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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第五章 アーサー・レンフィールドとヘルト・ハイラント Beginning_Story_of_Heroes.
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101 一番最初にあった想い

 チェックメイト。

 それはつまり、ここからアーサーが逆転できる目は無い事を示していた。きっとラプラスの目にはこの状況はずっと前から見えていた事だったのだろう。

 勝負を始めた時には、もう勝負は終わっていたのだ。アーサーは足掻いているように見えて、その実、敷かれたレールの上を歩いていただけだったのだろう。それはあみだくじのようにいくつも枝分かれした道があっても、最初に選んだ時点でゴールが決まっているように。

 理論上は永遠に反射するとしても、付与された魔術を起動させるための魔力が尽きてしまえば反射は止まる。まるで予定されていたかのように、ラプラスが勝利宣言を下した時点でリフレクトバレットはその効果を失って床に散らばっていた。

 銃弾が反射する音が消え、静寂が包む部屋の中でラプラスは口を開く。


「ここから先、あなたが逆転できる未来はありません。もう諦めて下さい。どうしても諦めないというなら、あなたの機動力を奪います。さすがに足を撃ち抜けばすぐには追って来れませんよね?」

「……なあ、ラプラス。教えてくれよ」


 負けが確定した中で、しかしアーサーの目は死んでいなかった。

 動かない体で、その目だけはしっかりとラプラスを見据えていた。


「救済って、何なんだろうな」

「……何の話ですか?」

「いや、単なる素朴な疑問だよ。今回の件で、根底にあるのはそれだと思ってさ」


 アーサーは浅く息を吐きながら、言葉を紡いでいく。


「人を助けるって、どこまでやれば助けた事になるんだろう? 例えば飢えに苦しむ人に一日分の食料を渡した所で何になる? その日だけ助けた気になって、明日からの事には無関心か? でもきっと、人助けってそういう事なんだと思う。結局他人が他人を助ける事ができるのは、目にしたその瞬間の些細な問題だけなんだろう」

「……話の主旨が見えません。あなたは結局、何が言いたいんですか?」

「だからさ」


 アーサーは少しだけ語気を強めて、


「本当は意味なんて無いんだよ、全部。俺がやろうとしてる事も、お前がやろうとしてる事も、エミリア・ニーデルマイヤーの計画やアウロラを助けた誰かさんの行いも。世界ってのは人の幸不幸に関わらず進んでいく。仮に明日、人類や魔族が滅びたって、また新しい生命体なんかが生まれて、新しい世界は俺達の関わりの無い所で回っていくよ」

「だから自分の事は棚に上げてアウロラさんを殺すのを止めろと?」

「そういう意味じゃない」


 多少の苛立ちを見せるラプラスが向ける銃口は、今のアーサーにとって絶対の抑止力だ。倒れたままの姿勢ではもう銃を弾き飛ばす事もできない。

 だが、それでもアーサーはあくまで強気に口を動かす。


「結局、俺達は自分が助けたいから助けてるだけなんだよ。そこにある意味なんてのは、ただ単純に自分の欲を満たしたいっていう人間の自我(エゴ)だけだ」

「……ではその自我(エゴ)に従って私はアウロラさんを殺しに行きます。それが世界が示した最適解ですから」


 未来を観測し続けてきた彼女にとって、自身の能力の結果は全てなのだろう。そもそも彼女はこの五〇〇年間、それしかしてこなかったのだから。

 しかしその前提条件を踏まえたうえでアーサーは、


「だったらなんで最初からその手段を取らなかった? どうしてわざわざ俺とコンタクトを取ってまで、アウロラを助けて未来を変えるなんていう回りくどい手段を取ろうとしたんだ?」

「それは……あの時はまだ未来を変えられると思っていたからで……」

「それならまだ間に合う」


 一際強い声音で、アーサーは断言するように言う。


「今からでも変えられる、どんな最悪な未来でも。お前が俺を撃ってそうしてくれたように」


 そう言われて。

 ここに来て初めてラプラスはグラついた。

 隠し事が親にバレて怒られる事を恐れている子供のように、彼女の体が一瞬硬直した。


「な、にを、言って……」

「知ってるよ。お前が俺を助けるために脇腹を撃ったんだって事は。あの状況で俺が死ぬ、そんな未来もあったんだろ? だからお前はそうならないように回避できる未来を最初に選び取ったんだ」

