023
ノワールは深呼吸してから、
『エルステ兄さん、オランジュさん、おはようございます。』と、
表面上、笑顔で礼儀正しく挨拶し、
「逃げ出したくなる今の状況って、何の為の罰ゲームですか?」と、
密かに気落ちし、悲しみながら、
『状況の説明して貰っても?』と問い掛け、現在位置と事情を知る。
どうやら現在地は、グレンデルの国から出て、
ヤハウェルの国の側にある国境沿いの元砦。外観は城っぽいらしく、
近年では、有名な観光地になっている場所らしい。
更に、昨晩の内に、エルステとオランジュが式だけ挙げて、
セイブルの帰国に合わせて、「新婚旅行」と言う名目を手に入れ、
ノワールをセイブルの家へ預ける為に、
旅行の荷物にノワールを詰めて関所を越えて、運んでいる途中に、
立ち寄った「この場所」は、
新婚旅行で一番人気の高級な宿の一室だと言う。
『騎士と御姫様ごっこが出来るのよ』と、
オランジュが幸せそうに語っていた。
因みにココに泊まる事になった理由は、
土地柄的に溜まりやすい魔力の瘴気に対応できなかったノワールが、
「熱病の症状を発症したから」との事だった。
『グレンデルには、魔力の瘴気が溜まる場所とかなかったし、
魔力を持ってても、慣れてへんくて当てられるんは、
しゃぁ~ない事態や、気にすんな』とエルステはノワールに言うが、
『それ以前の問題です。
エルステ兄さんは勿論、オランジュさんにも、自分の為に、
誰かが罰せられる危険を冒すのは嫌だと、伝えた事ありますよね?
前々から、その事は知っていた筈ですよね?
何故に私は国境を密入国で越えて、ここに居るのでしょうか?』
ノワールは苛立ち、普段に無く、2人に詰め寄る。
エルステとオランジュの2人は、ノワールの気持ちも知らずに、
顔を見合わせ、『新婚旅行に、海外旅行をするチャンスだったし』と、
気まずそうに笑うだけだった。
詰め寄ってて虚しくなったノワールは、一度目を閉じ切り替えて、
『もういぃ~です。』と踵を返し、ベットに戻り、
布団に潜り込む。のだが…しかし……。
拗ねて不貞寝を決め込んだノワールの体調を気にして、
エルステとオランジュが寄って来る。
そんな針の筵、密かな嫉妬と後悔の海から、
ノワールを救い出してくれたのはセイブルだった。
その時、エルステへのノワールの気持ちを知ったセイブル以外、
ノワールに助け舟を出せる存在がいなかった。。
セイブルは、何食わぬ顔で、『この国での風土病の看病は、
この国で生まれ育った僕に任せて、2人は、
周囲に新婚旅行に来ている事をアピールしてきて下さい。
本当に新婚旅行なのに、怪しまれたら面白くないですよ?
これ以上、体調不良のノワールに、
気を使わさせちゃ駄目ですし、ね?可哀そうでしょ?』と、
エルステとオランジュを部屋から追い出してくれる。
そして、セイブルは余計な事に、
『弱ってる時に口説かれると落ちやすいって言いますけど、
僕が今、口説いたら、僕に陥落してくれますか?』等と言って、
「誰かに慰めて欲しいと思う心」まで、
ノワールの中から追い出してくれた。
ノワールは冷静に『無理ですね』と答え、セイブルの御蔭で、
『所で、私の着替えってありますか?
