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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第五章 アーサー・レンフィールドとヘルト・ハイラント Beginning_Story_of_Heroes.
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103 仲直りの証

 ラプラスとの数歩の距離。実弾の込められた銃を向けられながら、アーサーは迷わず駆け出した。

 ラプラスの放つ弾丸は避けられない。これは彼女に未来を観測する力がある以前に、それを可能にする演算能力がある時点で不可能なのだ。

 けれど、だからこそアーサーは安心して進める。ラプラスはここまで、何度もアーサーを殺すチャンスがあったのにそうはしなかった。

 つまり彼女には自分を殺すつもりがない。それなら急所は撃たれないから安心して進める。そんな楽観的とも取れる考えで、アーサーは向けられている銃口に臆する事なく進んでいるのだ。

 その根拠がもう一つ。

 実はラプラスは戦闘が始まってから一度も、アーサーの脇腹の銃創という弱点を突いていないのだ。それがアーサーにも分かっているから、決して急所は撃って来ないと、向かい合っている敵を信用して走っているのだ。

 そして、アーサーは右手に残り少ない体内魔力と自然魔力を練り合わせて『旋風掌底せんぷうしょうてい』を発動する。

 対してラプラスは銃口を突き付けたまま静かに思う。


(……アーサーさんの魔力はもう無いはず。右肩を撃ち抜いて魔術を失敗させればそれで終わりです!!)


 冷静に、最もアーサーを傷つけない形で戦闘を終わらせようとするラプラス。彼女は照準をアーサーの右肩に合わせ、躊躇無く引き金を引いた。

『旋風掌底』には亜音速で飛んでくる銃弾を逸らすほどの威力は無い。少しくらいなら銃弾を逸らせる可能性もあるが、それでも銃弾は間違いなくアーサーの右肩に命中する。そうなるようにラプラスは銃弾を放ったのだから。

『旋風掌底』を発動させた右手を真っ直ぐに伸ばしたアーサーに銃弾が迫る。ラプラスの思惑通りに銃弾は肩口を狙って突き進む。


 しかし、次の瞬間。

 銃弾は何か強い力に弾かれるように、アーサーの横合いに逸れた。


(な、にが……!?)


 アーサーの後ろの壁に銃弾が当たる音を聞きながら、ラプラスは困惑した頭で状況を分析を始める。

 まずアーサーの魔術で弾かれた事は間違いないと仮定、しかし事前に調べた彼の資料では『旋風掌底』にここまでの威力は無いと記されていた。では何が起きたのかとアーサーの右手を注視すると、その風は明かりの点いていない部屋では分かりづらいが、僅かに黒い色を持っていた。


(黒い風……? まさか『闇』の魔術付与で風の力を強化しているのですか!?)


 しかし、それはおかしいとすぐに判断する。なぜなら調べた限りアーサーの魔力適正は『無』と『風』だけで、『闇』の適正など無かったはずだ。一応もう一つの可能性として、魔力適正に縛られない忍術だからという憶測もあるが、これも思い浮かべた瞬間に却下する。これも調べた限り、アーサーは自然魔力に受け入れられているとはいえ、忍術をそこまでの練度で使えないからだ。

 現象を否定する材料は揃っている。だが目の前でアーサーが『風』と『闇』の複合魔術を使っているのもまた事実。

 答えの出ないまま、黒い風の向こうで銃弾が逸れた事に驚きの表情を浮かべているアーサー自身の姿を見て、ラプラスようやく一つの答えに辿り着いた。


(まさか……設置型魔術を使われていたのですか!? 『誰か』がアーサーさんが右手で『旋風掌底』を使用した時に、それを強化させる魔術が発動するように設置していたというのですか!?)


 それならば、否定材料を並べた上で十分に納得のいく答えだった。

 だが、答えが分かった所でどうしようもなかった。

 かつて結祈が中級魔族を相手にした時にも使っていた『旋風掌底』の複合魔術による改造版、『魔旋風掌底(ませんぷうしょうてい)』。それを携えたアーサーがラプラスの目前に迫る。


(……ここまで、読んでいたというのですか……?)


 その時ラプラスが戦慄していたのは、自身に迫る弾丸をも弾く『魔旋風掌底』ではなく、その奥でここに至るまでのお膳立てをしていた『誰か』の存在だった。


(彼が無茶を通り越して病院を抜け出す事も、その上で戦いの最後には『旋風掌底』に頼る事も全て!?)


