121 一番最初のチャレンジ
懐かしき私達『ディッパーズ』の物語の一端は、アユムの口から彼らに告げられました。
リンク・ユスティーツ
ローグ・アインザーム
リーベ・ヴァールハイト
サクラ・S・ユスティーツ
レーナ・アヴニール
ネスト・フィンブル
アナスタシア・セイクリッド
わたし達七人は世界を救うために『ディッパーズ』を結成し、長い戦いをしてきました。
その結果を一言で表すなら、失敗……という事になるのでしょうね。どんなに悲しい事実だったとしても、それが現実です。
そして、一緒にそれを経験したアユムはアーサー・レンフィールド達に希望を託したようですね。いつか世界を救えるように……と、その祈りの答えを見つけられたのですね。
アーサー・レンフィールドとその仲間達は『魔族領』へと向かいました。ローグ・アインザームの待つ『魔族領』へと。
わたしが知覚できない『ゾディアック』の外で、彼らがどんな運命に立ち向かっていくのか、わたしには想像する事しかできません。
ですがきっと、あなただけはそれを知っているのでしょうね、愛しい人。
◇◇◇◇◇◇◇
『ゾディアック』を歩くのと『魔族領』を歩くのとでは、決定的に違うところがある。
まず第一に、常に命の危険が付きまとうという事だ。魔族に会えば即終了、精神を擦り減らす緊張状態が延々と続く。
次にこちらの方が大事なのだが、食料の確保が困難という事だった。
「……ヤベえって」
「うるさい。ちょっと黙ってろ」
久しぶりに剣呑な雰囲気のアーサーとアレックス。その原因は明白だった。
「現実から目を逸らすの止めようぜ! 俺ら完全に食料危機に陥ってるからな!?」
彼らはまさにその問題に直面していた。
『魔族領』に入ってから早数日。『ゾディアック』にいた頃のように食料の確保が上手く行っていないのが現実だった。
「……予想外だったわ。まさかこんなに動物が少ないなんて思わなかったわ」
「魔獣なら沢山いるんだけどね。まあ食べられないから意味ないけど」
「さすがに魔獣を食べる訳にはいきませんもんね。食べたこちらが死んでしまいます」
「……ちくしょう。こんな食料危機は『ジェミニ公国』以来だぜ」
ここのところカロリーチャージしか食べていない彼らの疲弊は中々のものだった。それに頼みの綱のカロリーチャージも既に切れ、今日は朝から水以外何も口にしていない。口調の端々から隠しきれないストレスを感じる。
「そういえば結祈と初めて会った時は空腹で行き倒れてたんだよな。今思うと懐かしい」
悪い空気を変えようと、アーサーはそんな話を振る。
日数的にはそんなに経っていないはずなのだが、『ジェミニ公国』にいた頃がもう何年も昔の事のように感じられる。
「あはは……今更だけど、思い返すと恥ずかしいね」
言葉通り恥ずかしいのか、結祈ははにかみながら言う。
しかしアーサーの会話の意図を察せなかったアレックスは、ため息交じりにこう言う。
「思い出話も良いが、状況の打開策を立ててからにしてくれよ」
どこか投げやりな調子で、だったら自分で考えろと文句が飛んできてもおかしくなさそうな感じだが、これも適材適所の結果だ。彼らの中ではこういう事態で打開策を出すのはアーサーの役目だと暗黙の了解みたいなものができあがりつつあるのだ。
そしてアーサーはアーサーでその期待に応えるように、
「そうだな。そろそろ本格的に最終手段を頼るとするか」
「あん? 良い案があったのかよ」
「まあね。丁度暗くなってきたし、今日はこの辺りで休もう。アレックスとシルフィーは寝床の準備でもしながら待っていてくれ。結祈とサラはちょっと手伝ってくれ」
「何をする気だ?」
「夕食の確保だよ。端的に言えば肉系かな?」
その言葉にアレックスは歓喜の声を上げた。
アーサーはシルフィーの持つ異空間収納の魔法付与が付いてる指輪からカゴだけ出して貰い、それを持って三人で森の奥へと消えていく。
取り残されたアレックスとシルフィーはどうでも良いような雑談を交わしながら、言われたように五人分の寝床を用意しながら三人の帰りを待つ。そして数十分ほど待っていると、出て行った方角から三人揃って満足気な表情で帰ってきた。
「随分と時間がかかったな。それで、首尾はどうだったんだ?」
