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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第五章 アーサー・レンフィールドとヘルト・ハイラント Beginning_Story_of_Heroes.
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94 この先は決まった

 街に出てきたヘルトとアウロラはまず近くにあった適当な衣装店に入る。アウロラのディティールアナライズを防ぐための手袋を買うためだ。

 生まれてからずっと研究所にいたアウロラは当然として、元の世界からファッションに対して興味の無いヘルトも用途にあった手袋を探すのに適しているとは言えない。凛祢(リンネ)嘉恋(カレン)でもいれば話は簡単なのだが、今はいないので素直に店員を呼んで掌をすっぽりと覆える手袋を頼む。すると店員はアウロラを一瞥してから、すぐに薄手の五指まで覆うUVカット手袋を持って来た。

 一度だけディティールアナライズが発動するのを覚悟してもらい、アウロラにはめて貰う。静電気が起きたように一瞬だけビクッとなるが、それでも五指にしっかり嵌めた。念のため適当な服を触って本当にディティールアナライズを防げるか試して貰うと、


「だいじょうぶみたいです」

「じゃあそれを買おうか」


 そしてすぐに会計を済ませ、ヘルトとアウロラは衣装店の外に出る。早くも用事が終わってしまったが、このままホテルに帰るのでは味気がなさすぎるので、二人はそのまま街を散策する事にする。このなんてことない散策だけでもアウロラに『新人類化計画』に必要な記憶を溜め込んでしまう危険はあったが、ヘルトはそれを理解していても構う事はしなかった。


