126 今日も変わらず世界は悪意に満ちている
そんな訳で夜が明けた明朝、アーサーとサラはたった二人で大量殺人兵器『ホロコーストボール』の破壊に向かう事になった。
「それで、なんであの人達は付いて来ない訳?」
「俺達だけの方が動きやすいだろうっていう配慮……って名目でリスクを最小限にしてるんだろ。失敗しても死ぬのが俺達だけになるように」
「……今なら逃げられないかしら?」
「無理だと思うよ? 多分近くで待機はしてるだろうし。まあ『ゾディアック』じゃなくて俺達に銃口を向ける形でだけど」
「意味不明だわ……。あの人達は一体何と戦ってるつもりなのよ」
昨日から不機嫌続きのサラと一緒に進軍は進む。
彼らの話では『ゾディアック』側の拠点は一〇キロほど離れているらしい。送迎用の車などあるはずもないし、そこまで当然徒歩だ。さらに言うなら森や山が続く悪路のせいで体感距離はそれ以上だ。
しかも。
「あーあ、結構強めの雨まで降ってきたよ。ほんとツイてないなあ」
「車の一つでもあれば楽なのに……」
「あれ、サラって運転できるの?」
「やった事ないけど、ここって事故る可能性ないじゃない。それならあたしでもできるわ」
「運転舐めてるなあ。そもそもこの悪路で車なんて走らせたらあっという間にタイヤを取られるぞ?」
「タイヤを取られない馬力があるのを使えば良いじゃない」
「その馬力で向こうに存在がバレなきゃ良いけどね」
そんな会話をしていると、遠くから敵意を向けられている気配があった。魔族の集落を出て間もないこの地点で人間と鉢合う可能性は低いだろう。つまりこの敵意の先にいるのは自分達を送り出した魔族達のものだ。
「注意勧告って事か。くそったれ、息抜きの会話も許されてないのかよ」
「……いい加減そろそろ本気でブチ切れても良いかしら? っていうか良いわよね? それくらいの権利はあっても良いわよね!?」
「気持ちはもの凄く分かるけど落ち着いてくれ。俺達を取り巻く状況は大して変わってないんだ。もう少しだけ我慢してくれ」
今にも飛び掛かりそうなサラをなだめつつ、アーサーはこれからの事について考える。
結論から言って、一晩考えても『ホロコーストボール』への打開策は思い付かなかった。そもそもアーサーは指令室で状況を読んで対応策を考えるタイプではなく、直接戦いながら打開策を見つけ出すタイプだ。この辺りは個人の問題なのでどうしようもないのかもしれない。とにかく打開策を思い付く前に死ぬ事がないように祈るだけだ。
「でも見方を変えれば二人で森を散策……ハッ、これってもしかしてデート!?」
「……この状況をそういう捉え方できるって才能だと思うわ」
再び敵意が飛んでくる。向こうはいい加減にしろというニュハンスを込めているのだろうが、こちらからしてもいい加減にして欲しかった。こんなのサラじゃなくてもキレそうになる。
「……とりあえず、フリだけでも真面目な話をするか」
「それを言ってる時点でアウトだと思うけどよろしく」
適当な調子のサラに合わせるように、アーサーも昨晩のような深刻な口調ではなく幾分か余裕を持った声音で、
「俺達が挑むのは『ゾディアック』の大量殺人兵器『ホロコーストボール』。主な武装は昨日食らった『キラーレイン』とヤツらが言ってた見えない爆薬。それから副砲として球体表面全域に何十門もマシンガンがあるらしい。この副砲だけでも体が骨ごとバラバラになるね」
「改めて聞いてもまともじゃないんだけど……。『対魔族殲滅鎧装』の方がマシに見えるって悪い傾向なのかしら?」
「あいつと俺達は相性が良かったんだ。特に俺は魔力感知に引っ掛からないし魔力を攻撃手段に用いなかった。アレックスのユーティリウム製の剣もあったしね。でも今回はこっちが有利になる条件が何もないし人手も少ない。そう考えるとやっぱり『対魔族殲滅鎧装』と戦った時の方がマシだったってのは間違いないと思うよ」
