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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第六章 それが最善の救済手段 Was_It_Worth_It?
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109 追撃者の存在

 そのまま何も言わずに差し出された鍵を受け取った瞬間、不意にデスストーカーがアーサーの肩を掴んで引っ張った。そして建物と建物の間の隙間の路地に入り込む。

 いきなり連れ込まれた事にデスストーカーへの警戒を強めるが、


「じっとしてろ。『レオ帝国』の特殊車両だ」

「!?」


 その言葉と共に冷静さを取り戻した。

 アーサーも角から少しだけ頭を出してその様子を見る。そこには車の上部に迫撃砲の付いた特殊車両がゆっくりとした速度で走っていた。


「あれがお前を追ってる『レオ帝国』の車両? なんか殺す気にしか見えないんだけど」

「ヤツらにとっては俺を殺した後に体の一部でも回収できれば良いんだ。あれもおそらく数ある車両の一つだろう。見つかれば体が四散するのは明白だが、俺達の場所はバレていないようだ。付いて来い。目的地に行くには多少遠回りになるが、裏道を通って逃れよう」

「道は大丈夫なのか……?」

「伊達に一〇年も逃げ続けて来た訳じゃない。こういうのには慣れている」


 自信ありげに言うデスストーカーの後に付いて行き、入り組んだ路地を進んでいくとやがて先程とは別の通りに出た。幸いこちらの道には『レオ帝国』の追っ手はいなかった。


「とりあえず逃げられたのか……?」

「安心もしていられない。追っ手が国中にいる事実は変わっていないんだ。さっさと目的地に行くとしよう」


 危機的状況からギリギリ逃れ、僅かな安堵があった。

 だからこそ、彼はそもそもの前提条件を忘れていた。

 そのままデスストーカーの後に続く形で足を進めようとしていた次の瞬間。


 これから向かおうとしていた道の少し先で、デスストーカーと合流した直後と同じような爆発が起きた。


 少なくない爆破の余波が体に襲い掛かってくる。どうにも思考が回らず、先程のように爆心地へと走る思考にも繋がらない。


「突然何だ!?」

「今の『リブラ王国』は情勢が不安定だと言っただろう? 今度のは俺は関係していないが、こういう爆発は頻繁にあるんだ」


 突然の事に軽くパニックになっているアーサーとは対照的に、デスストーカーは平然としていた。もしかすると、ずっと復讐に生きてきた彼にとってはこの程度のアクシデントは当たり前だからかもしれない。


「とりあえず離れよう。今の爆破に誘われて追っ手が来るかもしれない」

「爆発した建物がハチミツ塗った木みたいになってるのかよ……。っていうかあの建物、人がいたんじゃないか? そんな場合じゃないのは分かってるけど、できるなら助けに行きたい」

「止めておけ。これは意地悪で言っている訳ではなく、彼らの生存率を上げたいなら下手に動くなという意味でだ」

「どういう事だ……?」

「二次被害ってやつだ。ロクな知識の無いお前が飛び込んで行って、余計に被害を大きくしたらどうするつもりだ? ましてや俺達は追われる身、救助中に突然迫撃砲を撃ち込まれる可能性だってあるんだぞ」

「でも俺は……ッ!!」

「お前はクラッシュシンドロームという症例を知っているか?」


 突如放たれたその言葉に、アーサーは叫ぼうとしていた言葉を止めてしまった。

 クラッシュシンドローム。それは重い物に腕や腿などが長時間挟まれ、その圧迫から解放された時に精製された毒素が血流を通して全身に広がり、心臓が機能不全を起こして死に至る。地震などで倒壊した建物から救助された人が陥ってしまう症状だ。


「あれは唯一、人の優しさが生む殺人だ。目の前で瓦礫に埋もれた人間を助けたいと思う素直な感情が、他でもないその相手に死を招く事もある。君のその優しい感情が、誰かを苦しめる可能性もある事を考慮しろ」

