016
ワールは、明るくも暗くもない世界で、ノワの殻の上に天板を置き、
大きな円卓を作り上げて、テーブルクロスを掛け、
誰もお茶を飲まないが、お茶会的なモノの準備を始める。
ノアには、背の高い子供椅子と、甘いココアとチョコチップクッキー。
ノルには、円卓の上に大判なハンカチを敷いて、
玩具のティーセットと、皿の上にケーキ模った置物を準備する。
ノールには、寝転べる事のできる大きさのソファーと、
マグカップにアルコールを飛ばしたホットワイン。
付け合わせには、チーズとクラッカーを置いておく。
ワールは自分用に、
パウンドケーキを丸ごと1本、コーヒーにミルクを準備してから、
『集まれ!会議、初めっぞ!』と、声を掛けた。
ノールは動きを止めて、大袈裟に溜息を吐き。
ノアが素直に『はぁ~い!』と返事をして、
背の高い子供椅子へと駆け寄り、ノルをテーブルの上に置いてから、
ワールに『お願いします!』と手を伸ばす。
ワールが、背の高い子供椅子に自分で登れないノアを座らせ、
ノルをハンカチの上に座らせると、
ノアは『ありがとう』と言って微笑を浮かべた。
その様子を見たノールは、チッと舌打ちをし、
『甘やかせ過ぎやわ』と、ワールに悪態を吐きながら、
自分用に準備された長椅子に勢い良く、音を立てて座り、
自分用に用意された甘いく温かいワインに手を伸ばして、
フーフーと、息を吹きかけ、冷ましながら飲み始める。
ワールはコーヒーにミルクを注ぎ、適温にして1口飲んで、
『強欲を司る「欲張りなノワ」は、今回も、
「誰からも嫌われたくないから参加しない」ってさ、
所で、ノルの意見はどうなってる?ノア?』と、
ノアとノルの方に目を向けた。
ノアは憂鬱そうに溜息を吐き、
手にした熱くて飲み頃では無いココアをテーブルに戻して、
『寛大で尊大なノルの意見を「そのまま言葉」にすると、
私的に凄く面倒だから「要約」するけど、
つまりは「皆を許してる」から、意見は無いそうよ』と、
少し不服そうに、チョコチップクッキーを食べ始める。
ノールは眉間に皺を寄せ、チーズとクラッカーを口に放り込み、
『うぅ~わ、出た!
虚飾のノルは、身内に対しても、外面、体裁、整える子やからな~…
めんどくさ……。こっちに不利益を齎す父と継母とか、いらんわ!
必要無いやん、殺そや!』と提案した。
ノールのその提案は、
ノアの『憤怒と傲慢の担当は、馬鹿なの?脳無しなの?』と、
『エルス兄さんに迷惑掛ける事をしたら、絞めるぞ』との、
ワールの意見によって否定される。
『アレを殺すなら、アンブル兄さんを王に挿げ替えてからでしょ?
アンブル兄さん以外が、王になるリスクを増やすのは困るわ!
少し考えれば理解できる筈よ?アンブル兄さんが王になる事は、
将来、私達の素晴らしい隠居生活に大切な、必須事項なのよ!』と、
幼い体で胸を張り、ノアが宣言した。
『隠居生活て……。』ノールが絶句する。続いてワールが、
『憂鬱と怠惰を担当すると、ここまで腹黒くなるもんなんだな』と、
素直な感想を述べると、ノアは、
幼い見た目を裏切る大人びた微笑みを浮かべながら、溜息を吐き、
ノールが『一番腹黒い癖に、何言ってんねん!
人の事は言えんやろ?』と、生温かい目をワールに向ける。
『そうよね、ワールは、色欲の為に体型を維持する目的で、
担当してる暴食の方を自制できてしまう程の情熱と同じ気持ちで、
エルステ兄さんに不利益を与えようとした相手を陥れるものね、
両手で数えられない数の人間を失脚させといて、
私の方が腹黒いみたいな言い方しないでよ』とノア。
『それ、理解に同意!
ワールの「エルステ兄さん信仰」は異常やからな……。』
『うぅ~わ!失礼な奴等だな、おい!
お前等だって、エルス兄さんの事を好きだろ?違うか?』
『そやな、ウチもエルステ兄やん好きやけど、お前程とちゃうわ』
『そうそう、こっそりエルステ兄さんの性癖調べて、
自分の体型をも、エルステ兄さん好みに整えて、
エルステ兄さん好みの下着を身に付けた上での狡猾さは、
流石の私にも無いわ!』
『酷い事言うなぁ~……。不特定多数に秋波送って、
引っ掛ったのに密着までして、媚びたりするノアに、
そこまで言われる筋合いは、マジ、ホント無いと思うんだけど?』
『失礼ね!不特定では無いわ!特定少数よ!
私は将来、私の役に立つ者にしか、媚びてないのよ!』
『何を持って、少数って言ってんだよ?
両手で数えられない人数存在するだろ?媚び売る相手!』
『あらやだ、片手で数えられるわよ?』
『って……。それって、片手で31までイケルとか言うヤツだろ!』
『それが何か問題でも?ワールは図体が大人でも、脳内が子供ね!』
『ノアは、ガチ幼児体型の癖に、立派に大人のビッチだよな!』
『あぁ~ら、それ褒め言葉?それとも、私みたいに、
上手にエルステ兄さんを手玉に取れない僻みから来る嫌味かしら?』
~等、ノアとワールの口喧嘩を助長させる。そんな、
切っ掛けの一端を担ってしまったノールは、
『あぁ~もう、ええやん!ここら辺で、ネタ的に手打ちにしぃ~さ!
ここまで来ると、どっちもどっちの話やで?』と後悔しながら、
柄にもなくノアとワールの仲裁に入る。が、しかし……。
ノワールの中の3人のノワールの別人格達の話し合いは、
平行線の様相を呈し、露天風呂の湯船の中から、
エルステに本体を引き上げられるまで、続いていた。
世界が一気に暗転する。ノワールがゆっくり瞼を開けると、
そこには、ずぶ濡れで、必死の形相なエルステの顔。
そして今居る場所は、湯船から出た所、直ぐの石畳の上、
ノワールの体は、エルステの腕の中にある。
軽く横抱きにされたノワールの体は、ノワールの意思に反して動かず。
熱を持ち、張り付く様な汗を流し、
視界に存在する筈の無いキラキラした光の粒子を映し出している。
エルステは、自分の勘違い部分に気付く事無く、目じりに涙を滲ませ、
『ごめん、不安やったから、誘って来とったんよな?
こんなんなるんやったら、完全に拒否してしまわんと、
一緒に湯船に入らんでも、近くにおったったらよかった。』と、
自らの冷たい手を、ノワールの熱い首筋に押し当てた。
よく考えてみれば、投獄され、食事も水も極端に制限され、
軽く脱水状態にある状態で、湯船に浸かれば、
誰でも簡単にのぼせたりするのは、当たり前の事であろう。
ただし、
自分の中に他の人格が存在する事も知らないノワールにとって、
他の人格の行動中の出来事は、理解不能。訳も分らない。
それを知っている筈なのに失念しているエルステは、
ノワールの額に軽く唇を当て、
『伯父貴が来るまでの辛抱やから』と、フォルマが来る事を示唆し、
メイドが持って来たバスタオルをノワールの体に掛け、
ノワールの体を抱き直し、一緒に居なかった事を何度も謝った。