「上々。むしろ予想より良かったよ。やっぱり『ゾディアック』よりも『魔族領』の方が良いって事もあるんだな」
「で、何を取ってきたんだよ」
アーサー、結祈、サラの明るいテンションに釣られるように、アレックスとシルフィーも笑顔になる。そしてアーサーは勿体ぶる事はせず、カゴを二人の顔の前に持っていく。
「ではこちらが本日のメニューです、じゃじゃん!」
アーサーが見せたカゴの中身。
そこにあったのは、カゴいっぱいに蠢く黒くて小さい昆虫の群れだった。
「ひゃっ……!?」
あまりにもグロテスクなカゴの中身にシルフィーが短い悲鳴を上げるが、アーサーは軽く笑いながら、
「いやー、虫ってのはやっぱり良いね。『ゾディアック』だろうと『魔族領』だろうと基本的には変わらないから安心して集められたよ」
「いや馬鹿じゃねえの!? 本当に馬鹿じゃねえの!! 自信満々に飛び出して行って取ってきたのが虫系かよ! ダメだってこれ、そもそも肉じゃないじゃん。ほとんど汁じゃん! シルフィーなんてさっきから言葉失ってるぞ!!」
自然と共存しているエルフなら口にした事もあるかと思ったが、そもそもシルフィーはお姫様で、年齢だって一七歳でエルフじゃかなり若い部類に入る。そういった事とは今まで縁が無かったのかもしれない。
対してアーサーは本で読んだ内容を興味本位で試した事があるし、結祈も忍としていついかなる場合でも生き残れるようにサバイバル経験は詰め込まれている。サラも一人で旅をしていた頃に食料危機に陥った時に虫を食べていた経験もある。
つまりこの場において虫を食した経験がないのはアレックスとシルフィーだけで、少数派という奇妙な状況ができあがっている。
「まあまあ、虫ってのは捕まえやすくて簡単に取れるタンパク源なんだよ。ぶっちゃけ味だって悪くないし、美味くするための調理だって簡単だし、残骸が残らないから魔族に場所がバレるリスクもないし、良い事づくめなんだよ」
「ビジュアルが気持ち悪いってだけでそのプラスが全部マイナスになるんだよ!!」
吠えるように叫ぶが、どうしようもなかった。
そもそもの比率が三対二、どうやっても覆せる材料がない。元来、民主主義とはそういうものだ。アレックスとシルフィーに取れる選択肢といえば、このまま妥協するか夕飯を抜かれるかの二択しかない。
「さーて、こちらに食用の油がありまーす」
「こっちに金属のポットがあるよ」
「『火の魔石』も準備済みよ」
「「「さあ、虫の素揚げを頂きましょう!!」」」
「勝手に進めるなよ悪食共が! あーもう、こいつら本格的にゲテモノに逃げやがったよちくしょう!!」
アレックスとシルフィーがいくら乗り気じゃなかろうと、三人のグロテスクな料理は始まる。
『火の魔石』で火を熾し、金属のポットに注いだ食用の油を煮えたぎらせ、その中に生きたままの虫を躊躇する事なく投入していく。そしてみるみるうちに虫の素揚げというゲテモノ料理ができあがっていく。
「……ちくしょう。匂いだけはいっちょ前に美味そうなのがムカつくぜ」
「はいアレックス。お前はビジュアルにうるさかったから何匹か合わせてかき揚げ風にしてみたぞ」
「マジでふざけてんじゃねえぞ!? 余計に気持ち悪い事になってんじゃん!!」
「……ひょっとしてすり身の方が良かった?」
「それをやり始めたら俺がテメェを三枚に下ろしてやるからな。絶対にやるんじゃねえぞ」
とは言ったものの、こうして並べられると空腹のお腹に食欲を掻き立てられるから不思議だ。アーサー、結祈、サラなんかは先にパクついている。それも美味しそうに、だ。
「……くそ。俺達も行くしかないのか」
アレックスとシルフィーは一度だけ目線を交差させる。そしてどちらからともなく頷き合うと、意を決して虫の素揚げを手に取って口へと運んでいく。
さて、ビジュアル最悪のゲテモノ料理のお味は如何ほどか……?
ありがとうございます。
という訳で始まりました第八章! 今回は始めの話なので軽めの話にしました。虫を食べる訳なので人によっては忌避感を抱いたかもしれませんが、その辺りは絵が無かったから忌避感半減という事で勘弁していただきたいと思います。不快な思いをさせてたらすみません。