ネグリジェとかって、着てて、居心地が悪いんですけど』と、
言えるくらいには、自分を立て直す事ができた。
その日の夜、ノワールは不思議な夢を見る。
演武をする時に着用する鎧を着た自分がソファーで眠り。
それに付き添う様に、
男装した自分が、そのソファーに寄りかかり眠っている。
更に、黒く丸い球体の中で眠る自分は、空中に浮いていた。
目の前には、ビスクドールを抱く幼児。
誰かに似た雰囲気の幼児は、ノワールを見て憂鬱そうに微笑み。
胸元を指し、『もう遅いかもしれないけど、
王子様に、ヴァニタスを触らせちゃ駄目よ』と言った。
翌朝、目を覚ましたノワールは、
寝ぼけ眼で、胸元に張り付いた謎の球体を触りながら、
『ヴァニタスって、いったいなんなんでしょう?』と小さく呟き、
『ん?なに?何か言った?』と、身動ぎしながら、
ノワールの顔を覗き込んできたセイブルの存在に絶句する。
セイブルはノワールが寝ている掛け布団の上で、
ノワールと手を繋ぎ、毛布を掛けて寝ていた様子だ。
ノワールがその理由を問う前に、セイブルは、
『大丈夫、求められるまで、手は出さないから、
でも、求められなくても、1番近くに居るつもりだから、
覚悟しておいておくれよ』と言い、
優しく抱き寄せ、ノワールの額に唇を軽く触れさせてから、
『今日は、顔色が良いね、そろそろ次の町を目指そうか、
エルステ達にも連絡してくるよ』と、ノワールに着替えを渡して、
ノワールの前から足早で立ち去ってくれる。
部屋に1人、残されてしまったノワールは、暫く呆気にとられ、
気付かぬ内に胸元の球体の存在と、夢の事を忘れてしまった。
それより何より、ノワールにとって問題だったのは、
「慣れません…如何しても、落ち着けません……。」
セイブルから渡された着替え、「膝上丈のスカート」だった。
城下で、お洒落な女の子達が、
着用しているのをノワールも目にする事はあったのだが、
『念の為の変装とは言え、
まさか、自分で着る日が来るとは思いませんでした……。』と、
脱力しながら鏡の前の自分を眺め、
違和感無く、それを着こなすオランジュに、
『私が着ていて、おかしくは無いでしょうか?』と、
訊ねる日が来るとは……。正直、流石のノワールも、
想像するどころか、思いもしなかったのは言うまでも無い。
そんなこんなで、ノワールにとって、着慣れないスカートは、
ノワールの心拍数を上がりっぱなしにする起爆剤になってしまった。
それを狙っていたらしきセイブルは、
そんな緊張しまくるノワールを恋人の様にエスコートし、
ある意味で、吊橋効果的なモノを利用して、
ノワールとの親密さを詰めて行く作戦を実行して行く。
ノワールは、過去に切り捨てられた時の記憶を頼りに、
セイブルに気持ちを持って行かれない様に警戒しながら、
セイブルの御蔭で、エルステとオランジュの親密さを見て、
動揺する回数が減っている事を感謝する様になっていた。
そんな、エルステとオランジュが見守る恋愛攻防戦の勝者は、
「アンブルが、複雑な思いをするんやろな」とエルステが思う中。
『長期戦で口説いて行くよ』と嘯いて、
『君の知識が役に立つ、職場を紹介してあげるね』と笑い。
『仕事に慣れたら、僕の国を僕が直々に案内するから、
一緒に旅行に行く心積もりは、しておいて下さいね』と、
ノワールを油断させた「セイブルの勝利」で幕を下ろす。
勝敗が付いた時、別行動をしていたエルステとオランジュには、
事の顛末は分らないが、
ノワールの胸元を飾っていたモノが、そこから消えて、
ノワールがセイブルの腕の中で、
髪を撫でられ大人しくしている事から、それを推察できる。
ノワールが勝利していたら、ノワールが逃げ出していて、
ノワールは、この場には、存在していなかったであろう。
今日は、ついて行き辛い急展開、ヤハウェルの城に到着して早々、
セイブルが計画的に準備していたらしい、
「セイブルとノワールの婚約式」と言う御祭騒ぎとなっていた。
まだ、ノワールを嫁にやるつもりはなかったであろう。
アンブルの事は追いておいて、
セイブルは婚約式で、『他のモノが無価値に感じるくらい、
僕がノワールを幸せにして見せるよ』と御機嫌に笑っている。
エルステは『大きく出たな!ガンバリや!』とは、言ったモノの、
「他のモノが無価値に感じるくらいて、それって……。
ホンマに幸せな事なんやろ~か?」と、
密かに疑問を抱くのであった。