「……」


 デスストーカーの言う事は正しい。アーサーだってそのくらいの事は理解している。けれど理性で理解はできていても、感情がそこに追いつかないのだ。


「……デスストーカー。俺は……」


 今度は落ち着いた口調で言葉を繋げようとしたが、状況がそれを許さなかった。

 デスストーカーの言っていた通り、追っ手である『レオ帝国』の特殊車両が近づいて来ていたからだ。


「チッ、長く留まり過ぎたな。急いで離れるぞ」

「あ、ああ……」


 流されるままデスストーカーの言葉に従って再び人通りの無い裏路地へと入る。それから名残惜しむように一度だけ顔半分振り返ると、アーサーは視界の端で何かを捉えた。

 それは『レオ帝国』の特殊車両が、自分達の入ってきた建物と建物の隙間を通り過ぎた一瞬。車体の側面にある鉄格子付きの小さな窓。その隙間からとても特殊部隊の一員とは思えないような、年端の行かない少女の目がこちらを向いていたのだ。


「……おい、デスストーカー。なんか『レオ帝国』の特殊車両の後ろに女の子が乗ってたんだけど、それは特殊部隊の一員って認識で良いのか?」

「……見なかった事にしろ」

「は? おい、デスストーカー。どういう意味だよ」


 しつこく問い詰めると観念したのか、アーサーの方に向き直ったデスストーカーは面倒くさそうに、


「おそらく人質だな。『リブラ王国』が先に俺の身柄を確保した場合、子供を使って俺と交換しようとしているんだろう。まあ安心しろ、『レオ帝国』だって馬鹿じゃない。『リブラ王国』との関係がこれ以上悪くならないように、俺が誰にも見つからなければ無傷で開放するだろうし、俺が『リブラ王国』に捕まっても交換で帰って来れる。どうあってもその子が死ぬ事はないはずだ」

「……ふざけるなよクソッたれ。それまであの子は捕まったままって事だろ!?」

「だがいずれは助かる」

「でもあの子の目は、今助けを求めてた」


 アーサーは来た道を戻るように路地の出口へと足を向けながら続けて言う。


「助けに行くぞ。お前も付いて来い」

「なぜ行く。俺にはこの場でその少女を助ける理由を見出せないんだが?」


 しれっとそんな事を言うデスストーカーにアーサーは軽く舌打ちをしてから、


「アンタさっき、産まれてくるはずの子供がいたって言ってたな」

「? たしかに言ったがそれがどうした?」

「その子供、無事に生まれてたら今何歳(いくつ)くらいだったんだろうな」


 その言葉には感じる事があったのか、デスストーカーは苦虫を噛み潰したような顔になりながら、


「……それを引き合いに出すのはさすがに卑怯過ぎやしないか?」

「なんとでも言え。だが何か感じるようなら黙って手を貸せ」


 デスストーカーは別に少女の姿を見ていない。自分とは似ても似つかない、どう頑張っても自分の子供だと錯覚するのは難しいのかもしれない。

 けれど見ていないからこそ、デスストーカーの思考はそこへ行ってしまった。そして一度関連付けて考えてしまうと、その思考は簡単に振り払えるものではなかった。


「……仕方ない、お前の口車に乗ってやる。それでどうする?」

「まともにかち合ったら勝てる訳がない。あいつらが爆破された建物の様子を見てる間に救出するぞ。ちなみにアンタ、使える魔術は?」

「相手の記憶を弄れる。その効果で五分間だけ対象に体の動かし方を忘れさせて動きを止めたり、単純に眠らせたりもできる」

「眠らせる方も五分間だけか?」

「いや、体の動かし方みたいに普段意識していないものを消せるのが五分間だけというだけだ。眠れば普通に起きるまでは眠り続ける」

「発動条件は?」

「対象に直接触れるか、一言でも会話できれば」

「それならシンプルに後ろのドアを開けて、中に女の子以外のヤツがいたらお前に動きを止めて貰う。それで行こう」


 一見するとシンプル過ぎる作戦だが、混乱に乗じる形で思いのほか上手く行った。爆破された建物に意識の行っている『レオ帝国』の特殊部隊の目を盗み、特殊車両の後ろのドアに辿り着いた。

