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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第六章 それが最善の救済手段 Was_It_Worth_It?
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114 理解者からの贈り物

 その声の主は近衛(このえ)結祈(ゆき)。数時間前、仲間達の中で唯一アーサーを送り出してくれた人物だった。


「……大変な一日だったね」


 いつもなら安らぎをくれる声のはずなのに、それが今では酷く空虚なものに感じられてしまった。


「……他のみんなは?」

「宿屋を取って休んでるよ。……アレックスは特に後悔してた。俺があの時止めてるか、追いつけていればこんな事にはならなかったのに、って」

「……何が起きたのかは知ってるのか?」

「どのチャンネルのニュースでもひっきりなしにやってるよ。勇者が『ゾディアック』を救ったって、人質の事には一切触れずに」

「そうか……」


 少し手遅れな感じもあったが、みっともない姿を見せたと思い、涙を拭って目を閉じる。

 それからいつものアーサー・レンフィールドに戻るために、自分の中でスイッチを切り替えるように数秒使ってゆっくりと深く息を吐いてから目を開く。


「……じゃあ帰るか。こう見えても病院を抜け出して来たんだ。バレてなきゃ良いけど……」

「……アーサー」

「それからアレックス達にも謝らないとな。喧嘩別れしたままだし、何か土産の一つでもあれば許してくれるかな。結祈はどう思う?」

「……アーサーってば」

「それともせっかく二人だし、いつもみたいにデートでも行くか? 俺はどうせ眠れないだろうし、朝になるのを待ってからどこか喫茶店でも……」

()()()()

「……っ」


 一際強い口調で名前を呼ばれた事に、アーサーは思わず息を飲んだ。

 恐る恐る結祈の目を見ると、そこには悲哀の色が見て取れた。まるで自分の心の全てを見透かされているような気がしてくる。


「ワタシの前でまで、無理しないでよ……」

「俺は別に無理なんて……」

「今のアーサーはまるで、誰にも本音を打ち明けず、相談もせず、ただ一人で殺人を繰り返してたあの日までのワタシを見てるみたいだよ」

「……」

「あの時、ワタシはアーサーに救われた。話をするだけでも、人が救われるって教えてくれたのはアーサーなんだよ? だから―――」

「ああ、そうだな。お前の言う通りだよ」


 結祈の言葉を遮るように、アーサーは微笑を浮かべてそう言った。しかし、その目は深い闇を移したままだった。


「……有頂天になってたんだ」


 その瞳の色に覚えがあった結祈は、何か言葉を掛けなければならないと焦燥にも似た思いを感じていた。しかしその前にアーサーが言葉を発してしまい、その機会を逃してしまう。


「『タウロス王国』の悪事を暴いたから。『アリエス王国』の戦争を終結させたから。そんな事実が次も上手くいくなんて保証になる訳でもないのに、自分の力を見誤った。所詮はどこにでもいるごく普通の少年で、国がらみの大事(おおごと)を何度も解決できる力なんてどこにもなかった。そんな当たり前の大前提も忘れて、自分の力を過信して、結果的に目の前で起きた悲劇に叫ぶ事しかできなかった」

「でもそれは結果論で……」

「確かに結果論だ。でもそんなのは今までだってそうだった。お前の言っていた通り、俺は遂に踏み外したんだよ」


 アーサーの言いたい事はそれだけだったのか、張り付いたように動かなかった墓石の前から立ち上がった。

 日の出が近いのか、暗かった頭上の空はいつの間にか青白くなっていた。朝方の淡い独特の光が照らしたアーサーの表情は、見ている方が苦しくなるくらい淡泊なものだった。

 それを見た結祈は息を詰まらせてしまった。

 なぜこうなる前になんとかできなかったのか、と酷く後悔した。

 そして言葉が出ない代わりに、結祈の頬を熱い何かが伝っていた。


「……何で泣いてるんだよ、結祈」

「……アナタが悲しんでるからだよ、アーサー。アナタが悲しんでるのに涙を流さないから、ワタシは泣くんだよ……」


 結祈は止まる事なく溢れる涙を拭おうともせず、そう答えた。

 そんな理解者の流す涙が、アーサーにはとても大切なモノのように思えた。

 それなのに。

 アーサーの心に空いた穴は埋まらなかった。その穴に空虚な風が吹き抜けていくような、白けた印象すら持っていた。


(……最低だな)


