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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第五章 アーサー・レンフィールドとヘルト・ハイラント Beginning_Story_of_Heroes.
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97 少年達は少女の元へ

『ポラリス王国』には開発された後に放置された一帯というのがある。

 そこにいる人達と言えば街に溶け込めない不良グループやホームレス、逃げ回っている指名手配犯などしかいない廃れた地帯。

 そこにある廃ビルの一室、壁の一面がガラス張りで外を見下ろせる会議室くらいのそこそこの広さの部屋に、ヘルトの傍から離れたアウロラはそこにいた。


(……これで、よかったんですよね)


 彼女はヘルトが襲撃されている最中、ここぞとばかりに逃げ出した。それは決してヘルトの傍が嫌だったという訳ではなく、むしろその逆だった。

 研究所にいた自分の事を装置の部品としか見ていなかった人達の誰とも違い、ヘルトはただ一人の女の子として接してくれていた。それを感じ取っていたアウロラは嬉しいと感じる反面、とても怖くなった。

 これ以上迷惑をかけて良いのか、と。

 もしもこれが失われてしまったら、自分は一体どうなるのだろう、と。

 自分の体にGPSが埋め込まれているのは知っている、だから居場所がバレたのだ。

 きっと逃げた所で結末は変わらない。少年に迷惑をかけるだけかけて、最後には捕まって本来の歯車としての役割を果たす事になるのだ。

 アウロラは別に、それが嫌という訳では無い。元々『新人類化計画』のために生み出された人造生命体だというのは理解している。本来なら計画のためだけに街に放たれ、その後で情報だけ抜き取られて死ぬ存在だ。だからこんな感情を抱く権利なんてどこにもないんだろう。彼女はその事を受け入れていたし、いつでも死ぬ準備はできていた。


(そのはず……だったんですけどね……)


 それが少年との出会いで全て変わってしまった。

 真っ暗な拘束室の天井を突き破って外の世界に連れ出してくれた彼。一緒に食べたご飯は美味しかったし、他人と計画以外の事を話すのも新鮮で楽しかった。手袋を買ってくれた時は本当に嬉しかった。あんな風にディティールアナライズを気にしないで触れ合う事ができるなんて夢にも思っていなかった。もしあのまま少年と一緒にいれば、きっと楽しい未来が待っていたのだろう。アウロラはそれを予感ではなく確信として受け取っていた。

 けれど、そんな甘い幻想も終わり。

 自分は本来、やらなくてはならない事に戻らなければならない。

 これ以上無関係な人を巻き込む訳にはいかない。

 それは理解している。

 理解していてもなお、


「……でも、もし叶うのなら」


 ボロり、と。

 誰にも見られていないからこそ、人並みの感情を得つつある彼女の本音が漏れる。


「もっと、ふつうに生きていたかったなあ……」


 そして普通にヘルトに出会っていたら、と。

 アウロラはそんな風に考えて、研究所の迎えが来るまで座ったまま呆然としているしかなかった。


 そして、そんな思考の隙間に滑り込むように。

 カツン、コツン、足音が響いて来た。


 アウロラが音のした方を向くと、そちらから一人の少女が片手に自動拳銃を構えて歩いて来ていた。どうやって数ある部屋の中から自分を探し当てたのかは知らないが、その少女は自分を殺害できる武器を携えて迫ってきている。

 それを確認して、アウロラは穏やかな気分のまま投げやりに思っていた。


(ああ……おむかえがきた)


 彼女にとって死は恐れるものではなかった。

 ただ唯一、あの少年に別れの言葉を言えなかった事は心残りだが。


「アウロラさんですね」


 初対面のはずなのにどこか親近感を抱かせる彼女は、凍えるように固まった表情でラプラスを見据えていた。


「私はラプラス。多くの人間の利益のために、あなたを殺しに来ました」


 それを言われた時のアウロラの気持ちは安堵で埋まっていた。

 ようやく終われる、と。

 これで誰にも迷惑をかける事が無くなる、と。


「ほんとうに……ころして、くれるんですか……?」

「安心して下さい。すぐに楽にしてあげます」


 どこか通じ合っているように、二人の間に言葉は少なかった。何かの予定調和のように手順は進んでいく。

 アウロラは瞳を閉じて少し顔を上げ、ラプラスは銃口を真っ直ぐ急所に定める。


「……もしも。もしもあなたがヘルトに会うきかいがあったら、ありがとうございました、とだけつたえてください」

「……分かりました」


 簡単に命の奪える凶器を向けられながら、アウロラは最後に残してきた人への伝言を頼む。ラプラスはそれを受け取りながら、小刻みに震える手で拳銃を構える。

 すでに照準は合わせ終わり、あとは引き金を引くだけでいつでも命が奪える準備ができた。


「……」


 彼女は自分がこれからしようとしている事をようく理解したうえで、浅い呼吸を繰り返す。人差し指を動かすだけのはずなのに、その動作がとても難しいものに思えてくる。

 命を奪う。それは五〇〇年生きてきたラプラスでも初めての経験だった。


「……これでもう、だれにもめいわくをかけませんね」

「……はい。これを最後に、もう事態が悪化する事はありません」


 最後の会話。それでラプラスはようやく決心がつき、人差し指に力を入れる。

 思考と指の感覚を切り離し、最悪にして世界が弾き出した最適解の未来に向かう弾丸を射出しようとする。


 その、まさに直前の事だった。


 彼女達の横にあるガラス張りの壁から、一人の少年がガラスを砕いて部屋の中に乱入してきた。

 腰に火災時に使う放水ホースが巻かれているので、上階から外に飛び出して階下のこの部屋に入って来たのだろう。その少年はラプラスとアウロラの間に着地する。

 その少年は。

 つい先日、ラプラスが銃弾で撃ち抜いて裏切った少年だった。今頃は病院のベッドの上で安静にしており、ラプラスの観測したどの未来でもここにいる可能性を示す事のできなかった特異な性質を持つ『担ぎし者』だった。


