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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第七章 少し、昔の話をしようか Secret_Story.
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118 昔話をする前に

「ここがあんたの家……?」


 歩いてきたのは『魔族領』に近い森の、結界のすぐ側にある小屋のような家だった。外観も何の変哲もない普通の一戸建ての木造家屋のもので、広さだけで言うなら結祈の家の方がまだ大きいくらいだ。


「豪邸にでも住んでると思ってたのかい?」

「そこまでは思ってなかったけど……もう少しマシな場所に住んでると思ってた」

「ま、隠居生活なんてそんなものさ。とにかく中へ入ってくれ」


 そう言われても、突然呼び出されて合流したばかりのアレックスとシルフィーはイマイチ状況を掴めずに躊躇いがちだった。しかし他の三人は躊躇せずに入っていくので、その後に続く形で中に入る。

 内装は木造の円形のテーブルと椅子、食器棚が置かれていた。唯一と言って良い木造以外の物は冷蔵庫だけで、そのせいかごく普通の物のはずなのに異様な存在感を放っていた。


「……ミニマリストなのか、あんた」

「そういう訳じゃないけど、使わないものを整理したらこうなったんだ」


 アユムは言いながらテーブルに近づき、手を触れずに六つの椅子を同時に引いた。

 これについては驚きはなかった。『英雄譚』ではリンク・ユスティーツの力は手を触れずに物を動かすものだと書いてあったので、その伝承通りだからだ。


「……あんた、本当に五〇〇年前の勇者なのか……?」

「最初からそう言っているだろう? さあ、お茶くらいしか出せないけど遠慮せずに座ってくれ」


 アーサーはひとまず、目の前の男をリンク・ユスティーツだと認める事にした。

 そのうえで、人数分のお茶を用意するアユムに向かって恨み言のように呟く。


「……だったらなんで、あんたは『リブラ王国』にいながらあの事件を見過ごしたんだ」

「……」


 アユムはお茶を淹れる手を止めてアーサーの方を見た。それを確認してからアーサーは言葉を続ける。


「あんたなら、この前の一件だって俺や勇者が介入する前に簡単に解決できたんじゃないのか? 世界を救えるほどの勇者なら、それくらい……」

「買いかぶり過ぎだよ」


 どこか吐き捨てるような調子で言ったアユムは、テーブルに向かって手をかざした。すると先ほどの椅子と同じように手を触れずにテーブルが動き、宙に浮いた状態で制止した。


「ぼくのこの力は『物体掌握(マテリアル・ワン)』って言って、この机みたいに目で視た物体を自在に操作できる。……でも、今のぼくにはこれが精一杯なんだ」

「精一杯って……」


 勇者の力で動かせるものがテーブル一つだなんて、いくらなんでも弱すぎる。戦闘に使うならまだ『何の意味もない平凡な(42アーマー)鎧』の方がマシなくらいだ。

 その驚きはアユムにも伝わったのだろう。彼は自嘲的な笑みを浮かべて、


「全盛期の力なら、もしかすると国一つを浮かばせる事くらいはできたのかもしれない。でもぼくの力は衰えた。今では机を浮かせるので精一杯。そして、それは()()() も同じだ」

「それってさっきからちょくちょく出てくる人と同じなのか? というそもそも誰の事なんだ?」

「そこも含めて、ちゃんと説明するよ」


 アユムは六人分のお茶の入った湯飲みを浮かばせて運び、それぞれの席の前に置いて最初に席に着く。それに合わせるように、アユムの右隣からアレックス、サラ、アーサー、結祈、シルフィーの順で恐る恐るといった感じで席に着く。


「じゃあ話を始める前に、アーサー・レンフィールド。きみに訊きたい事がある」

「……?」


 突然の事に首を傾げるアーサーだったが、次に放たれたアユムの言葉で態度を一変する事になる。


「きみはなぜ、今も『リブラ王国(ここ)』にいるのかな?」

「っ!?」


 思わず椅子から立ち上がりそうになるのを必死に堪えた。

 額からは玉のような汗が噴き出してくる。


「ぼくはきみの大体の動きは視ていた。ある魔術でね。だからきみの目的も知っている。きみは魔王に会うためにここまで来たんだろう? その胸のロケットの持ち主が亡くなった時に、そう決めたんじゃないのか?」