「っと、その前にアウロラ、ちょっと手を貸してくれ」

「こうですか?」


 言った通りに差し出してきた手をヘルトは取り、


「『魔の力を以て世界の法を覆す』」


 その文句は魔法を使用する時に必要なものだ。つまりヘルトはアウロラに対して何かの魔法を使ったのだが、


「???」

「気にしなくて良いよ。万が一の時のための保険みたいなものだから」


 そう言ってヘルトは手を離す。

 アウロラの方は使われた魔法について何も感じていなかった。ただ単に手を握られた、そんな感想しかなかった。

 不思議そうに自分の手を見つめながら首を傾げるアウロラに、ヘルトは言う。


「折角だしきみの行きたい所に行くけど希望とかある?」

「あっ、はい。うれしいもうしでですが……きぼういぜんにこの街にどういうものがあるのかを知りません」

「……たしかに、それもそうか。ちょっと待っててくれ」


 それに納得するとヘルトはマナフォンを取り出し、すぐに凛祢(リンネ)にコールする。相手はすぐに応答した。


『ヘルトさん、どうしたんですか? 嘉恋(カレン)さんならまだ作業中ですよ?』

「要件はそっちじゃないんだ。少し訊きたい事があって」

『訊きたい事ですか?』

「この街で女の子が楽しめるっていったらどこが良いかと思って。意見を訊きたいんだ」

『……ヘルトさん、もしかしてアウロラさんと二人で遊びに行くんですか?』

「ん? 凛祢(リンネ)も遊びたかった? それなら少し早いけど合流しようか?」

『良いんですか!? それならすぐに合流します! 今どこにいますか!?」

「そうだな……」


 何か目印になるものを探そうとぐるりと周りを見る。

 そこでヘルトは異変に気づいた。つい先程まで賑わっていた通りから、自分とアウロラ以外の人間が消えている事に。


『ヘルトさん? どうしたんですか?』

「……凛祢(リンネ)嘉恋(カレン)さんの作業を中断しても良いからぼくを探し出して合流してくれ。人払い系の魔術攻撃を受けている」

『えっ……それって―――』


 ブツッ! とマナフォンが唐突に切れた。辺りに魔力障壁を張られたか、もしくは結界魔術を使われたのかもしれない。どっちにしろ外部との通信手段は絶たれた。


「アウロラ、ぼくの傍を離れるなよ」


 背中にいるはずの彼女に呼びかけをするが、なぜか返事はなかった。

 嫌な予感を覚えて振り返ると、案の定そこにはアウロラの姿が無かった。その事に対する動揺や苛立ちよりも、まず自分への呆れの溜め息が漏れる。


「……はあ、クソッたれ。つまりぼくはまんまと罠に嵌まったって訳だ」


 油断していた言い逃れはできない。そもそもアウロラが失踪してから一晩、行動を起こすには十分すぎる程の時間が経っているのだ。

 ヘルトは視線の先、十数人の子供達が近づいてきているのを捉えていた。


「……なるほど、『造り出された天才児デザイナーズチャイルド』ってやつか。嘉恋(カレン)さんの言ってた通りだな。相変わらずこの国は腐ってる」


 そうして相手の正体を知りながら、ヘルトは躊躇する事なく少年達に足を進める。お互いが近づき合い、あと一〇メートルほど進めばぶつかり合う距離で両者は止まる。

『造り出された天才児』の内の一人の少女がカメラを、その隣の少年はマイクが内蔵されているであろうスピーカーを持ってヘルトと相対していた。やがてスピーカーから女性と思われる声が出る。


『なるほど……あなたがアウロラを連れ出した少年ですね?』

「ヘルト・ハイラントだ。そういうあなたはエミリア・ニーデルマイヤーか?」

『ええ、それでアウロラはどこですか? 早く引き渡して下さい』

「……?」


 その物言いに突っかかるよりもまず、頭に疑問が浮かぶ。


(……引き渡せ? こいつらがアウロラを転移させた訳じゃないのか……?)


 そうして困惑しているヘルトの態度をノーと受け取ったのか、エミリア・ニーデルマイヤーは溜め息混じりに言う。


『それにしても人間大の集束魔力砲とは恐れ入りましたよ。おかげで空中監視艇を一機失いました』

「それについては事故だった。許してくれとは言わないよ」


 ヘルトはその状況を利用する事にした。あくまでアウロラは隠していると仮定して会話を続ける。


『ええ、別に良いですよ。特に私の物という訳でもありませんし、アウロラだって遠くない内に外に出すつもりでした。計画が早まっただけです。それよりも』


 その言葉の途中で、ヘルトと『造り出された天才児』の間に何かが落ちてくる。

 アスファルトが砕け散って土煙が巻き起こる。ヘルトは後ろに大きく飛び退き、その何かを視認する。

 二メートル近くある巨体に、黒い金属の鎧で覆われた全身。体のあちこちからは砲身が飛び出している黒い悪魔。

 その正体は。


『あなたは、「対魔族殲滅鎧装たいまぞくせんめつがいそう」をご存知ですか?』


 それは不気味にうごめき、関節の駆動音を鳴らしながらヘルトとの距離を詰めてくる。


『あなたの存在は後々邪魔になりそうなので、ここで排除する事にしました。この鎧にはあらゆる魔術攻撃が効きません。いくらあなたが強力な魔術を使えてもこれで全くの無意味です』


 しかし遅い掛かる魔術の効かない科学の先兵に、ヘルトはさして慌てる様子も見せずにこう言い放った。


「ああ、当然知ってるとも。『魔の力を以て世界の法を覆す』」


 魔法を使うための文句を呟き、ヘルトは異空間から鋼色の剣を取り出して『対魔族殲滅鎧装』に届かない位置で横薙ぎに振るった。

 彼が取った行動はたったそれだけ。

 それだけで物理的に斬撃は届かないはずなのに、ヘルトの剣が横に振られただけで『対魔族殲滅鎧装』の胴体は真っ二つに割れて上半身が地面に転がる。


『な……っ!?』


 その光景に、スピーカーの向こう側でエミリア・ニーデルマイヤーは驚愕の声を上げる。


『馬鹿な!! 「対魔族殲滅鎧装」は魔法でも吸収できるはず……ッ!!』

「知っていると言っただろう。『対魔族殲滅鎧装』の魔力吸収はあくまで鎧から約一〇センチ離れた位置にあるフィルターで行われる。だからそれ以上に伸びた位置から放たれる魔力砲はそのフィルターに引っ掛からないんだ。逆に言えばゼロ距離で放たれた魔術は吸収できないんだろう?」