「ようラプラス。ざっと一日ぶりだな」


 アーサー・レンフィールド。

 そうして彼はいつも通り、一つの祈りを胸に刻みながら、悲しみしか生まない理不尽に立ち向かっていく。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 ヘルトは凛祢(リンネ)の頭から手を放し、自信の頭を乱暴に掻きむしりながら言う。


「そもそも前提として間違ってたんだ。なんでぼく達がこの胸糞悪い研究所を吹き飛ばすのに躊躇しなくちゃならないんだ。人の命を自分勝手に使う連中なんか滅べば良い。人に勝手に役割を押し付けて優越感に浸るゴミクズ以下の価値しか無い人間なんざ、いなくなったって誰も困らないだろうに」

「少年、一体何を……?」


 突然の暴言を吐いたヘルトは、嘉恋(カレン)の静止に構わず一歩前に出て片手を前にかざして掌に魔力を集める。そして白い魔力の塊を形成すると、そこから一条のビームを放つ。これはヘルトの知り合いのレニ・マルティネンの複合魔術である溶解光線だ。

 それで施設の壁を憂さ晴らしするように撃ち抜きながらうんざりしたように、


「大体、この施設には人がいないんだし、さっさと潰してしまえば良いんだ」

「だが集束魔力砲は……」

「目立ち過ぎるからダメなんだろう? 分かってるよ。だから……」


 彼は言いながら、左手で大きなシートを作り出して二人に渡す。


「これは……」

「絶縁体のシートだ。それを隙間の無いように二人で被っててくれ」

「おい少年、まさか……」

「ああ、そのまさかだ」


 ヘルトは答えの代わりに、両手の掌の間を少しだけ開けて胸の前に持ってくる。するとその間で放電が起きた。


「ナターリヤの魔術を使う。これで施設を吹き飛ばす」


 そうして再び何かの憂さ晴らしをするように、ヘルトを中心に黄色い閃光が迸る。

 それは精密な機械の集合体である研究所の機能をウィルスのように奪っていく。しかも放電を行いながら溶解光線の射出は決して止めないので、彼を中心に研究所はどんどん破壊されていく。


(……こういう時だけ、元の世界に戻りたくなるんだよなあ……)


 何かの感情のタガが外れたヘルトは、遠目から見ると悪魔のような笑みを浮かべていた。


(まず、()()の心を殺した人間達を分解して殺せる。死体が出ないってのは完全犯罪への第一歩だからな、リスクが低い。それから学校施設とかも消し去りたいな。というかもう、あんな世界滅ぼしても良いような気がする。この力があればできるんだろうけど、ああ本当に残念だ)


 自身の感情が、心の内に封じ込めたドロドロとしたモノに侵食されていくのは感じていた。

 しかしそれは決して嫌なモノではなく、むしろ酷く心地良いモノに感じる。まるで侵食されているのではなく、余分なものが洗い流されて本来の自分に戻っているような、そんな感覚だ。


(……もう、本当に全部壊してしまおうか……)


 俗に言う人間の暖かい感情が消えていく。

 逆に全ての感覚が鋭くなっていく。

 嘉恋カレンの忠告すら忘れて鋼色の剣を取り出し、集束魔力砲の準備に入る。アウロラを救出した時とは規模の違う魔力がヘルトに集まる。その余波だけで床に亀裂が入り、壁が崩れていく。


「『ただその理想を(アイディール)―――!!」


 あと剣を振り下ろすだけで全てが完了する段階に来た所で、その腕を掴む手があった。

 白髪に深紅色の瞳を持つ少女。ヘルトの高濃度の魔力で皮膚が焼けて剥がれ落ちるのと、彼女の特性である『損傷修復(オートヒーリング)』を同時に行いながら苦痛に顔を歪めて傍らに立っていた。


「ヘルトさん……ダメです。ここでそんな力を使っても、誰も得をしません」

「……凛祢(リンネ)、か……?」


 その少女の存在で、ヘルトは正気に戻った。いや、もしかしたらあっちがヘルトの本質だったのかもしれないが、それでも一応は普段の彼の調子に戻った。

 彼は反省するように少し俯き、鋼色の剣を仕舞って言う。


「……すまない。ちょっと我を忘れてた」

「いえ、それはお互い様ですから。とにかく戻ってくれて良かったです」

「……ああ、そうだね」


 なぜだろう。ヘルトはこの結果に気分の悪いモノを感じていた。

 あと一歩で踏み外す所を止めてくれた事には感謝している。が、気分が良かったのを止められて微妙な感覚になっているのも確かだった。


「まったくヒヤッとしたよ、少年。あんなに暴走するのは凛祢(リンネ)の件以来じゃないか?」

「……そうだね。どうやら()()は自分で思ってたより少々本気でブチ切れていたみたいだ」


 ヘルトは自分が壊した研究所を見渡し、それから小さく息を吐いて言う。


「……ここはもう良いだろ。眞衣亜(マイア)の力で少し探って別の場所に……」

「ヘルトさん?」


 急に言葉を切ったヘルトを、怪訝な顔で凛祢(リンネ)は見上げる。


「……彼女が呼んでる。悪いけど、ぼくはここで消えるよ」

「おい、少年!?」


 それだけ言い残して、ヘルトの体は大気に溶けるように消え失せた。

ありがとうございます。

今回は少し、ヘルトの異常さに触れました。彼の精神はとても不安定です。ですから彼には歩く不安定な核爆弾のような印象を持って頂ければ。

次回はアーサー側の話です。

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