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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一章 どこにでもいるごく普通の少年
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08 ただ一人の人間として

 数分間走り続け、村に近づけば近づくほど火災の中心が村である事が正確に分かってくる。


「くそっ、本当に燃えてるよ。……俺の本は無事かなあ」

「そんなもんより二人の心配をしろよ。さっきから漂ってる得体の知れない魔力が尋常じゃねえ」

「そう? 俺はあんまり感じないけど」

「テメェは魔力が欠片しかねえからだろうが。つべこべ言ってないで足を動かせ!」


 そもそも魔力が少ないアーサーの魔力感知は素人に毛が生えたレベルでしかないし、そこから向上する見込みも無い。遠く離れた位置で長老の魔力を感じられた事の方が異常なのだ。


「それにしても、こんな軽口を叩きながら走れてる辺り、俺達って結構体力あるんだな。特に体力向上トレーニングとかはやってないはずなんだけど」

「それはあれか!? じーさんの罰で鍛えられてるって言いてえのか!? 冗談じゃねえ全く嬉しくねえぞ!!」


 二人が口を動かし続けるのも少しでも不安を打ち消そうとする意味合いが強かった。その証拠に村が近づくにつれ二人の口数は減っていく。そして遂にアレックスが弱音を吐き始めた。


「……くそ。マジで死んでねえだろうな」

「火の適正の二人が炎に巻かれて逃げ場を無くして焼死、なんて有り得ないだろ。それにこの火災事態じーさんの魔術が関わってるっぽいし。……きっと無事だよ」


 最後の一言は少し自信無さげで、希望が含まれている事を暗に示していた。

 そんな不安を抱えながら休む事なく足を動かし続ける二人の目の先に、ようやく村が見え始めた。


 ……そこにあったのは、まるで地獄だった。


 無事に建っている家はただの一つとしてなかった。森で見たのと同じ異様な炎に長い間焼かれたようで、既に真っ黒に燃え尽きているものも少なくなかった。

 一瞬、アーサーはここが自分の村かどうかを本気で疑った。それほどまでに、村は破壊の限りを尽くされていた。けれど冷静になってよく観察してみると、破壊の限りを尽くされてるにもかかわらず、この光景には一つ足りないものがあると感じた。


(家が無くなるくらいの惨事なのに死体どころか血痕が一つも無い……? もしかして敵が村に侵入する前にみんな避難していたのか……?)


 もしかしたら自分達の心配はまったくの取り越し苦労で、敵も殲滅済みで一時的に村外に避難していて、後はこの炎を消すだけで事態は収拾するのかもしれない、とそんな思考が頭を過る。

 しかしそんな甘い思考はすぐに捨てる。

 森で感じた長老の魔力は異常だった。そもそもアレックスやアンナと違い、魔力がほぼゼロのアーサーには魔力感知は使えない。莫大な魔力なら流石に感じられるだろうが、はっきりと誰の魔力なのか判断する事は不可能なはずだ。森で感じた魔力の謎だけは確認しないと心から安心はできない。


「……アレックス、じーさんとアンナの魔力はあるか……?」

「……分からねえ。いくつかの魔力が入り乱れてて誰が誰の魔力か正確に分からねえんだ。……でも一つだけ、森にいた時から感じてた禍々しい魔力だけはハッキリ分かる」


 いくつかの魔力と聞いて、やはり自分の考えは甘い幻想だったのだとアーサーは思う。つまり敵と戦っている人達が何人かいるのだろう。ただそれほど多くの魔力を感じないとなると、村人の大半は避難を完了しているのかもしれない。そのことにアーサーは少しだけ安堵する。


