102 一番の願い
ヘルトの言葉が皮切りだった。『半身機械化兵』と『造り出された天才児』が同時に襲い掛かってくる。
右手の分解を受けない『半身機械化兵』と、分解を受ける『造り出された天才児』が入り乱れるように襲う事で、右手での攻撃を抑制するのが目的だろう。
ただし、
「そんな小細工が通用するとでも?」
ヘルトには通用しなかった。
彼が振るったのはいつもの分解の右手ではなく再構築の左手。迫りくる子供達の頭上に巨大なコンクリートの塊が現れ、重力に従って落ちる。しかし彼らもただの子供ではない。たかが質量で押し潰した程度では止まらない。コンクリートの塊を砕いてヘルトへと一斉に飛び掛かる。
「……今ので動きを止めてたら、痛い思いをせずに済んだのに」
呟きながらヘルトが次に作り出したのは無数の剣。進軍を阻む壁のように数え切れない量の剣が現れる。
『物体掌握』。かつての勇者の一人が持っていた物体を好きに操作できる力。ヘルトの力はそれに及ばず、自分が触れたモノしか操作できないが、今は問題なかった。
再構築した物体は単に魔力で精製した武器とは違って実体があるので、その力で生み出した剣を操作して横叩きの雨のように剣を射出する。
躱す暇は与えなかった。
無数の剣は何人かの子供達の小さな体に突き刺さる。まるでハリネズミのような恰好になって動かなくなった姿を見た他の子供達、特に恐怖心が消されていない『半身機械化兵』の方には躊躇いが見られた。
正にそれがヘルトの狙いだった。銃弾ではなく剣を射出する事で、死体に分かりやすい傷口を残して戦意を削ごうとしたのだ。
「躊躇はしないぞ」
ヘルトはアウロラを背中に庇う形で、子供達に冷たい目を向けながら告げる。
「たとえ姿形が子供だろうと、これ以上向かって来るなら地面に転がってるそいつと同じように殺す」
その言葉で陣形が崩れた。
恐怖によって躊躇した『半身機械化兵』は動きを止め、恐怖を感じない『造り出された天才児』だけがヘルトに向かって来た。
「馬鹿が。陣形を崩して『造り出された天才児』だけで突っ込んで来たら迷いなく右手で消せるのが分からないのか」
呆れたように言い、ぷらぷらと右手を振る。彼はここまで両手の力だけで何の魔術も使っていない。つまりまったく本気を出さないでこれ。絶大な戦闘力を持つはずの子供達が一人もヘルトを突破できない。
「さて」
ここまで戦った後に、ヘルトは改めてアウロラに向き直って、
「アウロラ。話が切れて確認しそびれたんだけど、きみは助かりたいって事で良いんだよな? 研究所から連れ出した段階だとそうだったみたいだけど、世界を回って考えが変わったのか? それともやっぱり助かりたいのか? できれば確認できる言葉が欲しいんだけど」
「わ、たしは……」
ヘルトは人の感情を感じ取れないという訳ではないので、アウロラの答えは分かっている。それでもあえて答えを求めているのは、あくまで彼にとってある種の通過儀礼のようなものだ。
「……ここに来るまえ、あるひとにいわれたんです」
そんなヘルトの内心を理解しているのかしていないのか、それは分からないがアウロラは静かに口を開いた。
「あなたがわたしがぎせいになることを望んでいないと」
「うん」
「ヘルトといっしょに生きるみちをえらぶことが、ヘルトのためにできるさいぜんのことだと」
「どこの誰が言ったのかは知らないけど、その通りだね」
「……それなら、わたしはあなたといっしょにもっと生きたいです……」
「それはぼくのためじゃなくて、きみのための願いという認識で良いのか?」
「はい、それがわたしが望むいちばんのねがいです」
簡単に吐かれたような一言。けれどそこへ辿り着くための道は容易ではなかった。
アーサー・レンフィールドとヘルト・ハイラント。二人の少年の言葉と行動があったからこそ辿り着いた想い。それはきっと、どちらが欠けていても辿り着けなかった本当の気持ち。
「だからおねがいです、ヘルト。あらためて、わたしをたすけてくれませんか……?」
「喜んで」
望んでいた答え。
それを聞き届けたヘルトは少しだけ弾んだ声で応え、右手を天に掲げる。
その場にいる全員がその手に釣られて空を見上げると、そこには煌々と輝くバスケットボール位の大きさの球状の弾がいくつも待機していた。
「ぼくの全魔力を使って作った合計一〇〇〇発の濃縮魔力弾だ。魔力自体はすぐに回復するから良いけど、まあ戦いながら作るのはなかなかに大変だったよ」
言いながら、ヘルトは天に掲げていた手を振り下ろした。それに呼応するように空中に待機していた合計一〇〇〇発の濃縮魔力弾が雨のように降り注ぐ。
「どうせなら頭数だけじゃなくて傘を持ってくるべきだったな。雨ってのはいつも突然降るもんだ」
その言葉は爆音にかき消されて向こうには届かなかった。
