015
ブランシュ主催の夜会で、死んだ者の遺族は・・・
武器と戦闘を夜会に持ち込んだ部隊長の嘘と、
体面を守りたい者の虚言。
王妃がノワールを名指しして書いた偽りの多い発表。
語り手として持て囃されたい者の法螺話の為に、ノワールを恨み。
生き残った一部の者と、今回、その嘘や偽りに助けられている者。
ノワール1人に罪を押し付ける結果を否定、拒否できなかった者は、
言い知れぬ罪悪感に苛まれていた。
王妃の説得の所為で、
特に強く罪悪感を持ち、抱え込んでしまったアンブルとセイブルは、
ブランシュが、自分達と同じ思いを抱えていると思い込み。
何時の間にか、
美化してしまった「ブランシュの気持ち」を信じて疑わないで、
今回、「ノワールが投獄される理由となった事件」の事に口を閉ざし、
「ノワールの投獄期間が終了して、ノワールが戻って来る」、
その事をアンブルとセイブルは、
ブランシュを含む3人で、待っているつもりだった。
ブランシュは、自分に向いていると信じていたセイブルの心が、
ノワール側に傾いている事に気付き、母である王妃に相談する。
王妃は、ブランシュがまだ、気付いていない。「自分の息子」と、
自分の娘ブランシュの花婿候補の「他国の王子」の気持ちを知り、
ブランシュの花婿候補をノワールに奪われないようにする為、
アンブルとセイブルが、ノワールと会う事を良しとしなかった。
王妃は、その再会を阻止する為に、
今回の投獄の事を投獄期間終了前日に、先王へと告げ口をし、
ノワールを3人から遠ざける事に成功した。
そんな事情で、事が動いた本来の投獄期間終了日の前の日の事、
先王の命令で秘密裏に、とある計画が実行される。
まず最初に、アシエが、いざという時に人質に取られそうな、
「ノワールに対する監督責任を問われて、
国王の命令で幽閉されていたフォルマの居場所」を捜し出し、
エルステの手を借りて、先王の命で、優先的にファルマを救出する。
そのフォルマの身の安全を先王の元に送り届け、
アシエの家族の安全も一緒に確保してから、
アシエとエルステは、2人でノワールの保護に向かったのだ。
一番、酷い状態で、
ノワールが死に掛ける事になったのは、10年程前。
10年程前に、ノワールの中で生まれた者達の存在に気付き、
先王が、ノワールの中のその存在を確認したのが、4年前。
そして今回、アシエとエルステは、先王からの書状を持参し、
地下牢で、ノワールに罰を与えていた国王の前から、
国王によって魔力を封じられ、
本来のノワールでなくなってしまったノワールを保護して、
毛布で包み抱き抱え、そのまま、先王の元に連れて帰った。
道中、人生3回目の大怪我を背中にしているのにも係わらず、
傷にどんなに触れても、表情を崩さないノワールに対し、
魔法を封じられたフォルマは「ノル」と呼び掛け、
『助けられんかって、ごめんな』と、
悔しそうに応急手当てをしてから、ノワールを優しく抱き締める。
感情の欠落したノワールは、
何の反応も示さず、人形の様にその場に存在するだけであった。
先王の館に辿り着くと、
屋敷の玄関前に待ち構えていた先王の手によって、
フォルマとノワールの首に装着されていた「魔法を封じる枷」の錠が、
すぐさま外される。
「魔法を封じる枷」が外れた途端、ノワールは自分の意思で動きだし、
表情を持った1つの人格を表に出した。
その人格は魔法で自らの治癒力を強化し、傷を修復ながら、
『ここ、温泉あったよな?使わせて貰うぞ』と、先王に言ってから、
屋敷内の風呂のある方向へ、危な気なく、勝手に歩いて行く。
「大丈夫なのか?」と、心配になり、
アシエが『ノワール』と呼んでも、ノワールは振り返らなかった。
今度はエルステが、ノワールに『ワール』と呼び掛けると、
ノワールは立ち止って、
『なぁ~に?エルス兄さん?私と一緒に風呂に入りたいのか?』と、
笑顔で振り返る。
エルステは、速攻で『それは無いわ』と断り、
安心した様に吐息を吐き、
『風呂に一緒に入らんけど、要望は幾らでも言ったってや、
取敢えず、今は、食いたいもんあるんやったら、
リクエストして行きぃ~さ、何系がええのん?』と、
優しい笑顔でノワールに語りかけた。
ノワールはちょっと不服そうに、
『鳥』とだけ短く答えて、立ち去って行く。
フォルマとエルステは『ちゃんと、返事して行きよったな』と、
悲し気に、でも、静かに喜び合い。
アシエは、『今、ワールなのなら、大丈夫ですね……。』と呟いて、
国王から監視されて、今まで、報告できなかった事を謝罪し、
事件が起こった夜会での出来事や、その後の出来事を遅れ馳せながら、
自らが知る限りの全てを報告する。
先王は、虚空を見詰め、息子である国王に対し、
『愛する者と引き裂いて自分のモノにした女が、
「自分を愛さなかった」と言うのは、自業自得で、
ノワールに八つ当たりしても、変えられない過去だと言うのにな』と、
大きく、深く溜息を吐いて、何か祈る様に一度、目を閉じる。
それから先王は、改めてノワールに目を向け、遠ざかる背中を眺め、
『愛して貰える筈の本当の父親に、母親を殺され、
母親との不貞を疑われた叔父の所為で、心底、憎まれてしまうとは、
辛いであろうな……。』と、
死んだ母親の特徴を強く受け継いで、何の因果か、
亡くした方の息子に似てしまったノワールを不憫に思っていた。
その数分後、ノワールは1人、
石造りの風通し良く作られた無機質な露天風呂にて、
ノワールの中のワールが代表し、怪我の場所の表皮を修復・治療して、
風呂に入れるレベルまで治してから、
髪や体を洗い、湯船に浸かりながら目を閉じ、自らの中を会場とする。
自分による。自分の為の、自ら会議を開催する。
その会議の参加者は、皆がそれぞれにノワールであって、
完全なノワールでは無い。
「ノワールと言う人格の渦を管理しているワール」は、目を閉じ、
ノワールの心の中で行われる自ら会議の議長として、
男物のスーツを着こなし、会場に舞い降りた。
その場所は、夜よりも明るく、昼よりも暗い。丸い部屋の中心で、
現在のノワールの姿に一番近い「護られるノワ」が、
胎児の様に膝を抱えて丸くなり、胡桃の様な硬い殻の中で、
死んだ様に身動きもせず、眠っている。
その殻の全体を眺められる場所で、
ロンパースを着た2歳か3歳頃のノワール「泣き虫のノア」が、
見覚えのある高そうなドレスを纏った人形を持ち。
その虚ろな瞳のビスクドール「感情を殺したノル」を強く抱き締め、
『ごめんなさい』と繰り返し謝り、大人な泣き方で、
『辛いよね・怖いよね・悲しいね』と、ノルの代わりに泣いている。
4つの人格から弾き出された感情を預かる「御機嫌斜めなノール」は、
長袖Tシャツとレギンスの上に、ビキニスタイルの鎧を着込んで、
『死ねばえぇ~んか?それとも、殺せば良い?』と、
左右に首をかしげ、
『死んでくれたらえぇ~のに、滅んでしまえば良いんに!
地獄に落ちたら良いのに、死んでしまえばえぇ~のんに!』と、
眉間に皺を寄せ、力任せに真剣を振り回して、歌いながら、
鬼気として、荒々しく剣舞を舞っていた。