「じゃあそこにじーさんは居るな」

「確証があるのか?」

「ああ、この惨事を見れば事故じゃなくて魔獣か何かが攻め込んで来た事は分かる。ただ仮にも衛兵達を突破してきたであろう相手だ。だとしたらそんな敵を抑えてるのは」

「じーさんって訳か」


 そう言ったアレックスにアーサーは頷く。


「多分そうだ。村をここまでにする相手に渡り合えるのは、この村じゃじーさんくらいなものだからな。とにかく行ってみよう」


 しかし禍々しい魔力の方へ向かおうとした二人を、誰かが腕を掴んで止めた。

 咄嗟にアーサーはウエストバッグ、アレックスは背中の剣に手を伸ばしながら掴まれた方を向く。するとそこにいたのは、


「アーサー……アレックス……無事だったのね……っ!」

「アンナ……?」


 二人の腕を掴んだのは先刻別れたばかりのアンナだった。しかしその様子は先程とはうって変わっていた。

 髪と衣服は乱れていて顔色もかなり悪い。目には涙が浮かんでいた。


「あんた達だけでも無事で良かった。とにかくこっちに」


 走り出した方向は、アーサー達が向かおうとしていた方向とは真逆だった。


「ちょっ……待ってくれアンナ! 少しは状況を教えてくれ。この村で何が起こってるんだ!? この火災は……じーさんはどうした!?」


 そう質問すると、アンナは足を止めて肩を震わせ始めた。


「お、おじいちゃんは……私達を庇うために……あいつに……っ」

「おい……?」

「……とにかく来れば分かるわ。早くこっちへ」


 アンナに手を引かれるまま付いていくと、再び森の中に入る事になった。しばらく進むと少し開けた場所があり、そこには生存者と思われる人々が集まっていた。

 しかし。


(少ない……)


 それがアーサーの素直な感想だった。正確に村人の数を把握している訳ではないが、おそらく半分程度の数しかいない。さらに言うならそのほとんどが女性と子供であるため、他の者達がどうなったのか容易に想像がついた。先程の考えが本当に甘い幻想だったのだと、アーサーは打ちのめされる。

 アンナに引かれるままさらに進むと、地面に横たわる変わり果てた長老の姿があった。

 全身火傷だらけで血まみれだ。右腕は焦げていて二度と使いものにはならないだろう。正直に言うと息をしているのが不自然な位の大怪我だった。


「なにが、あったんだ……? じーさんがここまでやられるなんて、一体どこのどいつが攻めて来たんだ!?」


 アレックスが詰め寄るとアンナは顔を逸らし、なにかを必死に噛み殺したような声で呟いた。


「……魔族、よ」

「魔族!? 辺境の『ジェミニ公国』のさらに外れのこの村に!? そんなの有り得ねえだろ!!」

「でも現に襲って来てるのは魔族なのよ! あいつに……あの魔族にみんな殺されたのよ!!」

「結界はどうした!? 魔族はあれを越えられないんじゃなかったのか!?」

「知らないわよそんなの!!」


 緊迫した状況から来るストレスの影響か、二人の言い争いはどんどん激しくなっていく。そんな中で、アーサーは重々し気に口を開く。


「あの時と同じだ」


 その言葉に反応したのはアレックスだった。


「……それって俺らの村が襲撃された時の事か?」

「ああ、越えられるはずのない結界を越えて魔族が現れた。理由は分からないけど、魔族は結界を越える術を持ってるのかもしれない」

「で、それがどうした? 今は原因の究明よりもこの状況を打破するのは先決だろうが!!」

「……なら選択肢は二つだ。逃げるか、戦うか」

「戦う!? じーさんでも敵わねえ相手に!? 寝言は寝て言いやがれ!!」

「じゃあ逃げるしかないな。それでもこの大人数で女性と子供が多いとなると誰かが足止めしなくちゃならないから戦いは避けられない訳だけど」

「八方塞がりかよクソッたれ!!」


 アレックスは足元の石を適当に蹴り飛ばす。その怒声に泣き出す子供もいた。母親達は必死にあやすが、その表情には明らかに疲労の色が見て取れた。

 突然の事の連続でみんな疲弊している。中には家族を失った者もいるだろう。このままでは遠くない内に破綻を迎える事になるのは火を見るよりも明らかだった。


「……俺が」


 アーサーが意を決して口を開いた時だった。


「やめろ……アーサー……」


 地面に寝ている長老が弱々しい声でアーサーの言葉を切った。そしてゆっくりと自分自身の力だけで立ち上がる。どこにそんな力があるのか、どれだけ体がボロボロになろうとも長老の目は死んでいなかった。先刻対峙した時と同じかそれ以上の力を感じる。


