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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第五章 アーサー・レンフィールドとヘルト・ハイラント Beginning_Story_of_Heroes.
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96 逆襲する兎

 ヘルトの仲間の一人によって怪我の回復がなされたアーサーの足取りは幾分かマシなものになっていた。失った血までは戻っていないので少しふらついているが、問題はそれくらいだ。

 それより彼には重要な事があった。


「……そもそも勢いで飛び出してきたけど、ラプラスのやつはどこにいるんだ……?」


 ここまで徘徊するように街中を歩いて来たが、そもそも目的地が定まっていなかった事に今更気付く。傷が治って冷静さが戻ってきたのは良いが、問題は致命的だ。最低でもアウロラという少女を保護したいが、それだって容姿の分からない人を探すならまだラプラスを探す方がいくらか建設的だ。

 諦めてクロネコでも頼ろうか、とそう思った時、


「わんっ!」


 足元で白い犬、今まで気付かなかったがおそらく病院を抜け出した時から付いて来てくれていたであろうカヴァスが尻尾を左右に振りながら声を上げる。

 その様子にアーサーは何か確信を得たように、


「……カヴァス。まさかお前、匂いでラプラスを追えるのか?」

「わんっ!」

「でかしたぞ! 案内してくれ!!」


 カヴァスは利口にもアーサーの進行スピードに合わせて先導するように前を駆ける。

 アーサーはその後に付いて行きながら、頭ではラプラスの事を考えていた。あの時、路地裏で突然一人で消えてしまった少女。

 その理由が示す事を考えて、アーサーは静かに拳を握り締めた。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 ヘルトはアーサーの消えた雑踏の奥をしばらく眺めていた。その様子を不思議そうに凛祢(リンネ)は見つめながら、


「ヘルトさん? 何か気になる事でもありましたか?」

「いや……別になんでもない」


 凛祢リンネに言われてヘルトはようやく視線を外す。

 初対面の間柄のはずなのに、見送る事にどこか後ろ髪を引かれる妙な気分だった。


「どうした少年、これだけの少女に囲まれながらあの少年に惚れたか?」

「……嘉恋(カレン)さん。さすがにその洒落はぼくでも持て余すよ」


 これ以上は掘り下げられたくないヘルトは意図的に少年の事を意識から絶つ。


「それより嘉恋(カレン)さん。人数分けの方は?」

「ああ、それなら無事に分け終わったよ。研究所の数と合わせたから一チーム辺り一か所がノルマだね」

「じゃあ早速行こうか。みんなよろしく、お礼は後日何かしらの形で」


 あまりの言い分に拳の一つでも飛んできておかしくないが、そんな事態は起きなかった。彼女達はヘルトの一言で夜の街に霧散していくように消えていく。

 付いて来ていた人達が消え、傍らに残ったのが凛祢(リンネ)嘉恋(カレン)だけになるとヘルトは小さく息を吐いた。


「疲れるかい?」


 それを見逃さなかった嘉恋(カレン)はそんな疑問を投げかける。ヘルトはマズいものを見られた気分で何と言ったものか言いあぐねていたが、


「……まあ、ね」


 正直に言う事にした。

 彼にはこの世界で元いた世界の何倍もの人間と関わりを持って来たが、今残っている二人に関しては特別な思いを抱いている。それは彼女達と知り合った経緯が他の人達とは大きくズレているからだ。

 凛祢リンネはこの世界に来て初めて関係を持った相手で付き合いは一番長く、受信の魔術とは別口の問題解消のために付き合っているし、嘉恋(カレン)に至っては自分が楽しむためだけに付いて来ているだけだ。自分の魔術で自分の行動に巻き込んだ他の人達とは根本からズレているので、幾分か気持ちが楽なのだ。


「贅沢な悩みだねえ」

「ぼくは元々、人が大勢いる所は苦手なんだ。それが全員知り合いとなれば気だって滅入る」

「みんながみんな、君に好意を向けているのにかい?」

「だからこそ、だよ」


 ヘルトは吐き捨てるように言い、


「ぼくはそんな人達をぼくの事情で利用してる。彼女達には感謝よりも申し訳なさが先に立つんだよ」

「でも、利用する事に躊躇はしないんだろう?」

「そうだね。その辺りが下種なんだと自覚はしてるけど、利用する事に躊躇は無い」


 意地の悪い質問に、ヘルトはさらりと答えた。

 すでに葛藤を越えて達観したようなヘルトの姿勢に嘉恋(カレン)は軽く笑いながら、


「良いじゃないか。利用できるモノは何でも使う、私の信条と一緒だ」

「……そんなもんかね」


 何か言いかけたヘルトだったが、結局嘉恋(カレン)に同意する形で話題を切った。

 けれど一人、話題に入り込めなかった少女がその場にはいた。


「ヘルトさん」


 妙に強い語気でヘルトの名前を呼んだ凛祢(リンネ)は、歩みを進めるヘルトの正面に道を塞ぐように立ち、


「ワタシはワタシの意志で、ヘルトさんのために戦っています。だから利用、大いに結構です。これからも遠慮無く使って下さいっ!」

「使うって表現は嫌いだけど……」


 言いながらヘルトは凛祢(リンネ)の頭の上に手を置き、


「心に留めておくよ。ありがとう凛祢(リンネ)


 そんな風にこれから襲撃する研究所の話は一切せず、夜の散歩をしているような感覚で目的地へと辿り着いた。ヘルトはすぐにソナーのように魔力感知を使い、外から中の様子を探る。とりあえず中に人の存在が無い事を確認してから最後に方針を固める。