「それは……」


 表情は動いていなかったが、銃を持つ手に力が入ったのをアーサーは見逃さなかった。


「『世界観測(ラプラス)』も絶対じゃない、それはお前が証明してるんだ。お前を縛る未来は、絶対のモノなんかじゃないんだ!」

「……ですが、私にとっては観測した未来は絶対で……簡単に覆せるものじゃないんです。それをあなたが言うように前提条件から覆してしまったら全てが瓦解してしまいます。私が未来を決定している事になってしまいます。もしそんな事になったら、私は何をどうしたら良いか分からなくなりますよ……」


 それは人が大勢いる所で親とはぐれて迷子になってしまった子供のような、そんな心底弱ったような様子だった。


「簡単な事だよ」


 アーサーはそんなラプラスに向かって、大丈夫だと言い聞かせるように、


「お前はただ、どこかの誰かのためじゃなくて、自分の心に従って動けば良かったんだよ」

「……その結果が世界に混乱を招くとしてもですか?」

「ああ」

「……その先にあなたが死ぬ未来が待っていたとしてもですか?」

「そうだ。俺がどうなろうと最後まで頼ってくれれば良かったんだ。それだけで、俺はどんな結末が待っていても受け入れられたんだ」

「……あなたはその言葉の意味を理解しているのですか?」

「たしかに確実性には欠けるかもしれない。俺一人の力じゃ事態を収拾するに至らないのかもしれない。でも俺は頼って欲しかった! 全部俺の我が儘かもしれないけど、俺は最後までお前の側に立っていたかった! だって俺は『担ぎし者』なんだろ? だったら背負えるよ。俺にどんな理不尽や不幸が降りかかっても、お前の味方であり続けられるならいくらだって背負えたんだ!!」

「たった一人で魔族の大群を退けられる勇者でもない、当たり前の暴力で死んでしまうようなあなたが、銃弾一発でロクに動けなくなるようなあなたが『ポラリス王国』の闇の中心に立たされる事の意味が分かっているんですか!?」

「それでもお前やアウロラがこんなに追い詰められる事はなかったはずだ。お前が良心の呵責に苦しむ事も、アウロラが自分の死ぬ事について真剣に悩む事もなかったはずだ。それなのにお前は『世界観測(ラプラス)』の結果から勝手に判断した。俺を危険な場所から遠ざけて、お前達が一番苦しむ道を選んだんだ。そんな結末に納得して病院のベッドの上で呑気に寝てられる訳がないだろ!!」

「……その理屈はおかしいですよ」


 息をつく暇も無い言葉の応酬を重ねる中、ラプラスの漏らした一言で一瞬だけ空白が生まれた。

 銃口を向ける手を震わせながら、彼女は苦痛で歪んでるような顔をしていた。


「……やっぱり狂ってますよ、あなた達は。どうしてあなた達『担ぎし者』はいつもそうなんですか? なんであなた達は、天秤に掛ける自分の命がそんなに軽いんですか!? 自分に関係無い人達の事なんて見捨てれば良いじゃないですか! どうして身を削ってまで助けようとするんですか!! 私にはあなた達『担ぎし者』の考えこそが理解できない……ッ!!」