「……やつの足止めは……私がやろう。この老骨を使い潰すならここが最良だ」

「おじーちゃん!? 何言ってるの!? そんな状態でそれ以上動いたら本当に死んじゃうわよ!!」


 必死に止める孫に対して長老の方は落ち着いていた。愛おし気に見つめるとゆっくりとした動作で動かない右手の代わりに左手でアンナの頭を撫でた。

 そして。


「……すまなかったな」


 その口から洩れた言葉は、謝罪だった。


「いつも気苦労ばかりかけて……私はお前の祖父には相応しくなかったんだろう。それでも私をおじーちゃんと呼んでくれて……嬉しかった」

「……ちょっと止めてよ……なんで今そんな事……」

「本当は嫁に行くまで見守りたかったんだがな……」

「止めてって言ってるでしょ!! なんでもう会えないみたいな事……っ!」


 目の前で泣き叫ぶアンナを見ても長老の態度は変わらなかった。アンナがここまで言って態度を変えないという事は、もう他の誰が言っても考えを変えないという事だとアーサーとアレックスは悟っていた。


「アレックス」


 名前を呼ばれた本人はビクッと体を震わせた。


「お前はお調子者だが優しい子だというのは分かってる。だから私が教えた剣で、大事なものを守りなさい」

「……あーあ、勝ち逃げかよちくしょう。結局最後まで勝てなかったじゃねえか」

「……すまないな」

「分かったからさっさと行けよ。……それから、その……なんだ、今までありがとな」


 それだけ言って、アレックスは顔を背けてしまった。肩が震えていて泣いている事など丸分かりなのだが、それでも泣き顔を見せたくないのだろう。長老はそんなアレックスを見て優しく微笑んだ。


「アーサー。私は……」


 何かを言おうとする長老の言葉を遮って、アーサーは首を横に振る。


「何も言わなくて良いよ、じーさんの伝えたい事は分かってる。それと同じように俺の言いたい事も分かってるだろ? 今更俺達の間に多くの言葉は要らないはずだ。……それに正直言うとさ、じーさんとはこんな別れ方だと思ってたんだ。だって大人しく布団の中にこもって死ぬようなタイプじゃないだろ? だから最後に一言だけ改まって、俺達を助けてくれてありがとう。この恩は一生忘れない」

「本当は……私の方こそ、ありがとうなんだがな。……なら、私からも一言良いか?」


 そう言うと長老は一つ呼吸し、今までに無いほど真剣な眼差しで、


「私は……お前との約束を守ったぞ」

「……約束?」


 意表を突かれた言葉はアーサーにはどういう意味かさっぱり分からないし思い当たる節もなく、首を傾げるしかなかった。

 それでも長老の方は満足気に頷いていた。


「今は分からなくて良い。……さて、そろそろ行くか。最後の戦争だ」

「おじーちゃん!」


 一歩踏み出した長老を止めたのは、孫の一言だった。


「私はおじーちゃんがおじーちゃんで良かった! 家族に見捨てられても、おじーちゃんのおかげで私は幸せだった! だから、ありがとう!!」


 その言葉を受けて何を思ったのか、長老は再び歩き出す。

 もう止まる事はなく、振り返る事もせずただ前に進む。

 英雄、オーウェン・シルヴェスター。彼は生涯最後の戦場へと赴く。

 ただし今度は英雄なんて肩書きはなく、ただ一人の人間として大切なものを守るために。

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