 その最初、嘉恋(カレン)はヘルトに向かって、


「ところで少年、今更だけど君の分解で建物ごと消せたりしないのかい?」

「結論から言うと難しい」


 一番手っ取り早い方法を即座に否定し、ヘルトは自身の右手に視線を落としながら、


「これ、強力だけど色々と制限が多いんだよ。ぼくが心から気に入ってるモノは分解できないし、大きすぎるモノもダメ、それに単一のモノじゃないと上手く作用しない」

「単一、ですか……?」

「ぼくの主観だけどね。例えば人は色んなもので構成されてるけど単一と見なせるから分解できる、でもこういう研究施設は用途の違う機械なんかが点在してる。これをぼくは単一とは見なせない」

「ふむ……。まあ力の割には可愛い制限といったところか」

「だからぼくとしては地下に潜って集束魔力砲をぶっぱなすのが一番手っ取り早いんだけど……」

「それは無理だ。先日から立て続けに空に集束魔力砲が上がってたらさすがに目立ち過ぎる」

「分かってるよ。だからこうしてわざわざ出向いてるんだ」


 無遠慮に、見つかる事すら気にせず門とそこを守っている警備ロボを右手で分解して中に押し入る。

 ここには元凶のエミリア・ニーデルマイヤーも行方不明のアウロラもいないだろう。モチベーションは多少下がっているが、それでもやるべき事をやるために内部に入る。

 重要な機材や配線、水道管や電線など研究所の運用に必要な物をひたすら破壊するために奥を目指す。すると案の定、少し長めの一本道の通路に入ると警備ロボが挟み込むように前後から遅い掛かってきた。

 彼は知らない話だが、かつて『タウロス王国』の地下で同じような目に遭っていたアーサーはこういった状況で全力で逃げ出した。しかしヘルトは慌てる様子も見せず、


嘉恋(カレン)さんは真ん中に。凛祢(リンネ)、後ろは頼めるか?」

「はい、任せて下さい」


 そう言ってヘルトは凛祢(リンネ)から視線を外すと、正面を向いて右手を前に突き出しながら例の文句を言う。


「『魔の力を以て世界の法を覆す』」


 ヘルトが使った魔法は『対魔族殲滅鎧装たいまぞくせんめつがいそう』と戦った時に使った距離の概念を消し去るものだ。

 そうして射程の概念が無くなったヘルトは、絶大な力を持つ右手を無造作に横に振る。

 特別な事は何もない、虫を払う時のような適当な動作だった。

 それなのに。

 たったそれだけの動作で、彼に迫って来ていた警備用のロボは全て分解されて消え失せた。

 この能力はあくまで物体の分解しかできないので魔術に対しては無力な右手だが、こうした物理的な相手に関してはほぼ無敵の力を誇る。

 かといって彼は魔力的な攻撃に対して無力な訳でもなく、『集束魔力砲』という奥の手もある。正真正銘、彼は最強をその身で体現しているのだ。


(さて、凛祢(リンネ)の方は……)


 前が片付いたヘルトが後ろを振り返ると……。


「ガァァァアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!」


 一匹の獣がいた。

 血走った目で警備ロボの一体に肉薄し、手刀で装甲を貫いて中のコードを掴んで引き抜く。

 動かなくなった警備ロボを蹴り飛ばし、ボーリングのように他の警備ロボを巻き込んで吹き飛ばす。

 他の警備ロボに銃弾で体を撃ち抜かれながら、虎爪の形にした両手で近くにいる警備ロボを切り裂いていく。

 そして一体一体倒すのが面倒くさくなったのか、大振りに振った右手の五指から生まれた不可視の刃を操り、残った警備ロボを一掃する。

逆襲する兎(サベージラビット)』。それは今のような戦いを見た者が付けた、彼女のもう一つの名前だった。


「グゥゥゥウウウウウウウウゥゥゥッッッ!!」


 凛祢リンネは戦う時、自分を意図的に暴走状態にする。だから戦闘後は誰かがこの暴走状態を解かなくてはならない。

 ヘルトは竜巻に突っ込むような心積もりで凛祢(リンネ)に背後から近づく。そして無造作に凛祢(リンネ)の肩に手を置き、


凛祢(リンネ)、もう大丈夫だ。ここにはお前を傷つける人はいない」

「……ゥ、ア? ……ヘル、トさん……?」

「ああ、お前の知ってるヘルトさんだ」


 凛祢リンネの目に生気が戻ってくる。そしていつものように深紅色の瞳が長い前髪に隠れる。


「もう大丈夫か?」

「……はい、ありがとうございます。……いつもすみません」


 凛祢リンネの体にはいくつもの銃創が付いていて出血も激しかったが、彼女には問題のない傷だった。やがて傷口から体内に残っていた銃弾が排出されると、自動的に傷が塞がる。

 獣以上に狂った戦闘力と異常な速さの『損傷修復(オートヒーリング)』。ここまでが彼女の能力の全てだ。ただこの力のせいで終わりの無い、普通の人なら死んでしまうような虐待にあっていたので、二人にとっても決して好ましい力という訳ではないが。


「まあ頼んだのはぼくの方だしね。いつも通り、別に気にもしてないよ」


 申し訳なさそうに俯く凛祢(リンネ)の頭の上に手を置いて、ヘルトはそう言う。そして言いながら、彼の視線は通路の先へと向いていた。

 神妙な面持ちだったが、ヘルトは内心でこんな風に思っていた。


(……なんか、急激に面倒くさくなってきたなあ……)

ありがとうございます。

凛祢の能力をこんな面倒くさいものにしたのには、ちゃんと意味があります。ただその話は今回は触れず、ずっと先に。

次回はヘルトとアーサー、両方の話が進みます。

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