018
アンブルの配下の者が、ノワールの居場所を見付け、
城下にある一般向けの治療院へと行った時の事。
ブランシュは、自分の罪を棚に上げ、自分が主催の夜会で、
抜き身の刃をセイブルに向け、
招待客を巻き添えにして殺したノワールに対し、
言い知れぬ腹立たしさを感じていた。
ブランシュの兄であるアンブルも、
ブランシュが思いを寄せているセイブルも、何故か、
ブランシュの基準で考えると、
アンブルとセイブルが悪い訳でも無いのに、ノワールに気を使い。
ブランシュの目の前で、ノワールに謝罪している。
少し前までは気付かなかったが、どんな理由があろうとも、
「セイブルの心が、格下の妹のノワールに向いている。」
その事実が、ブランシュにとって、凄く腹立たしかった。
それ以上に、ブランシュが気に入らなかったのは、ノワールの態度。
ノワールは、これ見よがしに、背中の傷痕を見せて、
謝られても、返事をする事無く、知らん顔をしている。
「ノワールは、故意に背中の傷を見せ、
セイブルに責任感を植え付けて、利用しようとしている。」
その時のブランシュには、そう思えて仕方がなかった。
ブランシュが怒りを込めてノワールを睨んでいると、
ノワールと視線が合う。
ブランシュ目線のノワールは、兄のアンブルと、
ブランシュが思いを寄せるセイブルに、代わる代わる労って貰い。
その事をブランシュに自慢している様にしか、
ブランシュには見えなくて、仕方がなかった。
ブランシュはこの時、
セイブルがノワールの怪我を見て、ノワールに向かって発した言葉、
『責任を取らせて欲しい』と言う懇願を耳にして、
何故、セイブルが責任を取る必要があるのか?意味がわからなくて、
「あの娘は、ワタクシより、自由を与えられて、
愛されて育ったのに!ズルイですわ」と、今まで以上に心底、
ノワールの事が嫌いになった。
暫くすると、ブランシュ達に向かって、
何時もノワール側に付いている城下の警備隊の部隊長が、
『ノワールの治療の邪魔をするのは如何なモノかと思いますよ?
それに、他の患者にも迷惑になります。御引き取りを』と、
追い返す様な言葉を投げ掛けてくる。
「この人もだわ、何故、大きな見返りも無いのに、ノワールなんかに、
優しくできるのかしら?」と、思いながら、
ブランシュは、この機会を逃す事無く、作り笑いを浮かべ、
アンブルとセイブルに対し、この場から立ち去る事を促した。
それからブランシュは、笑わぬ目で、
「ノワールなんて死ねば良いのに」と心で囁き、
目で訴える様にノワールを一瞥してから、治療室を出る。
それにしても、
部屋を出てからのアンブルとセイブルの表情は、暗く淀んでいた。
その点に置いてのみ、ノワールの自業自得。
ノワールが、謝罪に対して御礼も言わず。
相手を労わる言葉を返さなかったから、そうなったのだが、
ブランシュは、自分は一言も謝罪なんかしていないのに、
その事まで、自分の事の様に「お礼を言わないだなんて」と思い。
ノワールが自分に対して、礼を欠いていると感じ、
怒りを禁じえなかった。
ブランシュは治療院を出て直ぐ、数回、深呼吸を繰り返し、
ノワールの事を忘れ、2人を元気付ける為、気を取り直して、
『そうですわ!』と両手をポンッと叩き、
『アンブルお兄様!
セイブル様を案内していない御店がありますわ!
丁度、昼食の時間ですし、レストランで食事をしませんか?』と、
屈託のない笑顔で提案する。
ここで、アンブルとセイブルが、ブランシュの提案に乗っていれば、
ブランシュが、ノワールを殺したい程に憎まなかったであろう。
が…しかし……。
この時のアンブルとセイブルは、
ノワールの背中に存在していた、塗られた薬で生々しく光沢を持ち、
テカる傷跡に恐れ戦き、恐怖と深い後悔を感じた直後。
ノワールを陥れてしまった罪悪感と向き合うだけで精一杯で、
ブランシュと、食事に行ける程の精神力は残っていなかった。
断られたブランシュは、アンブルとセイブルと同じ馬車で城に戻り。
アンブルとセイブルの前で作った笑顔を自室に帰るなり投げ捨て、
部屋の中に存在するありとあらゆる物に怒りと憤りをぶつける。
ブランシュは、部屋に飾られた花瓶や壺を床や壁に投げ捨て、破壊し、
羽根布団のシーツに歯を当て引き裂き、足りなくて、
枕やソファーの上に合ったクッションに、燭台を振り下ろして、
ノワールに対する気持ちと、ノワールへの呪いの言葉を叫び続けた。
夕闇が空から舞い降りる頃、
部屋は、リフォームが必要なレベルで破壊し尽くされ、
ブランシュの体は限界を超え、筋肉が痙攣を起こす程に疲労を溜め、
ブランシュは立ち上がる事も、腕を動かす事も出来なくなり、
嗚咽を零し、静かに小さく蹲るだけと為る。
王妃は、陶器や硝子、家具の破片が散らばり、
羽毛の舞う部屋に、躊躇なく、足を踏み入れて、
ブランシュに破壊された廃墟の様な、この場所で、
何事も無かったかの様に、平然と、優雅な足取りで娘の前に歩み寄る。
『声を荒げるだなんて「はしたない」とは、思いませんか?
廊下まで、響いていましたわよ』と、ブランシュに向かって、
感情の欠落した冷たい目で微笑んだ。
その後、王妃は侍女達に命令して、
自分が産み育てた娘のブランシュを風呂に入れさせ、着替えさせてから、
ブランシュを自室に呼び寄せて、表面上、優しく装い、
『辛い事があったのね。母は全部知っていましてよ。
アナタは何も悪くないわ。』とブランシュを抱き締める。
先程と打って変わって、母親に優しく抱き締められたブランシュは、
王妃に、ノワールに対する気持ちを同意されて、持ち上げられ、
アンブルに対しての気持ちを少し叱られ修正し、窘められ、
自分が悲劇の主人公になった設定で、ノワールとの関係を語った。
王妃は嘘偽りの存在しない本物の微笑を浮かべ、ブランシュに、
『アナタは悪くありませんわ、悪いのは、
アナタから、大切な人を奪おうとするノワールなのだから』と、
大義名分を与える。
ブランシュは、つい、悪気無く、自分で語ってしまった。
自分が悲劇の主人公になった設定の物語に、酔い。
母親の口添えもあって姉である立場と言うモノを誤認識して、
その日からブランシュは、父親と同じ道を辿る様に、
妹であるノワールを恨み、暗殺する事までも、考え始めてしまった。
そんなブランシュの考えに、国王である父親も、
自分に逆らった弟と、
自分を裏切った女の面影をノワールに投影して賛同する。
王妃もノワールに、自分が心から愛し、片思いしていた人と、
一時期、王妃の立場を揺るがそうとした女、
片恋相手の婚約者であった筈の女の面影を重ね、
ブランシュの作戦に同意してから、醜悪な程に顔を歪め笑っていた。