「どうして、か……」


 ぼんやりと、アーサーは呟いた。

 改めて、今まで自分が行動してきた理由を考えてみる。

 何一つとして見捨てる理由が無かったからか。自分の性根が言われた通り甘いからか。誰かを見捨てる事に後悔の念があったからか。

 様々な理由が頭に浮かんで来たが、そのどれにも引っ掛かりを覚えた。

 そうして、不純物を取り除くようにおあつらえ向きの理由に守られた心のメッキを剥がしていくと、結局答えは一つしか残らなかった。


「救われたから、かな」


 それはアーサー自身、確認するような口調だった。


「何て言うかさ、俺の命は俺だけのものじゃないんだよ。色んな人達に助けられて、俺はここに生きてるんだ。だからこれはきっと、俺なりの恩返しなんだよ」

「……あなたの事を助けた人達は、そんな命の使い方は望んでいないと思いますよ?」

「かもしれない。でも、俺はこうやって生きていくよ。それが俺にできる、妹達の遺志の継ぎ方なんだ」

「……そうですか」


 ラプラスは諦めたように呟き、改めて銃を構え直した。


「だからきっと、あなたは『担ぎし者』になったんですね。何も無作為に選ばれた訳じゃなくて、あなたの根底にあるその何かがあるからこそ、『担ぎし者』になったんですね」


 それで話は終わりだと言わんばかりに、その銃口はアーサーの足に向いている。


「……俺はお前に負けないよ」


 そんな状況だと言うのに、アーサーはそんな事を言った。

 それも負け惜しみを言っている風ではなく、何か確信があるように、


「一人っきりで戦ってるお前に、俺は絶対に負けない」

「あなただって一人じゃないですか。あの時近くにいた仲間に保護されたはずです。それなのに今は一人でこんな所に来てるじゃないですか」

「たしかに俺は一人でここに来たよ。心配してくれている人の手を振り解いて、仲間を頼らずにお前の元に来た。……でもさ、俺は一人で戦ってる訳じゃないんだよ。俺はみんなを置いてここに来たけど、仲間を一人も連れて来てないとは言っていないぞ!!」


 その言葉を合図に、ドアから白い何かが部屋の中に乱入してきた。

 ラプラスの『未来観測』ですら観測できていなかったその乱入者の正体は……。


「わんっ!!」

「カヴァス……!?」


 小さな白い獣が甲高い声を上げる。それにラプラスの意識が一瞬逸れた。

 そして、彼女の目の前にいる男はその一瞬を逃すほど甘い男ではなかった。

 アーサーは跳ねるように立ち上がり、開いた右手に残り少ない魔力を集める。『旋風掌底(せんぷうしょうてい)』。彼が持つ唯一の攻性魔術を発動するために。

 それに対してラプラスは一先ずバックステップで後ろに下がり、手に持つ実弾の入った銃をアーサーに向ける。


「……村を襲撃されたあの日から、俺は色んな事件に関わって来たよ」


『ジェミニ公国』『タウロス王国』『アリエス王国』。これまで通って来た三つの国で、彼はいつも事件に巻き込まれてきた。


「どれを取っても解決は容易じゃなかった。でもそれを何とかしてこれたのは俺一人の力じゃない、誰かの支えがあったからだ」


 グラヘルと戦った時はアレックスやアンナ。結祈(ゆき)と戦った時も國彦(くにひこ)に背中を押して貰った。『タウロス王国』ではアレックスと結祈だけでなくサラやニック達、アリシアをはじめとする国のみんなの助けがあった。『アリエス王国』でもエルフみんなの力を合わせて魔族の大群を退く事ができた。

 どれを見ても、たった一人の力で何とかしてきた事なんて一度もなかった。


「ラプラス。アンタは俺達『担ぎし者』が狂ってるって言ったな。でも俺からしたら、それを容認できない世界の方が狂ってるよ。だって、誰かを助けたいっていう思いが間違ってるなんて、そんなのおかしいだろ! どんなヤツが俺の立場にいたって、途中で志が折れてしまうんだとしても、誰だって、最初はこうしたいって思うはずなんだ!!」


 色んな事件で色んな人達と出会ってきた。

 中には平気で人を傷つけたり殺せたりするような人もいた。

 けれど、どこにだってそれを止めようとする人達がいた。味方が一人もいない状況だとしても、周りの人達が流されるままにそれが正しいと言っていても、強い意志を持って違うと言える人達も確かにいたのだ。そしてその強い決意に賛同する者達だって、そこには存在していたのだ。

 それが間違いだなんて、アーサーには到底思えなかった。

 だからきっと。

 それが拳を握り続ける理由なんだろう、とアーサーは思った。


「さあ、仕切り直しだラプラス」

「……っ」


 アーサーの魔力もラプラスの弾丸にも限りがある。

 次が最後のぶつかり合い。それを二人とも理解していた。


「俺はもう二度とお前を一人にしない。外の世界を見させてやるって決めてるんだ!!」


 そして、ここから先の未来は誰にも分からない。

ありがとうございます。

次回はヘルト側の決着です。

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