124 押し寄せる事態に流されながら
あの状況では言う通りにするしかなかった。アーサーとサラはいつ殺されるのか分からない状況のまま彼らの後に付いて行く。
アーサーのように魔族と分け隔てなく接するような例外もいるが、大前提として『人間領ゾディアック』と『魔族領ログレス』は仲が悪い。というか、仲が悪いの一言で済ませられないレベルでいがみ合っている。つまり今は話を聞かせるためという名目で何事もなく連行されているだけだが、いつその敵意が牙を剥いてくるかは分からない。
やがて村とも呼べない集落のような場所に辿り着く。全てが木造の家屋で、なんとなく『ジェミニ公国』の実家を思い出す場所だった。
「そこに座ってくれ」
その中の一つの家屋に入ると、木の椅子が用意されていた。アーサーとサラは大人しく従ってそこに座る。
「……はあ、今更だけどツイてない。これってもう呪いとかそういう類いのものなのかなあ?」
「ま、即座に殺されなかっただけでも運が良かったと思いましょ。そうじゃなかったら今頃二人揃って血袋になってたわ」
ここまで約半日歩いて来た。結祈の自然魔力感知をもってしてもここまでの距離が離れていればアテにならないだろう。アーサーとサラは完全に孤立してしまったのだ。いくらなんでも愚痴の一つくらいこぼれる。
さらに追い打ちをかけるように魔族による包囲が解けていない。今だってご丁寧に数人の魔族に囲まれたままだ。しかも集落に連れ込まれた事でさっきよりも状況は悪化している。
「あーあ、平和ってのは遠いなあ。『ゾディアック』でも『魔族領』でも人生の脅威って対して変わらない気がする」
「あんたの場合はかなり特殊だと思うけどね。『リブラ王国』の一件で自分から首を突っ込むのは止めたみたいだけど、トラブルの方から向かって来るんじゃもうどうしようもないのかもしれないわね。交通事故みたいなものよ」
「こほんっ。そろそろ話をしても?」
わざとらしく咳払いをして、この集落のリーダーの男は言う。
サラはともかく、アーサーは『モルデュール』を含めた装備品の一切を押収されていた。どっちみちここでは彼の言葉は絶対だ。向こうが話したいなら黙って聞く以外の選択肢はない。
「いつでも殺せるところを五体満足で連れて来たんだ。少しは真摯に聞いてくれ」
「先に言っておくけど『ゾディアック』相手に俺達は人質にもならないぞ。俺は『ジェミニ公国』に存在を消されてるからな。端的に言えば死んだことになってる」
「あたしだって万年貧乏の旅人よ。素性だって知れないあたしは簡単に見捨てられるわ」
「お前達の素性は知っている。説明しなくてもいい」
出鼻を挫かれた事に表情の一つでも変えると思っていたのだが、彼は用意していた言葉のようにさらさらと言う。
「アーサー・レンフィールドとサラ・テトラーゼ。『タウロス王国』でドラゴンを撃破したドラゴンキラーの二人で間違いないな」
「聞いたかよサラ。俺達ジャイアントキラーだけじゃなくてドラゴンキラーなんて異名も付いてるみたいだぞ。なんか凄いな」
「正直言ってちょっと恥ずかしいけどね。それに、そういう事ならアレックスがここにいないのが不服ね。あいつだってジャイアントキラーって呼ばれてるはずなのに」
おどけるように言ってみるがリーダーの男は構わずに、
「話を続けても?」
「その前に一つ質問。その事をどこで知った?」
どこまでも変わらない調子のリーダーの男に、アーサーは突然真剣な表情になって言う。
「俺達がドラゴンを倒したのを知ってるのは、あの時一緒に行動してたアリシアやニック達だけだ。あとはフェルトさんみたいな国のトップもだろうけど、そんな人達が魔族に情報を流すとは思えない。考えられるとしたらヴェルトくらいだ」
「……ふむ。やはり単なる馬鹿という訳でもないようだな。そうだ。君達の事はヴェルンハルトのヤツから聞いた。ま、正確には聞いたヤツに聞いた、という感じだがね」
「それで、危険因子の俺達をここで消そうって訳か」
「早とちりしてもらっては困る」
リーダーの男はようやく形式ばった調子を崩し、深く息を吐いてから続ける。
「一月程前、『人間領』からある兵器が送り込まれてきた」
十中八九、アーサー達も襲われたアレの事だろう。
大量殺人兵器を搭載した破壊兵器。単体から少人数相手に対して絶対的な力を誇る『対魔族殲滅鎧装』とはまた違った脅威の形。