やがて数十秒ほど経ち、全ての濃縮魔力弾が地面に落ちて粉塵が晴れた後、そこには何も無かった。
本来ならばそこになくてはならない犬や人の体も、機械の部品も、あったはずのアスファルトの地面も、全てが跡形もなく消滅していて、地面には大きな穴が開いてしまっていた。ここが廃棄された地帯でなければさすがに問題になる被害だっただろう。
けれどヘルトはそれにさして興味を示す事もなく、左手で前にエミリア・ニーデルマイヤーと通信を行った事のあるマイクやスピーカーなどの一式を再構築していくつかのボタンを操作してどこかに繋ぐ。
「おっ、繋がったか。てっきり捨てた後で繋がらないと思ってたけど、ダメ元でやってみるもんだなあ」
『……ヘルト・ハイラントですね』
ヘルトの傍に置かれたスピーカーから聞こえて来たのは、エミリア・ニーデルマイヤーのものだった。
『……なぜ、お前はいつも邪魔をするのですか……?』
ヘルトが何かを言う前、それを封じるようにエミリア・ニーデルマイヤーは語り出す。
『お前にはこれが人類を救済するための計画だと理解できていないのですか? もう誰も魔族や大戦の恐怖に震えなくても良い世界を作りたいというのが、間違っているとでも言うつもりですか!?』
「別にきみの計画を否定するつもりはない」
怒りの声を上げるエミリア・ニーデルマイヤーに、ヘルトはいたって平坦な口調で答える。
「ぼくはグラつく事もあるけど基本的には功利主義だし、それが多くの人類のためになるっていうなら『新人類化計画』大いに結構、むしろ何かが違っていれば支持する側に回っていたかもしれない。……でも、そのせいでぼくに助けを求めたアウロラが死ななくちゃいけないっていうなら、ぼくはそれを否定せざるを得ない」
『あなたはそんな馬鹿な理屈で立ち塞がるって言うんですか……?』
「悪いとは思わないぞ。きみに譲れない信念があるように、ぼくにだって譲れないものがあるんだ」
二人は何度かの対話を経て分かっていた。直接顔を合わせた事はないが、おそらく自分とこいつは永遠に平行線を辿るのだろうと。
だからそれ以上、二人の会話が続く事はなかった。
「きみがまたアウロラを狙って来るなら、ぼくは何度でもそれを阻むからな。それを覚えておけよ」
最後に念を押すように言い、ヘルトは一方的に右手でスピーカーを分解して物理的に通信を切った。
そしてヘルトはアウロラの方を向き直る。すると彼女はヘルトの方に頭を下げていた。
「……ありがとうございます、ヘルト。わたしをたすけてくれて。……それからすみません。勝手にいなくなって……」
「大した事じゃないから別に良いよ、頭を上げてくれ。色々あったけど無事で良かった」
ヘルトがそう言うとアウロラは素直に顔を上げた。しかし、その表情はなぜか曇っていた。ヘルトがその理由を聞こうとすると、その前にアウロラは語り出す。
「わたし、これからどうしたらいいんでしょうか……?」
そもそもアウロラは『新人類化計画』のために生み出された存在だ。生まれた瞬間からそれしかなく、他にするべき事は何もないのだ。
まるで迷子になってしまった子供のような顔をするアウロラにヘルトはさも当然のことのように、
「好きな事をすれば良い。ぼくも手伝うからさ」
「それは……いいんでしょうか……?」
「良いに決まってる。そもそも生まれた瞬間に持ってた意味が無くなったからなんだ。ほとんどの人は生まれた瞬間に生まれた意味なんて考えてなくて、長い人生の中で見つけていくものなんだ。だからアウロラだってこれから見つけていけば良いんだよ」
「そういうものでしょうか……」
「そういうものだよ」
「……しょうじき、見つけられるじしんがありません」
アウロラは根本的に人間とは違う。これはどうあっても変えられないものだ。
だからきっと、アウロラがその意味を見つけられるまで時間がかかるだろう。まずは色んな物に触れ、色々な人達と触れ合う事が大切なのだとヘルトは考えていた。
「だからそれまではずっと守るよ。きみが本心から良いって言うまで、きみが生まれてきた意味を見つけられるまで、きみを苦しめる全てのものから」
「……ありがとうございます。ヘルトがそういうなら、しんじられます」
ニコリと笑ったアウロラの表情に、深くにもドキリとしてしまったのは内緒にしておく事にした。
そして顔を背けながら無理矢理話題を変えるように言う。
「……じゃあみんなの所に行こうか。いきなり消えたから怒ってなければいいんだけど……」
ありがとうございます。
最後のヘルトとアウロラの会話は、第二章でのアーサーと結祈の会話を意識しました。ただ違うのは、アーサーは率先して結祈に生きる意味を与えようと(サラの勧誘など)しているのに対し、ヘルトはアウロラが自力で見つけるまで一歩引いた所で見守るだけ。これが似ているようで大きな違いなのです。
次回はアーサー対ラプラスの決着です。