008
舞踏会の後、アンブルに保護されたノワールは、「生まれた時」と、
10年程前と、4年前、「鞭打ちの刑で死に掛けた時」と同じ様に、
王宮薬剤師達が仕事している薬科塔に、強制収容される。
今回は、
触れている間しか発動させられないノワールが苦手な魔法の使い方。
舞踏会で自分と踊るお嬢様方全員の魅力を強化する為に無理をし、
魔力として削り取って使った生命力の残量が、
極端に少なくなってしまった事。
休憩無しでぶっ続けになったダンスで溜まった疲労。
意外と激しい運動しているのに、
水分の摂取をさせて貰えなかった脱水症状の複合要因で、
舞踏会での役目を終えたと同時に、ノワールは倒れたのだった。
倒れた後は、アンブルが保護に乗り出す程、心配した通り、
ノワールは高熱を出し、ぶっ続けのダンスによる筋肉疲労と、
その後にやってくる筋肉痛も相俟って、寝込んでしまう。
因みに、病床のノワールは、甘えん坊のお子様に変身する。
普通に風邪気味の時も「多少はデレる」のだが、今回は、
人が変わったかの様に、史上最高のデレを連発してくれていた。
ノワールは意識朦朧の状態。真っ白な病室で、
ノワールが正気の時になら、着る事を断固拒否するであろう、
真っ白で愛らしいデザインのネグリジェを本人が知らぬ間に、
こっそり着せられた状況で、
幼い頃の様に、屈託の無い微笑みを浮かべて、
ファルマを『ジィ~ジ』と、甘く優しく呼んでいた。
それだけで、フォルマは頬を染め、
鼻血を垂らし、眼尻に涙の滴を光らせたまま、
『ノアちゃん…どないしたん?
欲しいもんあったら、何でも言いぃ~や?準備するで?』と、
孫を溺愛する祖父モードに突入する。
アンブルも、高熱を出しているノワールに涙目で、
『アンブル兄様』と久し振りに呼ばれ、鼻血を吹き出し、
『迷惑を掛けてしまって、すみません』と、はにかみながら言われ、
思いっきり胸を撃たれ、妹を溺愛するシスコン心に火を点けた。
王宮薬剤師達は…と言うと……。
皆が独身か、子供のいない高齢夫婦で、
ノワールの年くらいの子や孫がいてもおかしくない年齢な為。
ノワールに申し訳なさそうに、病床にある事を謝られてしまい。
ノワールに対して、保護者モードのスイッチが入ってしまっていた。
普段、御礼は言っていても、
不器用な程に甘え下手で、素直に感情表現できないノワールが、
別人の様に、ストーレートに感情を表し、甘えてくるが為に、
ノワールを良く知っている甘えられた側の者達が、
嬉しくなって甘やかしてしまうのは、言うまでもない。
こうして、昔馴染みの内輪ネタ、
上手に自分の名前が言えなかった頃に戻った様なノワール。
通称「ノア」の出現に、今回も皆が若干、暴走する事となった。
ノワールを守る為だけに、今、ノワールを収容する薬科塔は、
ファルマとアンブルの権限を最大限に発揮して、
薬剤師等の関係者以外の立ち入りを厳しく制限し、
セイブルの立ち入りは勿論、
精神的な負担になりそうな、ノワールの姉のブランシュを排除し、
国王と王妃、その関係者、全ての侵入を完全に阻止した。
更に、ノワールを心配して見舞いに来た者達からの、
「病原菌の2次感染の危険」を考慮する名目で、
紛れ込む可能性のある王や王妃からの刺客を須らく排除していた。
その頃、アンブルの友人として王宮に滞在していたセイブルは、
アンブルが、ノワールの事で薬科塔に行ってしまい。
そこへは連れて行って貰えない為、暇を持て余していた。
士官学校の名残で、夜明け前から活動するセイブルは、
『お前に、今のノワールを合わせてはやれない。』と、
朝食の席、同じ生活スタイルを続けているアンブルに言われ、
『ノワールは駄目だけど、俺のもう一人の妹、
ノワールの姉のブランシュはどうだ?