『でもあなたはゼロ距離なんてものじゃない、そんな位置から魔法で干渉なんて……!!』

「『対魔族殲滅鎧装』は概念干渉系の魔術までは無効化できないんだろう? ぼくが使ったのは攻撃において距離の概念を消し去る概念干渉系の魔法だ。そしてこの剣にはたとえユーティリウムだろうと魔術的な盾だろうと関係なく切断できる力がある。だから、この剣の刃と鎧の装甲の距離をゼロにして斬り裂いたんだ」

『な、あ……っ』


 エミリア・ニーデルマイヤーの愕然とした声がスピーカーから漏れる。向こう側で彼女がどんな表情を浮かべているのか容易に想像でき、ヘルトは深い溜め息をつく。


「おい、この程度かよ科学の犬。こう見えてぼくはかなり頭にきてるんだ。そっちが来ないならぼくから行くぞ」

『ぐっ……舐めるな!! こっちにはまだ「造り出された天才児」がいるのを忘れたか!?』

「もちろん忘れてないよ」


 そう言ってヘルトは右手をパーの形にして前に突き出す。

 たったそれだけなのに、まるでその手に直接抑えつけられているかのように『造り出された天才児』の動きが止まる。


「ここまで追って来たならぼくが物を消せるのは知っているだろう? ぼくが右手で触れて物を消す時のタネ明かしをするとね、実際には消し飛ばしてるんじゃなくて分解してるんだ。そして、分解した事のあるものは左手で再構築できる。こんな風に」


 ヘルトはポケットから取り出した硬貨を右手で分解し、左手に再構築してみせる。傍から見れば手品のようにしか見えないが、その力は本物だ。


「ぼくはこれからきみに右手で触れて分解する訳だが、その後すぐに左手で再構築してあげるよ。さて、ここで簡単な問題。人間を分解して再構築した時、それは本当に本人って言えるのかな?」

『そんな事はどうでも良い! ガキ共、さっさとそいつを殺して死体を持って来い!!』


 スピーカーから流れる命令に従い、今まで攻めあぐねていた子供達は何の逡巡もなくヘルトに向かって一斉に攻撃を始める。

 一人でも殺人級の力を持つ子供が十数人同時に襲い掛かってくる。そんな状況でもヘルトは全く動揺せずに首を傾げて関節を鳴らしながら皮肉気に言う。


「はあ……まったく、結末が分かってる戦いほど虚しいものもないなあ」


 そこから先は凄惨そのものだった。

 ヘルトは向かって来た『造り出された天才児』を宣言通り右手で消しては左手で再構築する。しかしそれをやられても何度も立ち向かって来る姿を見て、それが死を恐れない相手だと理解した途端に再構築を止めて右手の分解だけに力を注ぐ。

 そうして圧倒的な力を持つ『造り出された天才児』は、まるで赤子のようにヘルトに弄ばれる形で全滅した。


「さて、と。聞こえているか、エミリア・ニーデルマイヤー。次はお前の番だ」


 ヘルトはもうこの場にはいない少年が落として傷の付いたスピーカーに向かって喋る。

 流れる音に雑音が混じっているので壊れているのかもしれないが、それでも構わずヘルトは言う。


「ぼくはこれから仲間達と合流して研究所を一つずつ潰していく。さあここがきみの岐路だ。すでに『新人類化計画』への道は通行止め、あとは潔く諦めてアウロラを追いかけ回すのを止めるか無意味な抵抗をするかの二つに一つだ。好きに選んでくれて良いぞ?」

『……』

「返事が無くてもぼくらの行動は変わらない。きみの計画は今日、この場で終わったんだ」

『……ものなら』


 スピーカーから流れる雑音に混じって、その声はハッキリとヘルトの耳に届いて来た。


『やれるものならやってみろ!!』

「それがきみの選択って事で良いんだな?」


 ブチッ! と雑音を残してエミリア・ニーデルマイヤーはスピーカーの回線を切った。

 賽は投げられた。

 であれば、この後にすべき事が両者には分かっていた。

ありがとうございます。

ヘルトの能力をこんな面倒くさいものにしたのには理由があります。それはかなり先の話で明らかにします。

次回は行間を一つ挟もうと思います。前回の行間の続きの話です。

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