまりここでの会話があいつらに漏れる心配はないって事だな。二、三人逃げたって事はすぐに増援が来るんだろうけど、それならその間に色々とできる事もある)
アーサーは新たに得た情報から次の打開策を模索する。一瞬だけウエストバッグに視線を向け、一つの打開策を見つける。
(可能性が低いのは他の策と大して変わらないか……。さてどうする。上手く行けば一番美味しい策だけど、高望みしなければ無難な策も……)
「……もう良いか。聞きたい事も聞けたし十分だ」
男が手のひらに魔力弾を作ってアーサーに向ける。サラがそれを防ぐために動こうとするが、アーサーはそれを片手で制した。
「……あんたら、さっき傭兵って言ってたな」
「ああ、金額次第で誰にでも雇われて何でもやる。それがどうした?」
本当にこれで良いのか、と頭の中で警告音が鳴っている。
けれど時間が足りない。すぐにでも行動に移らなければ頭を吹き飛ばされる。さっき男が言っていたように、アーサーは人間で男は魔族。躊躇する必要はどこにもない。アーサーは一度大きく息を吸って、覚悟を決めて口を開く。
「だったらここで俺が雇う。それでお前らは俺の味方って事で良いな」
アーサー!? と傍らでサラが驚きの声を上げたが、アーサーは気にも留めなかった。真剣な顔で魔族の男を魔力弾越しに見据える。
対して傭兵の魔族達はアーサーの気でも触れたと思われたのだろう。全員面白いように笑い出す。そしてひとしきり笑った後、男は魔力弾を向け直した。
「面白い冗談だった。だが俺達を舐めるなよ人間風情が。確かに金さえあれば俺達は人間にだろうと気に入れば雇われてやるが、貴様にそれがあるのか? 情や命乞いで動くと思ってるなら見当違いだ。そんな甘さは俺達に無い」
「……俺のバッグの中を見てみろ。そこに答えがある」
男が無言のまま仲間の一人を見る。見られた男がアーサーのバッグを漁る。『モルデュール』や魔石を手に取っている時は訝しげな顔だったが、やがて鋼色の石を取り出すと目の色を変えた。
男が掴んだのは拳大の大きさのあるアダマンタイトだった。それはアーサーが換金するために鉱山跡で拾っておいたものだ。
「金は無いけどそれを売ればいい金にはなるんじゃないか? どうせなら破棄された鉱山の場所も教えてやるぞ。それでも不服っていうなら殺せよ。それならそれで俺の見込み違い、あんたらが金よりもプライドを優先する連中だったってだけの話なんだからな」
「……」
男はしばらく押し黙ったままだった。値踏みするようにアーサーを真っ直ぐに見据え、やがて緊張を解くように魔力弾を消した。
そして。
「……くくっ、あっはっはっは!! 存外に面白い人間だな、お前。なんでこの状況でそんなに強気になれるんだ?」
「それは褒め言葉として受け取っておくよ」
愉快そうに笑い始めた男を見てアーサーはふうっと息を吐いた。思えばここ二四時間で初めて緊張を解いた瞬間かもしれない。
「おらお前ら。いつまで魔力弾なんか向けてやがる。こいつらはもう雇い主だ。さっさと下ろせ」
どうやらアーサーが尋問役だと思っていた男がこの傭兵達のリーダーだったようで、他の連中に指示を飛ばして警戒を解いてくれる。
「話が通じて良かったよ。俺はアーサー・レンフィールド。こっちがサラ・テトラーゼ。あんたは?」
「ギュスターヴだ。短い付き合いだとは思うがよろしく」
一応、契約完了という事で握手をしておく。ここに至ってサラもようやく息を吐いた。
『タウロス王国』の時と似たような状況に、サラは初対面の相手でも仲間にしてしまえるのがアーサーの才能なのではないかと、なんとなくそう思っていた。
「……時々アーサーって本当に一六歳か疑う時があるわ」
「それも褒め言葉として受け取っておく」
適当な調子で受け流していると、ギュスターヴの方から今後についての指示を仰ぐ言葉が飛んで来た。
「それで俺達は何をすれば良い? お前達の言う兵器破壊を手伝えば良いのか?」
「いやそうじゃない。あんたらに頼みたいのは別の事だ」
「別の事?」
「ここにいてくれても次の追手と鉢合わせる事になる。だからあんたらにやって貰いたいのはその先だ。誰か長距離の探知系魔術を使える人はいないか? 人探しを頼みたいんだ」
「問題無い。流石に『ゾディアック』にいる人間に会えって言われたら無理だが、『ログレス』にいるなら地の利は俺達にある。人間ってだけで捜索対象も絞られるしな。簡単に見つけられるだろう」
「頼もしいな。ここであんたらと出会えたのは本当に運が良かった。その後についての動きも伝えるから、紙とペンを貸してくれ」
アーサーはギュスターヴの仲間の一人が手渡してきた紙とペンにすらすらと今後の動きを書き記していく。一、二分くらいで書き終わったそれをギュスターヴに手渡す。
「とりあえずこの紙に書いてある通りに動いてくれ。それから俺達がしくった時点で契約は破棄してくれていい。だからこれは先に渡しておく」
言いながら、アーサーは契約金であるアダマンタイトをギュスターヴに差し出す。ギュスターヴはそれを受け取りながら、
「この状況下で料金の前払いとは随分と太っ腹な雇い主だな」
「ま、事情はどうあれ俺達の都合に巻き込む形だからね。その代わり仕事はきちっとして貰うぞ。成功報酬は破棄された鉱山の場所って事で」
「その辺りは任せな。こちとら信用が第一の仕事なんでね」
後の事は彼らに任せる事にして、こちらも『ホロコーストボール』の問題をなんとかしなければ全てが無意味になる。けれど希望が無かった先程までとは違い、今はなんとかできる気がしてきていた。
ようやく思惑から外れた場所で、アーサー達の反撃が始まる。
ありがとうございます。
反撃開始とありますが、ぶっちゃけこの話は布石のための話なのでそんなに長くはありません。おそらくあと三話くらいで終わるかと。