009
日時計が、9時のメモリに影を落とす頃。
ブランシュは、自室の真っ白で、煌びやかな飾りの輝く、
天街付きのベットの上で、
メイドに体を揺すり起こされ、やっとの事で目を覚ました。
夜明け前の来訪者の言葉は、秘書役のメイドによってメモに取られ、
『失礼かと思いましたが、これ以上遅くなっては不都合かと』と、
朝の支度をするメイドによって、ブランシュに読み聞かせられる。
『王子からの伝言です。』と、語られた言葉は、
『ノワールが、体調を崩して甘えたがってるので、俺は忙しい。
仕方ないので、ノワールが我儘を言わなくなるまで、
ブランシュ、お前に俺の代理を頼みたい。
俺の士官学校での同級生。
ヤファエルの魔術師で、ヤファエルの王子。
「セイブル・ウォーロック・アドナイ」を接待して欲しい。
御供の付き人、及び、護衛の兵士、馬車は手配済みで、
セイブルにも了承を取ってある。観光案内をすると良いであろう。
カンペも用意しておいた。気付かれぬ様に使うと良い。
グレンデルの姫として、恥ずかしくない様に、頑張ってくれ!』
との事だった。
それは、
両親を同じくするブランシュの兄のアンブルからの伝言である。
『ワタクシが体調を崩しても、
御見舞に来ては、下さらないのにね……。』とブランシュは、
寝起き早々、大きく深く溜息を吐く事しかできない。
ブランシュの溜息を耳にしたメイド達は口々に、
『見舞いの品は、必ず届くではありませんか!』と、
慰めの言葉を掛ける。
が、しかし……。
どんな言葉を掛けても、一向にブランシュの表情が変わらないので、
『王子殿下は、ノワールさんに「贈り物はしない」と、
人伝に聞いた事がありましてよ』と、新人らしきメイドが言う。
ブランシュは自嘲気味に微笑み、
『あの子は、高価な物を貰っても喜びません。
「城下の警備兵の更衣室の棚に置いて、盗まれるような物は、
管理に困るからいらない」と言って、必ず返却するのです。
ノワールは、「貰えない」ではなく、貰わないのです。
だから、兄様は、「贈り物をしない」ではなく、
「贈り物ができない」のですよ』と言った。
事実、ノワールは、城にあった筈の自室をアンブルに明け渡して、
ここ数年、「根無し草生活」と言うモノをしている。
王立図書館、神殿関連施設、私物を置いている城下の警備の関連施設、
最高位の神官であるファルマの自宅と別荘を始め、
先王の自宅と別荘、アンブル所有の別荘等を巡回する様に移動し、
塒にしているのだが、仕事場以外には基本、私物を置かない。
置いておく場所がないので、
ブランシュの「ノワールは、貰わない」と言うのは、大当たりである。
黙り込んでしまったブランシュに、メイド達は掛ける言葉を見失い、
ブランシュも動かないので、
気不味さが際立って、誰もが身動きもできなくなった。
暫くすると、『遅い!』と、ベテランのメイドが様子を見に来て、
『ブランシュ姫様、もう、お昼になりますわよ?
ヤファエルのセイブル王子様をこれ以上、御待たせするのは、
如何なモノかと、存じ上げます。』と言って、
ブランシュに着替えを促した。
そう言う事情もあり。
ブランシュが、余所行きの豪華なドレスへの着替えを終え、
化粧をし、身形を完璧に仕上げた頃には、昼になっていた。
その時、元ノワールの自室だった客室に寝泊まりするセイブルは、
アンブルから、軽く話は聞いていたものの、
昼前に部屋に立ち寄って、部屋を管理するメイドに確かめた結果、
ブランシュからの連絡は入っていないそうなので、
場内の兵舎にある兵士の為の食堂で、既に昼食を食べていた。
その食事が終わる頃、「ヤファエルのセイブル王子」を捜して、
疲れ果てた様子のブランシュ付きのメイドが、
周囲とは違う濃い色合い「焦げ茶色」をした髪を持つ、
アンブルとセイブルの士官学校時代の先輩に連れてこられた。
汗だくになっていたブランシュの所のメイドは、セイブルを見るなり、
半泣きの状態から、本当に涙を流し泣き出して、
「ブランシュからの手紙」を跪いて手渡し、
手紙の内容を擁護する様に訴え、
『ブランシュ姫様と一緒に、昼食を食べて欲しいのです。』と、
必死で懇願する。
セイブルの士官学校時代の先輩は、メイドに同情し
『しっかり居場所、連絡しとったらな、あかんやろ?
