113 名も刻まれぬ墓前で追悼を It_Wasn't_Worth_It.
……あの後からの記憶は曖昧だった。
駆け付けた警官隊にデスストーカーから引きはがされ、病院で怪我の治療を受けた後に念のための検査入院を言い渡され、そのままベッドの上で警官隊による事情聴取が始まり、気付いた時には深夜になっていた。
それから『ポラリス王国』の時と同じように、荷物を持って病院を抜け出した。
意識が無いようなおぼつかない足取りで、彼は導かれるようにどこかを目指していた。
やがて彼が辿り着いた場所は、病院から意外と離れていない『リブラ王国』の郊外にある墓地だった。
目的の人物の墓の正確な場所が分からないので、しらみ潰しに探していく。
彼が探している名は、ローズ・グラッドストーン。デスストーカーの奥さんの名前だった。
「……ぁ」
突然それが目の前に現れた時、思わず間の抜けた声が出た。
当然といえば当然の事なのだが、予想外に他の墓石と同じような御影石でできたものだった。
「……」
アーサーは墓石の前で両膝を地面に付いて座った。そしてデスストーカーから預かった鍵をポケットから取り出し、それをローズの墓石の前に静かに置く。
「……ローズさん、ごめんなさい。俺は、あなたの夫を助ける事ができませんでした」
頭を下げながら、重い溜め息をつくように息を吐いた。
「……それから、これはおそらくあなたの夫が言いたかった事です」
どうにも歯切れの悪い口調で、アーサーは続ける。
「ただいま、と。……本当なら直接ここに来て言いたかったはずです」
いや、きっとデスストーカーには分かっていた。最初に彼自身が言っていたように、アーサーに協力すると決めた時点で、彼はここには絶対に来れないと悟っていた。だからこそアーサーにこの鍵を託したのだろうから。
復讐を遂げたうえで、家屋もドアも無い場所へと帰って来たかったデスストーカーは、もうここにはいない。無論、その胸中を知る術もアーサーには無い。
「……ビビは人が死んだ後、魂は世界の魔力の一部になって永遠に巡るって言ってた。だからデスストーカー。もしかしたらアンタもそこにいるのかな……?」
そうだったら良いな、とアーサーは考えていた。
そう思いながら、アーサーはポツポツと語り始める。
「……俺も今まで、色んな事をしてきたよ」
今度はローズではなく、そこにいるかもしれないデスストーカーに語り掛ける。
「本当に色んな事をしてきたんだ。『ジェミニ公国』で中級魔族を倒したり、『タウロス王国』で自分の何十倍もある大きさのドラゴンを撃破したり、『アリエス王国』では大量の魔族の侵攻を止めた。『ポラリス王国』でもアウロラを助けるためにラプラスと色々やったよ。まあ、概ねどれも良い結末を迎えられたと思う」
アーサーの主観では、今まではそう見えていた。
「正直言って、アレックスの言う通り関わらなくても良い事件ばっかりだった。でも何か問題が起きると、誰かが理不尽な目に遭うと思うとじっとしていられないんだ。じっとしていられたら良いんだろうけど、胸の内から何かが込み上げて来て、俺を突き動かすんだ」
アーサーは胸の真ん中に手を当てて、服ごとその下にあるビビの形見のロケットを握り締めながら続ける。
「そこで色んな人達と出会って来たんだ。意外と王様とかお姫様とかが多くて変な感じだけど、どれも大切な出会いだったよ」
村を出る前の知り合いと言えば、片手の指に収まる程度の人達しかいなかった。
だからこそ、この旅を始めて一番の収穫はそれだったと、今のアーサーはそう断言できる。
「……お前との出会いも、俺にとっては大事なものだった。『ジェミニ公国』で会った結祈って女の子がいてさ、クロネコと話をしてた時に言ってた気になる女の子なんだけど……そいつは俺の理解者なんだ。ある意味ではずっと一緒にいたアレックス以上に」
それは普段、絶対に口にしないような事だった。
「でもアンタは二人とも違う、上手く言えないけど深い部分で通じている何かがあるように感じてたんだ」