ノワールの事が知りたいだけなら、そっち経由で知っていけば良い。
俺の友人として、持成して貰える様に連絡しておくから』と言って、
早々に出掛けられてしまったのだ。
仕方無しにセイブルは、
全寮制の同じ士官学校に在籍していた貴族の子で、
今、グレンデルの兵士として働く、先輩達や、同級生、
後輩達の職場を訪ね。『暇だから』と、訓練に強引に参加して、
『アンブルが構ってくれない』と皆に愚痴りながら、
序に、構って貰えない原因と変化したノワールの素性、
人柄等を訊ねて回る。
結果は、人柄的な部分について、地位や立場によって評価の落差が、
天と地程に激しく違う事が判明した事。
服装は黒に統一され、仮面を常備し、仮面を被っている事が多い、
素顔を晒さないタイプの御嬢さんである事が分かった。
相対的にノワールは、士官学校に行けない程に貧乏な貴族や平民、
貧乏商人には、受けが良く。
金持ちの子供、爵位を持つ者等の、金や権力のある者達には、
『態度が悪い。躾がなっていない。』と、傍から聞いていて、
奇妙に感じるレベルで、受けが悪いらしい。
上位に立つ者達が語る、ノワールの素性に関する噂の中では・・・
ノワールの母親は王妃の中で唯一、五等爵位の一番下、
「男爵」と言う低い爵位の家柄の出で、不道徳な女だったらしい。
ノワールを妊娠前後も不倫の噂が絶えず。
王と婚姻関係になる前から、王の弟と愛人関係にあったと言う。
「そんな女の子供だから、素行が悪い筈だ!」
「兄の妻と不倫する様な、不道徳な男の子供の可能性が高いから、
そちらの素行の悪さをも引いているのではないか?」
そう言う親から教えられた偏見を元に、
高い爵位の貴族の子達の中では、
『~なんじゃない?知らないけど』と言う形式で
それに連なる悪い噂が作成されたのだろう。
アンブルの話を信じるなら・・・
ノワールに関係する悪い噂は、グダグダ感が否めない。
信用性に欠けるモノばかりだった。
アンブルや、貧乏な貴族や平民、貧乏商人曰くの情報では・・・
ノワールは王宮薬剤師仕込みの薬師で、趣味で薬を調合して、
城から離れた村に出向いては、道具屋に卸し、小銭を稼ぎ。
城下の町医者組合に参加していて、組合からか給料を貰い。
夜間と緊急時には、医者としても仕事をしていると言う。
どちらも、金の稼ぎ方としては上手くなかったりする。
城下で売れば、高額買取だが、貧乏人しかいない村で売れば、
それなりの値段にしかならない。
医者の仕事に至っては、「町医者組合の仕事のみ」らしく、
半分ボランティアな仕事の為、大した稼ぎにはならないだろう。
この事は、アンブルだけではなく。爵位を持たない貴族の青年達、
商人出や、平民出の兵士達も、言っていた。
『ノワールは金を稼ぐよりも、人の役に立つ仕事をして働く事のが、
好きなのではないだろうか?』と、
それはちょっと、ノワール的には誤解なのだが……。
ノワール自身以外、誰も、事実を知る由はない。
アンブルとセイブルを含む。そんな者達が、
ノワールの本音を見破る事は、どう考えても難しいだろう。
その為に、セイブルには、
「国王の命令で、無給で兵士として働いてる娘が、無駄に態々、
上司に昇給を申し出ないだろうし、
女である事を利用して、上司を誘惑をする必要は無いだろうな」と、
地位の高い者達によるノワールに対するグレンデル国内の噂話は、
否定する事以外できなかった。