捜す役になった奴等が、気の毒でしゃぁ~ないわぁ~』と言った。
「連絡がなかったか?」を昼食をとる前に、部屋に戻ってちゃんと、
確認していたセイブルは理不尽に思いながら、嘆息する。
それから、
昼食を取る場所確認して、何かを思いついた様にニヤリと笑い。
『先輩がそう言うなら、仕方がないから、食べに行きましょうか…
ね、エルステ先輩!御一緒してくれますよね?』と、言った。
エルステは『え?マジで?』と言いながら、
セイブルがメイドに渡された書状の場所欄を確認して、
『うぅ~わっ、嫌やなぁ~…ブランシュ姫の周囲の奴等って特に、
色が濃くてキモイって、俺の茶髪と黒い眼、嫌うんやで?
正直、公爵の居住エリア何かに御供したないわ!
御供が必須や言うても、連れていくなら、後輩を連れて行き~さ』と、
エルステは苦笑いする。
『嫌ですよ!何の罰ゲームですか?』と、セイブルは怒鳴り。
自分の黒髪と黒い眼を指して、
『他国の王子と言えど、僕のは先輩のより、
もっと髪とか、色が濃いんですよ?そんな場所に、
この国の国民特有の色素の薄い御供を連れていくなんて嫌です!
先輩が僕の立場なら、分かるでしょ?逃がしませんよ!』と、
エルステの腕を掴んでいた。
セイブルを連れて戻る様に言われたであろう。
ブランシュの所のメイドも、何時の間にか、セイブルの見方に付き、
エルステのもう片方の腕にしがみ付き放さない。
エルステは頭を抱え、大きく溜息を吐いて、
『本当は、ちゃっちゃと飯食って、
ウチの妹ちゃんの見舞いに行く予定やったんやけどなぁ~……。
しゃぁ~ないなぁ~、アホみたいに長々と飯食うんは、好きちゃうし、
性に合わんのやけど、今回だけは、付きおぉ~たるわ!
そん変わり、今度、奢ったってやぁ~』と言って、同僚に、
『隊長に、臨時の仕事で、ヤファエルの王子の付き人するて、
連絡しとったって』と、伝言を頼んでから、
目的地に向かって歩き出す。
『妹ちゃんって…確か……。
「甘えん坊のノア」と「気の強いワール」って娘の事ですよね?』
セイブルの問いに、エルステは、
『あはは……。まぁ~、他にもおるけど、そう言う類のやな』と、
曖昧に微笑みを浮かべ、
『そうそう、最近、元気やから、「ノア」に合う機会がないんよ、
久し振りやから、本当は、甘やかしに行きたかったんやで?』と言う。
『すみません!でも、今日は僕に付き合って下さい。』
『まぁ~えぇ~けど、でもな、
遅なったら、ファルマ爺さん会わしてくれんし、
仕事終わりじゃ、夕方なってまうから、会えんしで、
昼休みしかなかったんやで、今晩、酒、奢ったってやぁ?』
『了解しました。』
『タダ酒、アホ程飲んだるから、覚悟しぃ~よ?』
『うぅ~わ、高く付きそうですね』
セイブルとエルステは、後ろから、
メイドが付いて来ているのも気にしないで、2人で笑いながら話し、
城の裏手近くにある目的地を目指した。