 凍り付いたアーサーの表情が僅かに動いた。しかしそれは結祈の涙に心を動かされた訳ではなく、その涙に心を打たれない事を嫌悪したからだ。


「……確かにアーサーは今回、悲劇を止められなかったのかもしれない」


 けれどそんなアーサーの心境には気づかず、結祈は涙で濡れた表情で呟くように言う。


「でもこれまで、アーサーは大勢の人を助けて来た。起きていたかもしれない悲劇を止めて来た」

「でもそれは一側面だけだった。俺の知らない所で、涙を流してる人達も大勢いたはずだ。俺はそれを見捨ててここまで来た」

「……それは仕方の無い事だよ。アーサーは神様じゃない、ただの人間なんだよ? この世界の全ての悲しみを解決できる訳じゃない。それはきっと、一人で魔族の大群を倒せる勇者だって同じ事なんだよ」


 それは当たり前の事だった。アーサーの体は一つしかないし、人を救う以前に気づけないものは救えない。

 それが強欲な思想だと、アーサーも自分で分かってはいた。


「……それでも、俺は救いたかった。せめて目の前で苦しんでいる人達くらいは、救いたかったんだ……」


 こんな結末になってもそれを捨てられないのは、やはりそれがアーサーの本質だからだろうか。

 彼は自分でも意識していないどこかで、それを捨ててしまえば自分自身を殺してしまう事になるのを感じ取っているのかもしれない。


「……他の人がどうかは分からない。でも、少なくともワタシはアーサーに救われたよ」


 理解者のその言葉が、アーサーの胸の中心に突き刺さった。

 驚いたように目を見開くアーサーに、結祈は言葉を重ねていく。


「あのね、アーサー。もし勇者があの時のアーサーと同じ場所にいて、全く同じ事を言っていたとしても、ワタシは復讐以外は何もない哀れな人のままだったよ? あの時、同じように苦しんで、それでも前に向かって生きようとしてたアーサーの言葉だったから、ワタシは救われたんだよ?」


 結祈はかつての自分を救ってくれた少年の心を救うために、真摯に言葉を紡いでいく。


「人を救うっていうのは、力の有る無しなんかじゃない。その人の心の傷をどれだけ理解してあげられるかって事なんだよ。それは勇者にはできない、ごく普通の少年のアーサーにしかできない事なんだよ」

「でも俺は昨日、誰も救えなくて……」

「『タウロス王国』や『アリエス王国』じゃ沢山の人を救った。『ポラリス王国』でも誰かを助けられたんでしょう? 助けられなかった人達だけじゃなくて、助けられた人達の事も思い出して。もしそれでも自信が持てないなら、ワタシがいつでも言うから。アナタに助けられた人は確かにいたんだって、アーサーに救ってもらったワタシが何度でも言うから!」

「結祈……」


 アーサーは結祈の名前を呟いた。

 彼女が与えてくれた言葉で、自分の内側に暖かい何かが生まれたのを確かに感じ取っていた。


「……ありがとな、結祈。お前にはいつも、救われる」


 けれど、そう言ったアーサーの瞳に光が戻る事は無かった。そしてこの時、アーサーはある少女との会話を思い出していた。

 それは『アリエス王国』での戦争前日の夜の会話の一つ。

 人は必ず立ち直れると言っていたエルフの少女の言葉を、この時のアーサーはどう感じていたのだろうか。

ありがとうございます。

今回はいつも誰かに説教をしているアーサーが、結祈から言葉を贈られる話でした。

今回の章ではいつもと違うアーサーを出してきました。いつも頼る仲間達とはぐれるのではなく仲違いを起こし、いつもは率先して動くところをデスストーカーに委ねる場面も多かったと思います。第五章では『モルデュール』を使えず、第六章では本質を発揮できなかった訳です。そして彼の心を折るにはどうするかを考えた時に、ビビの時のように身近な人を殺すのではなく、彼の信念ごと心を折りに行ってみました。今回は立ち直るまでちょっと時間がかかりそうです。

次回で第六章も最終話です。……結局行間を合わせると一二話になってしまった。

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