111 寄り道からの戻り道
デスストーカーと別れたアーサーは、単身で指定されていた玄関ホールへとやってきた。
そして現在、アーサーは捕まっていた少女の隣で同じように、愛用していた奪った盾とウエストバッグを取られて銃口を向けられながら座らさせられていた
『貴様が協力者だな。グラッドストーンはどこにいる?』
『もうここにはいない。その子を放せ』
そんな風に一言二言会話をした後で、一斉に襲い掛かって来た『レオ帝国』の特殊部隊に成す術もなく簡単に捕まった。
彼はこれまで、その身に余る様々な事件を解決に導いてきたが、本質はどこにでもいるごく普通の少年だ。武装も数も敵わない相手に勝てる道理はどこにもない。
「……大丈夫ですか、お兄さん?」
「……心配どうも。それよりそっちは?」
「わたしは大丈夫です。お兄さんほど手荒な事はされてません」
「それは良かった。……にしてもあの野郎、容赦無く殴りやがって。後で絶対泣かせてやる」
助けに来たはずの少女に心配される光景はなんとも滑稽だったが、アーサーはこの状況に焦ってはいなかった。
「心配するな」
一歩間違えれば殺されるかもしれない状況だというのに、まるで小さな子供に言い聞かせるような優しい口調だった。
「すぐ家に帰してやる」
彼の表情は何かに期待している類いのものではなかった。
この状況が変わる事に確信を持っている、そんな風だった。
しばらくは今後の動きについてでも話している『レオ帝国』の特殊部隊を観察するだけの膠着状態が続き、やがてアーサーの待ち望んだ変化が訪れた。玄関ホールの入口から『リブラ王国』の警備組織が入って来たのだ。
「『レオ帝国』! これ以上の勝手は止めて貰おうか!!」
「おやおや『リブラ王国』。遅い到着の割りに態度がでかいな」
両部隊が一触即発の光景を目の当たりにしながら、アーサーは内心でほくそ笑んでいた。
(やっと来たか『リブラ王国』。本当に遅かったぞ。敵の敵は味方って訳じゃないけど、この状況を利用させて貰うぞ)
アーサーは気取られないように、ゆっくりと少女の盾になるように体を移動させながら少女の耳元で囁く。
「ちょっと伏せててくれ」
「???」
訳の分からないといった顔をしている少女に構わず、彼はすぐに行動に移った。
奪われたウエストバッグ。その中にある『モルデュール』をバッグごと爆破させたのだ。
アーサーの『モルデュール』は手榴弾のようにピンを抜く必要も、プラスチック爆弾のように電気信管を差して信号を送る必要も無い。彼の『無』の魔術、魔石の遠隔起動で爆破できる。だからたとえ奪い取られて物理的に距離が離されても全く問題無いのだ。
「今の内に逃げよう! さあ、立って!!」
アーサーは少女の手を引いて立ち上がらせた。
突然の爆発に、『レオ帝国』も『リブラ王国』もお互いのせいにして混戦を始めた。
その混乱に乗じて逃げる為に、『モルデュール』という武器を失った代わりに爆破で吹き飛んでいたユーティリウム製の盾と短剣を取り返し、出口へと走る。
「っ!? ヤツらが逃げたぞ!!」
「そりゃバレるよな」
しかし、そう全てが上手くいく訳でもなかった。この状況でも冷静な人は冷静で、迅速にアーサー達を再び捕らえるために動き出す。
とりあえず短剣を構えはするが、所詮彼はただの村人で、相手は訓練を積んだ特殊部隊。近接でやり合ったとして勝てるビジョンがまったく浮かばない。
さてどうしたものか、と思考を回し始めた所で、割り込むように叫び声が上がった。
「伏せろ!!」
その声を聞いて、アーサーは咄嗟に少女を抱き寄せながら盾を構えて身を隠した。
叫び声がした方から飛んできたのは鼠色の固形物。それはアーサーにとって馴染みの深い物だった。
その正体は使い切ったはずの『モルデュール』。それを確認しながら、アーサーは躊躇う事なくそれを爆破した。
目の前で起きた爆発にたじろぐ『レオ帝国』の特殊部隊に見向きもせず、アーサーは少女を脇に抱えるように持ちながら、叫び声が上がった方に向かって走る。そこにいたのは予想通り、先刻別れたはずのスーツ姿の男だった。
「デスストーカー! アンタ先に行ったんじゃないのかよ!!」
「お前一人じゃどうにも心配でな。ついでに預かっていた爆弾を使ってしまった」
「構わない。正直助かった」
二人から三人に増えて逃走を再開する。しかしデスストーカーが向かっていたのは玄関ホールの入口ではなく、二階へと続く階段だった。
「おいデスストーカー。二階に上がってどうするつもりだ!?」
「この混戦じゃ出入口は使えない、二階の窓から飛び降りる。なに、死にはしないさ」
「俺達じゃなくて女の子もいる事を忘れてないか!?」