「あれのせいで俺達の生活は壊れた。君達もあの街の惨劇を見ただろう? あれが日常茶飯事に繰り返されているんだ。ここにいる者達だって、ほとんどがそうやって住処を奪われた者達だ」
「……待ってくれ。それを俺達に言って何をさせる気だ?」
ここまで会話をすれば、彼らが言いたい事も分かっていた。
それを予想したうえで、あえてアーサーは訊き返す。
「君達にはこれを破壊して欲しい。無論、それに見合った礼はしよう」
「……」
予想通りの返しだったとはいえ、思わず言葉を失った。
それから浅く息を吐き、呆れの色を含ませて言う。
「……なんかさ、俺達の事を色彩豊かなレオタードに身を包んだ漫画のヒーローと勘違いしてないか? 俺達だって万能じゃない、あんな奇蹟をもう一度起こせって言われたって無理だ」
あれはドラゴンのような生体兵器とは違う、多くの命を奪うそれだけのために造られた大量殺人兵器だ。ドラゴンを破壊したからといって同じように破壊できると思われているならたまったものではない。
「だが君達だってまさか観光するためにわざわざ『ログレス』まで来た訳じゃないんだろう? またアレと遭遇するリスクを考えたら、ここで我々と一緒に破壊するのは悪い話じゃないと思うんだがね」
「ロー……魔王はどうした? 中級魔族や上級魔族は? こういう時に対処はしないのか?」
「彼らは下の者などに構ったりはしない。彼らは自分達の好きなように生き、気が向いた時にしか現れない。アレが『キャメロット』にでも行けば話は変わるんだろうが、そこに行くまでにまだいくつかの街や村が焼かれる。我々はそれを許容できるほど我慢強くはないのでね」
「……そしてあんたらの力だけじゃアレを止められないから、俺達に協力しろと?」
「正直言って我々だけでは手詰まりだったんだ。そこに噂を聞いていた君達が現れた。だから頼むよ。どうかあれの破壊に協力してくれ」
(頼む、か……)
頭を下げながらお願いする人の言葉がここまで空虚に感じられるのは初めての事だった。
人がお願いごとをする時に、半分以上が強制なんてのはよくある話だ。人は頼み事を断れれば十中八九不機嫌になる自分勝手な生き物だし、精神的に断れない状況を作ってから頼み事をするのも生きていくうえで重要な一つの技術なのだろう。それについて何かを言う事はしない。
だが、ここまであからさまだと逆に清々しかった。
周りには自分達を一〇回殺してもおつりが来るような力を持った魔族で固められている。そんな状況でされる頼み事を強制じゃないと受け取れるなら、それはもうお人好しとかじゃなくて本当に人として何かが破綻しているだろう。
アーサーは諦めたようにふっと息を吐いて、
「……俺達は魔王と話をするためにここまで来たんだ。あんたらの要望に答えたら、そこまでの道案内を頼めるか?」
「それぐらいなら安いものだ」
「ちょっ……アーサー!?」
あっさりと承諾したアーサーにサラが詰め寄る。その状況を魔族側は止めようとはしなかった。
「(アレを間近で見たでしょ!? どうやって破壊する気!?)」
興奮しながらも、サラはアーサーの耳元で小声を心がけて話す。
「(プランはまだ無い)」
「(だと思ったわ! 言っておくけど、今度こそ本当に死ぬわよ!?)
「(でもこの状況を切り抜けるにはそれしかないし……。それにアレを放置したままだと安全に先に進めないのも事実だ。別行動してるアレックス達の安全も気になる。それに……)」
アーサーは声のトーンを数段下げ、何かを噛みしめるように、
「(サラだってアレを見ただろ?)」
「(……)」
「(たしかに俺は『リブラ王国』の一件で自分から厄介事に首を突っ込むのは止めたよ。でも、あの光景を見て何も感じないほど薄情になったつもりはない)」
サラもあの光景に何か感じる所があったのか、それとも変化した後のアーサーの行動原理に思う所があったのか、先程のアーサーと同じように諦めた息を吐いた。
それから前向きに、問題点を提示する。
「(……でも、信用して大丈夫なの? あとになって裏切られたりしない?)」
「(ま、そこは当然心配になるよね。でも多分……)」
「その辺りの心配はするな、人間」
割り込むように、リーダーの男が口を開く。
「俺達は人間とは違う。一度した約定を反故にしたりはしない」
「今の言葉を聞いて安心したよ」
アーサーは不敵な笑みを浮かべてそれに応えながら、
「とりあえず俺のバッグを返してくれ。それから当然アレについての情報もくれるよな? 一応は協力関係なんだからさ」