思わず本音が漏れたのは、傷心という理由もあっただろう。
しかし、一番の理由はそこだった。
最初に分かり合えないとは言ったが、それでもアーサーは最初に会った時点で、どことなく自分と同じ匂いは感じ取っていたのだ。
「アンタは俺の友人だ」
最初は嫌悪していたはずの相手に、アーサー強い語気で友人と言い切った。
「アンタは俺の仲間じゃなかった。ただ成り行きに任せて、一緒に行動していただけの運命共同体だった。でも、アンタは間違いなく俺の友人だよ。……できればもっと話をしてみたかった」
それは叶わない願い。アーサーもそれは分かっている。
それから続けるように、唇を噛みしめながら一度ぎゅっと目を瞑り、懺悔の言葉を口にする。
「……すまない、デスストーカー。お前を巻き込んだのは俺だ。お前を死なせてしまったのも、こんな結末を招いたのも俺のせいだ。俺は誰かを救えると思っていて、でもその実ただ破滅へのレールの上を歩いていたに過ぎなかった。そしてそのレールを敷いたのも、他でも無い俺自身だったんだ!」
ずっと抑えていた感情が爆発して、徐々に語気が荒くなっていく。
アーサーもその事を自覚していたが、もうそれを抑えようとはしなかった。
「こんな事なら最初から一人でやっておけば良かったんだ!! 俺はいつも、誰かの助けを借りてやってきた。そうして少しずつ人の輪ってのを広げていった。俺はずっと、それを良い事だと思ってきた! でもそれは言い換えれば、俺の勝手な自我に関係無い人達を巻き込んできただけだったんだ!!」
それは今までの自分の行動を否定するものだった。
それほどまでに、今回の一件はアーサーにとって大きい。
妹達に立てたはずの誓いも、『アリエス王国』でフェルトと会話して決めた事も、その全てが揺らいでしまうほどに。
「それ以上の罪があると思うか? お前ならどう答えた!? 俺はもう、自分の事が悪党にしか思えない!! 人質ごと全てを消し飛ばした勇者以上に、今回の件で最も裁かれるべき人間は俺なんだ!!」
そう言う彼の目からは涙が流れていた。最初は一滴ずつポロポロと、それがやがて堰を切ったようにボロボロと止め処なく流れ始めた。
「本当はっ、最初の時点で! こうなる事は分かっていたんだ!! それなのに俺は目を逸らし続けた! 自分の行動が誰かのためになると信じて、一刻も早く事態を解決できるように走り続けた! 俺にはそれしかできなかった。そのためなら武器を奪う事にも躊躇はなかった。アンタに無理強いもした!」
嗚咽混じりの上手く聞き取れないような声で、それでもアーサーは吠えるように言葉を連ねていく。
「でも、それはアンタだったからだ! アレックスでも結祈でも、アンタと同じようには行動できなかった。俺はもっと手前のどこか挫けていたはずだ。あの場にいたのが他でも無いアンタだったから、俺はあそこまで動けたんだ! ……ただ最後に、これだけは言わせてくれ。全部が手遅れで、こんな言葉には何の意味も無くて、もうアンタには届かないだろうけど、最後にこれだけは言わせてくれ!!」
一度息を吸い込み、それから吸い込んだ息を一言で全て吐き出すようにして、最後の言葉を放つ。
「意味なんて、なかった……っ」
振り絞るように放たれたその言葉は、デスストーカーの最後の問い掛けに対する答えだった。
もう全て終わってしまった後で、どうあっても変えられない一つの真実を告げる言葉だった。
しかし。
「……そんな事言わないでよ、アーサー」
と。
突然、横合いからそんな言葉が飛び込んで来た。
ありがとうございます。
今回のタイトルにある【It wasn't worth it.(そんな価値は無かった)】は、章題の【Was it worth it?(それに価値はあったか?)】に対するアーサーの答えになっています。
今回はアーサーの独白でした。彼の台詞は第二章のビビの時とは違い、ここまでの旅があったからこそ吐き出された本音だと思って頂ければ。