 未来を観測してもそのことごとくを覆すアーサーの行動を完璧に理解したうえでの設置型魔術の付与。もしそれが本当ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。

 そんな風に考えかけて、ラプラスの意識は現実に戻る。今からではどんな手段を取ってもアーサーの攻撃を止められない。それは未来を観測できるラプラスには誰よりも分かっていた。ラプラスは来たるべき衝撃に備えて両目をぎゅっと瞑る。

 しかし。


 いつまで待ってもそんなものは来なかった。


 訝しげに恐る恐るその目を開くと、そこには『魔旋風掌底』を消したアーサーが立っていた。


「……トドメをささないのですか?」

「元々俺はお前を倒しに来た訳じゃないからな」


 そう言って、アーサーはラプラスの小柄な体を抱き寄せた。

 もう二度と離さないように、両手をラプラスの背中に回して力強く抱きしめる。


「アーサーさん!? 一体何を……っ」

「お前にまだ、お礼を言ってなかったと思ってさ」

「?」


 耳元で囁くように言うアーサーの言葉の真意が、ラプラスには分からなかった。

 だからアーサーも勿体ぶるような真似はしなかった。あの時、病院のベッドの上から立ち上がった一番大きな理由を口にする。


「あの時、俺とカヴァスを排水路から助けてくれてありがとう。ずっとこれを言いたかったんだ」

「ぁ……」


 そう言われて。

 ラプラスは思わず泣き出しそうになった。


「あの時、お前は俺に運命を変えて欲しいから助けたんだろ? だったらまだ途中だ。誰も泣かなくてハッピーエンド、そこに繋げられる道はきっとある。だからお前もアウロラも、誰も犠牲にならない答えに行き着くために協力してくれよ」


 しかし抱き合っているような恰好が幸いして、ラプラスの顔がアーサーに見られる事はなかった。ラプラスは念には念を入れてアーサーの胸に額を押し付けながら答える。


「……あなたは、未来を知らないからそんな事が言えるんですよ……」

「じゃあさ、こうしよう」


 何度否定されても折れない少年は、ラプラスの背中に回した手を解き、一歩後ろに下がって手を差し出しながら言う。


「お前がどんなに酷い未来を観測しても、俺が何度だって踏破してやる。だから、もう一度俺の手を取ってくれ」


 差し出された手に思わず手を重ねようとして、しかしラプラスはその手を途中で止めてしまった。


「……五〇〇年前、あなたの前の『担ぎし者』であるリンク達は世界を救いきる事はできませんでした」


 彼女の手を止めたのは五〇〇年間の足跡。信じた者に裏切られて五〇〇年もの間、幽閉されていた過去が蘇る。


「リンクは『一二災の子供達(わたしたち)』を犠牲にして世界を安定させ、ローグは僅かな『一二災の子供達ディザスターチルドレン』しか助けてくれませんでした。そしてリーベは残った私達を『ポラリス王国』の開発にだけ使うようになりました」


 産みの親でもあり、かつて彼女の期待を裏切った三人の勇者。ラプラスにはその面影がアーサーと重なって見えていた。


「私は他人を完全には信用できません。だから今あなたを信用しても、私はまたあなたを裏切るかもしれませんよ?」

「それでも良いよ」


 さらりとした口調で言ってのけ、アーサーはラプラスが引きかけた手を強引に掴む。


「お前が何度俺を見限っても、俺はこうやってお前の手を取りに行く。だからお前は何度でも俺を頼ってくれ」

「……どうして、アーサーさんはそこまで私に構うんですか……?」

「さっき言っただろ」


 何を今更、とアーサーは呆れたように言う。


「俺はお前を一人にさせない。お前が創ったこの世界を見せてやりたいんだ。そのためならなんだってするよ。運命の一つや二つ、いくらだって踏破してやるよ」


 この時点で、ラプラスの戦意は折れていた。

 気づけば、固く握りしめていた銃はその手から離れていた。

 今更アーサーに銃口は向けられないし、脇腹を撃たれてでも人殺しを止めに来てくれて、こんなに優しい言葉をかけてくれる相手を敵と見なせるほどラプラスは薄情な人間ではなかった。


 ラプラスだって。

 どこにでもいる、優しい心を持った少女なのだから。


「……ありがとうございます、アーサーさん」


 呟くように言ったラプラスの双眸からは涙が流れていた。

 けれど、その表情は泣き顔ではなかった。

 いつもの無表情を崩して、薄く、でも確かに笑みを浮かべていた。


「あなたに出会えて……良かったです」


 そう言って。

 ラプラスはアーサーの手を握り返した。


 それが仲直りの証。

 アーサーはこちらこそ、と言って満足気に笑みを浮かべていた。

ありがとうございます。

フェーズ2最初の話として、アーサーとヘルトを半々で話を進めて来た第五章。同じ事件に関わっていても、村人と勇者では人を救うまでの道筋が全く違う事が表せていれば幸いです。

では、第五章も次回で終わりです。

第六章はフェーズ2の命題である、【村人と勇者】を忘れずに読んでいただければと思います。

ところでアーサーに力を貸した『誰か』。最後にアーサーの右手に触れていた人物は……。

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