「……それってヤバくない? 本当に無事に生きて帰って来られる?」
「正直言ってかなりヤバいと思うよ。今回の敵も相変わらず隙が見えないしね」
真面目な話と銘打って会話を始めていたが、話していても気分が重くなるばかりだったので結局話題を変える事にする。
「そういえばアレックス達はどうしてるだろう。ここまで離れたら頼みの綱の結祈にも見つけられないだろうし」
「もしかして一晩置いたのって結祈達が追い付いて来る可能性にも懸けてたの?」
「一応ね。でもダメだったところをみると本格的に居場所を見失ってるのかもしれない」
「うーん。一応シルフィーには人探し用の魔術があるって話だったし、なんとかなる気はするんだけどね」
「だと良いけど」
その辺りについてこちらから出来る事はないので、期待はしつつ過度な期待は持たない程度で心に留めておく。不確定要素に頼り過ぎると足元をすくわれるからだ。どちらにせよ、今は『ホロコーストボール』の破壊に集中した方が良い。
「そういえば良い機会だから聞いてみたいんだけど、アーサーって結局、結祈が好きなの?」
唐突な質問にアーサーは何とも言えない微妙な表情になって、
「……なんだよ藪から棒に」
「単なる素朴な疑問よ。最近はデートしろって言っても否定的にならなくなったし、満更でもないんじゃないかなーって」
楽しそうにニヤニヤ笑いを浮かべて訊いてくるサラに、アーサーは少し拗ねたような口調になって、
「……そういうサラはどうなんだ?」
「あたし?」
「結祈と仲良くやれてるか? ここだけの話、その辺りを期待してる部分もあるんだけど」
「ああ、なるほどね。そういえばあんたってあの子に生きる意味を見つけて貰うためにあたしを勧誘してきたんだっけ?」
「……それ、誰にも話してないはずなんだけど。なにお前、知らない内に読心の魔術でも覚えてたの?」
「そんなんじゃないわよ。結祈に訊いただけ」
「……結祈にも言ってないはずなんだけど」
「そうなの? あの子、嬉しそうな顔しながら教えてくれたわよ」
「……」
「隠し事できないわね、アーサー」
再びニヤニヤと楽しそうに笑っているサラを無視するようにそっぽを向く。
すると。
「照れてるの? 意外と可愛いとこあるわね」
近付いてきて頬を指でつんつんしてくる。内心かなりうざかったが、ここで強めに反論するとまた調子づかせてしまう気がしたので徹底的に無視する方向に決めた。
「それから心配しなくても平気よ。あたし達、親友だから」
「……そうかい」
こいつにも敵わないな、と思ったのは内緒にしておく事にした。というか全体的に女性陣に弱い気がしてきたが、全力で目を背ける事にした。そこにはこう、男の下らないプライドとか沽券に関わってくるのだ!
そして魔族達から見れば無駄話にしか見えない会話をしていたので、そろそろ三度目の敵意が飛んで来るかな、と思っていると案の定飛んで来た。
しかし。
「……アーサー」
「ああ、分かってる」
敵意のベクトルが若干違う。意識しないと分からない程度の些細な違いだが、これまで何度も修羅場をくぐり抜けてきた直感が告げている。これは彼らじゃない、と。
サラは今までよりも警戒をあらわにしていつでも『獣化』を使えるように準備する。アーサーも腰の後ろのウエストバッグに手を伸ばして『モルデュール』を掴む。
すると間もなく木々の隙間から男が現れる。しかしそれは集落から付いて来た魔族ではなく、別の魔族の男だった。しかも一人ではない。少なくとも一〇人以上がぐるりと周囲を取り囲むように配置されていた。敵意を剥き出しにして魔力弾を用意している者までいる。
「……なんだろうこの状況。ものすごく既視感があるんだけど」
「……ホント、今日も変わらずこの世は悪意に満ちてるわね」