122 魔族領の街
アレックスとシルフィーの初挑戦から明けた翌日、彼らの食事情はというと……。
「意外とイケるな虫の素揚げ。なんかクセになりそうだ」
「だろ?」
主食が虫となりつつあった。
人として色々と終わっていくような気がしたが、拘泥もしていられなかった。『魔族領』に入って魔族ではなく空腹に殺されそうになっているというのも奇妙な話だが、空腹とはそれほどの大敵なのだ。
「さて、と。腹ごなしも済んだ事だし、そろそろ本題に移るとするか」
アーサーは最後の一匹を口に放り込みながら言う。彼らは数日歩き通し、ついに最初の目的地に辿り着いていた。
彼らが最終目的地として設定していたのは『魔族領』、正式名称は『ログレス』。その首都である『キャメロット』だ。ただ首都は遠いので何度か街を通るつもりでいた。それが最初の目的地だった。
ただし、ここで根本的な問題が浮上する。
「で、そもそもテメェはどうやって中に入るつもりだったんだ?」
完全な丸投げもいいところだが、アレックスはアーサーに尋ねる。するとアーサーはおどけながら、
「考えてなかったって言ったら許してくれる?」
「一発で勘弁してやる」
「それが嫌だったから昨晩考えたよ」
だったらなんでわざわざ確認したんだよ、と拳を握り始めたアレックスの理性が弾けない内に、アーサーはその内容を話し始める。
「そもそも俺達って、なにで魔族を判断してる?」
「あん? んなの見りゃ分かんだろ。人と魔族じゃ身体的特徴が少し違う」
「まあ、それが普通だな。お前はビビの事を耳の形で判断した。血の気が多いヤツなら魔力の質でも判断できる。でも普通に暮らしてる魔族と人間を正確に区別するのって意外と難しくないか? もし体の特徴が隠されていて、敵意も無かったら判別なんてほとんど不可能だ」
「……おいアーサー、テメェまさか……っ!?」
アーサーの言いたい事が分かったアレックスが悲鳴に近い声を上げるが、アーサーは構わずに笑って続ける。
「正面切って中に入ろう。なに、ヘマさえしなきゃ問題ないよ」
とは言ったものの、さすがにフード付きのローブくらいは身に着けた。深く被って表情の半分が見えなくなるようにする。余計に怪しくなったような気がしなくもないが、とりあえず耳が見えなくなったので良しとする。
「……冗談じゃねえぞ」
魔族が闊歩する街の中をビクビクと歩きながらアレックスが呟いた。
「あり得ねえ……。マジであり得ねえって」
「さっきからうるさいなあ。いい加減腹を括れよ」
「いや無理だろ。これバレたら死ぬんだぞ!?」
「アレックスって妙なところで小心者だよね。ビビだって平気な顔して村を歩いてたんだ。お前も少しは見習え」
「それはロケットを握らなくてもビビの話をできるようになってから言いやがれ」
いつも通りの軽口を叩き合うと調子を取り戻したのか、それとも諦めたのか、アレックスは大きく息を吐くとぶつぶつ言わなくなった。
代わりに、
「それでこの後は?」
「お前は本当に他人任せだよな」
「自分だけが違うような言い方すんじゃねえぞ。テメェだってそうだろうが」
「だって、か。自分から認めたな」
「やっぱり訂正してやる。テメェは人任せだ」
『魔族領』の往来で取っ組み合いを始めようとする馬鹿二人を、結祈とサラが強引に止める。
「はあ……呆れたわ。あんたらってところかまわずイチャつくわね」
「えっ……アーサーってもしかしてそっちの趣味?」
「「違うわ!!」」
「ほら息ピッタリ」
「むむう……これはワタシも男装とかした方が良いのかなあ?」
仲裁に入るはずが、馬鹿が四人に増えただけだった。シルフィーだけが少し離れた場所で半笑いを浮かべている。
「おっ? どうした兄ちゃん達。痴情のもつれか?」
すると大柄の魔族の男が愉快そうに話しかけてきた。アレックスはすぐに身構えたが、アーサーは普通の人間と話すような調子で、
「おいおっさんすっこんでろ。これは痴情のもつれじゃなくて俺の尊厳を守るための戦いだ」
……まあ、これが普通の人間と話す調子ならそれはそれで色々と破綻しているとは思うが。
「はっはっは! つれねえこと言うなよ兄ちゃん。こう見えても俺は痴情のもつれに関しては百戦錬磨だ。今だって浮気が原因で女房に追い出されてきた所だからな」
「あんたの話は聞いてないんだよこのダメ亭主!!」
その一言がよほど胸に刺さったのか、大柄な男はその場に崩れ落ちてしまった。そんなにメンタルが弱いならわざわざ首を突っ込んでこなければ良いと思ったのだが、ここでまた声をかけると話が長くなりそうだったので、早々にその場を立ち去る。
「……なんか、魔族にも色々いるんだな」
「そんな事は分かってただろ。まあ人間ってバレなかっただけ良しとしとこう」
改めて見てみると、賑わいの模様は『アリエス王国』に似た感じだった。少数だけど全ての人達が隣人で助け合っている印象だ。もしかすると、先程のおっさんもそう言った風習の表れなのかもしれない。
ただまあ、とりあえずそれは置いといて、
「そろそろ情報収集と行こう。本来、それが目的だった訳だし」
目的はまず使える通貨の確認。これが『ゾディアック』と同じだとかなり助かる。
次に『キャメロット』への正確な道順。大まかな方向はアユムに聞いていたが、これも分かればかなり助かる。
先程のおっさん以外で話をできるような適当な人物を探す。すると結祈がおもむろにアーサーの袖を引っ張った。
「お、見つけたか?」
振り返ったアーサーが結祈を見ると、彼女は人を探しているどころか不安げな顔で首を横に振っていた。そして突然こんな事を言う。
「……アーサー。なにか変だよ」
「変? 一体何が……」
言いかけて、アーサーも気づいた。
体の芯に響く重低音がどこからか鳴っているのだ。
これが『ゾディアック』ならどこかで重機か何かが動いているかもしれないから何の問題もなかった。けれどここは科学とは相容れない魔族が住む『魔族領』だ。銭湯で裸でも違和感はないが、それが街中となると異常者となってしまうようにこの状況は異常なのだ。
「……みんな、急いでここから逃げて」
自然魔力感知によって遠くで起きている事をいち早く感知した結祈は顔を青くしていた。
「なにかが来る!!」