「……」

「この前の事件が尾を引いてるのか? 言っておくが、あの結果はきみに全くと言って良いほど関係ない。あの事件はどう転んでもああなるように仕組まれてた。あの結末はきみが敷いたレールの先じゃない。あれはぼく達が招いた悲劇で、ぼく達が敷いたレールの先だ」

「……」

「落ち込むのは構わない。だがちょいと停滞が長すぎしないか? 今、ここで何か問題が起きたらどうする? そうやって停滞したまま黙って見過ごすのか? だったら期待外れも良いとこだ。もし選ぶのが嫌だっていうなら、他人の命を背負うのが怖いっていうなら、きみは正真正銘、勇者以上の悪党だよ。目の前で困っている人を見捨てるというのは、アーサー・レンフィールドらしくない」

「……っ!!」


 アユムの言葉を黙って聞いていた五人の内、ついに堪えきれなくなって動いた者がいた。

 アーサーの左に座っていた結祈が立ち上がってテーブルの上に乗り、袖から出した二本の短剣をアユムの首筋に向ける。


「おい結祈!?」

「結祈さん!?」


 アユムの左右に座っていて、目の前でその光景を見ているアレックスとシルフィーが結祈の突然の行動に驚きの声を上げる。

 しかし結祈は二人の方は見ず、真っ直ぐにアユムを捉えて口を開く。


「……アナタがどれだけ凄い人なのかは『英雄譚』を読んだ事があるから知ってるよ。でも、さすがにそれは言い過ぎだよ! アーサーがあの事件で一体どれだけ……っ!!」


 感情的に語気を荒げる結祈の言葉が終わる前、アーサーが右の拳をテーブルにたたき落とした。

 ダンッ!! 家中にその音が響きわたり、全員がアーサーの次の動きに注目する。


「アーサー……?」

「……うるせえよ」


 その言葉は、心配そうに声をかけてきた結祈に告げられたものではなかった。彼が見ているのは、彼女の先にいるアユムだけだった。


「俺らしくないだって……?」


 その言葉はとてつもなく低い声で発せられた。

 叩きつけた拳だけでなく全身に力が籠もっているのか、アーサーの体は小刻みに震えていた。まるで噴火前の火山のような佇まいの彼は、一度だけ奥歯をギリッと鳴らすと何かを吐き出すように叫びを上げる。


「ならあんたがっ、俺の! 何を知ってるっていうんだ!! 俺なんてこの間まで『ジェミニ公国』の辺境の村からまともに出たこともなかった普通の人間なんだぞ!? 勇者みたいな特別な力なんて何もない、魔力だってほとんど無い、今までは騙し騙しやってきただけなんだ! みんなの力を借りて、誰彼構わず手を差し伸べようとして、その結果がどんな影響を及ぼすのかを考える事も無く!! その様がこの前の事件なんだよ!!」

「アーサー……」


 結祈のようにアーサーの心中を聞いていなかったサラが、沈んだ声音でアーサーの名前を呟く。そしてテーブルの上で固く握り締められているアーサーの手の上に、そっと自分の手を重ねる。

 彼女の手のひらから伝わる熱でハッとしたアーサーは冷静さを取り戻した。それから少女の方を見て言う。


「……悪いサラ。大丈夫だ」

「それは良いけど……。お願いだから無理だけはしないでよ?」

「ああ、分かってる」


 アーサーが落ち着きを取り戻し、結祈も冷静さを取り戻した。二本の短剣を仕舞うとテーブルから降りて席に座り直す。

 なんだか嫌な空気になってしまったが、それを作り出した張本人であるアユムがアーサーに向かって頭を下げた。


「すまない。煽るような言葉を言った事については謝罪する。ただ、少しきみの本音が聞きたくてね。その取り繕った表情の裏にある本音ってやつを」

「……趣味が悪いな」


 こちらの全てを見透かしているような気味が悪い感覚は拭えない。まるで自分以上に自分の事を知っているように感じられるから不思議だ。

 アユムはアーサーのそんな感情さえも理解しているのか、嫌味に対して僅かな笑み浮かべ、


「ああ、理解はしてるよ。それにきみの葛藤もね。ぼくも()()()も昔、今のきみと同じように悩んでいた時期があったから」


 言いながら、アユムは自身で用意した湯飲みに口を付ける。

 その僅かな動作から、空気が変わる気配を感じた。

 いよいよ本題に入る、と全身に力が入って強張る。


「……少し、昔の話をしようか。五〇〇年前、この世界で何があったのかを」

ありがとうございます。

今回の章も半分を超えました。あと二話、お付き合い下さい。

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