「お前がクッションになれ。ほら、無駄話をしていると前から来たぞ」
階段を駆け上がりながらデスストーカーが見据えた先、二階で待機していたらしい『レオ帝国』の特殊部隊が二人、道を阻むように銃口をこちらに向けて立っていた。
「止まれ! さもなくば即座に撃つぞ!!」
「悪いが無理な相談だ。『お前が止まれ』」
デスストーカーの言葉には妙な力強さがあった。そして勧告をした方の男が、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。
デスストーカーと会話した事により、彼の魔術の効果で体の自由を奪われたのだろう。それに気を取られたもう一人の男を、デスストーカーは素早く取り出したハンドガンで狙い撃つ。
パパパン!! と軽い発砲音が三度鳴り響き、男の両足の腿と右肩を撃ち抜いた。
「手慣れてるな」
「伊達に逃げ続けて来た訳じゃないからな」
二人は軽口を叩き合いながら倒れて呻き声を上げている二人の間を通り抜け、階段を一気に駆け上がる。そしてアーサーは少女を脇に抱えたまま盾を前に突き出し、デスストーカーは両手を顔の前で交差させながら減速する事なくガラス窓に突撃した。
奇妙な感覚の浮遊感が体に襲い掛かる。
そして眼下を見てすぐに、二人は予定が狂った事を瞬時に理解した。
二人は地面を転がるように着地する事で威力を殺そうとしていた。しかし、自分達の着地予定地点には路上駐車をしている車があったのだ。
普通の一軒家のような二階の高さならそのまま落ちても問題は無かっただろう。しかし博物館の二階は普通の建物の二階よりも高い。このまま受け身を取れずに車に直撃したら怪我は避けられないだろう。
しかし、今更落下を止める事はできない。
デスストーカーの体は車に直撃した後に不自然に跳ね、路上へと背中から打ちつけられるように落ちた。幸い意識も保っていて無事ではあったが、強い衝撃を背中に受けたせいかしばらく喘ぐように浅い呼吸を繰り返していた。
アーサーは体と車の間に盾を挟み込んで落下の衝撃を殺そうとした。ユーティリウム製の盾は狙い通りに衝撃を吸収したが、アーサーは脇に抱えていた少女に衝撃が行かないように、自身の体を少女と盾の間に入れてクッションの役割を果たすようにしていた。その甲斐あって少女は無傷で済んだが、アーサーは内臓が押し潰されるような感覚を覚えていた。
「げうっ……デッ、ス、ストーカー。大丈夫か……?」
「……ああ、存外に悪くない気分だ」
二人揃ってゾンビのような呻き声を上げながら、ふらふらとした足取りで立ち上がる。
すると視界の端に、こちらに向かって来ている『レオ帝国』の特殊部隊を捉える。
「くそ、本当にしつこい!」
「幸いまだ一人だ。すぐに離れるぞ」
「待てデスストーカー。その前にこの子の記憶も!!」
アーサーは度重なるショックで気を失っている少女に視線を落としながら言うが、
「そんな暇は無い! 救出はできたし救急車も近くに待機しているんだ、その辺りに置いておけ。この事態が落ち着けば誰かが助けるだろう。それにこのまま俺達が連れ回す方がその子への危険度が上がる」
「……くそ」
僅かに悩んだ末に、アーサーはデスストーカーの言う通りにした。抱きかかえていた少女を目立つように自分が落ちた車のフロント部分に乗せてその場から離れる。
しかし僅かな時間であっても、迫っていた追っ手が追い付いて来るには十分な時間だった。アーサーの尻拭いをするためにデスストーカーは躊躇わずにハンドガンの銃口を相手に向けて引き金を引くが、そこから銃弾が射出される事はなかった。
「チィ……! 弾切れか!!」
「退いてろデスストーカー!!」
アーサーは手に持っていたラウンドシールドの縁を持って、野球のオーバースローのような軌道で腕を振って投げた。盾は綺麗な回転のまま一度地面でバウンドし、思いがけない攻撃に驚いている相手の顔を跳ね上げるような形で直撃して昏倒させた。
その隙にアーサーとデスストーカーは逆方向に向かって駆け出す。
「くそ、あの盾気に入ってたのに……」
「どっちみちあれは目立ち過ぎる。捨てるには良い機会だったと諦めろ」
「ユーティリウム製の盾だぞ!? 後でアレックスにあげてご機嫌を取ろうと思ってたのに……っ!!」
幸いと言っては何だが、『レオ帝国』と『リブラ王国』が揉めているおかげで、デスストーカーの誘導もあって比較的楽に包囲網を抜けられた。
無駄に首を突っ込んだ挙句、特にこれといった成果を得られた訳でもなく、慌ただしく彼らは再び雑踏の奥へと消えて行く。
ありがとうございます。
次回はもう一つ行間を挟みます。