 アーサーが取っ手に手を掛け、一気に開け放つ。するとそこには捕まっている少女とその見張り役と思われる武装した特殊部隊の一人が座っていた。


「っ!? 誰だお前ら!!」


 その男は突然飛び込んできた不審な二人に精練された動きで手に持っていたアサルトライフルの銃口を向けるが、


「ああ、気にするな。『俺達の事は忘れて貰って構わない』」


 何気ないたった一言。

 しかし魔術の効果があるその言葉は、簡単に男の意識を奪った。

 アーサーはそれを横目に捕まっている少女に言葉をかける。


「大丈夫か?」

「あ、あなたは……?」

「君を助けに来た通りすがり。後の事は気にしなくて良い。どうせすぐに忘れる事になるから」

「?」


 アーサーは疑問顔の少女から視線を車内へと移す。アサルトライフルや手持ちのグレネードランチャーなどの武器が並べられている中に、アーサーの興味を引くものがあった。それは直径六〇センチメートル程の真っ黒なラウンドシールド。おそらくユーティリウム製のそれをアーサーは手に取る。


「デスストーカー。アンタも使えるような武器があるなら取っておけ」

「ここにある武器くらいならどれも使えるが、大きすぎると目立つからな。このハンドガンを頂こう。君はその盾だけで良いのか?」

「自分の手製のヤツ以外の重火器は好かないんだ。慣れてないし、自分自身を撃ちそうになる」

「そんなものかね。まあ他人の戦闘スタイルにとやかく言うつもりは無いが」


 デスストーカーの言葉を軽く聞き流しながら、アーサーは盾の裏側にある持ち手に手を通し、少女の手を引いて車両から降りる。


「デスストーカー。この子の記憶を」

「本当に良いのか?」

「良いも何も、怖い記憶は無い方が良いだろ」


 デスストーカーは軽く嘆息しながら、少女のこめかみ辺りに軽く触れる。少女は一瞬だけ意識を失ったように目を虚ろにして倒れそうになるが、それを横にいたアーサーが支える。すぐに意識を取り戻した少女はキョトンとしていた。


「あ、あれ? 私どうして……?」

「大丈夫か? 貧血を起こしてたみたいだけど」

「貧血……もしかして助けてくれたんですか?」

「それほど大した事じゃないよ。それより一人で帰れるか?」

「は、はい。大丈夫そうです」

「よし、じゃあ気を付けて」


 不思議そうに首を傾げながら歩いて行く少女を見送って、アーサーとデスストーカーはすぐにその場を離れようとしたが、そう簡単にはいかなかった。建物を見に行っていた『レオ帝国』の特殊部隊がこちらに帰ってきたのだ。


「まずい! 隠れるぞ!!」

「隠れるってどこに!? どこにも逃げ場なんて無いぞ!?」

「車両の下に潜れ! このまま立ち尽くしているよりはいくらかマシだ!!」


 くそ、と吐き捨てながら車両の下に潜り込もうと腰を屈めた時、次の変化が訪れた。

 規則的な野太いプロペラ音。見上げるようにその音のした方を向くとそこには、


「ドローン……?」

「っ!? 立て少年、状況が変わった。『レオ帝国』側に勘づかれても良いからここを離れるぞ!!」

「突然何だよ!?」

「このドローンは『リブラ王国』の天空(そら)の目だ! 爆破された建物を見に飛んで来たんだろうが、俺達はバッチリ移った。すぐに『リブラ王国』の部隊がここに来るぞ!!」

「……ッ!?」


 事態の深刻さを知ったアーサーは思わず息を飲む。

 これで『レオ帝国』と『リブラ王国』。正真正銘、二つの組織に挟まれる構図が出来上がってしまった。

ありがとうございます。

次回は一つ、行間を挟みます。

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