013
気を取り直したアシエの妻は、
アシエと同じ糸目で、ノワールの背中の傷痕の状態を確認すると、
『ノワちゃんはまだ、髪をアップにしなくて良い年齢だから、
毛先を少し巻いて、垂らしておきましょうね』と気を利かせ、
『ノワちゃんは、黒しか着ちゃ駄目なのよね?
確か、近くの店に黒いレースのショールが売っていた筈だわ!
アクセサリーも付けてはいけないのなら必要ね!
アナタ、買って来て頂戴!』と、凄く気を使ってくれる。
アシエの娘さんも、アシエとそっくりな同じ糸目で、
ノワールの背中を見て考え込み、
『レースだけじゃ物足りないわ!
レースに合ったシフォン布地のショールを重ねるべきよ!』と、
良い事を思い付いたかの様に言い。
『私が素敵なのを選んで来てあげる!』と言って、
アシエと一緒に買いに行ってくれた。
悪い気がしなかったノワールは、アシエと、その妻子に対し、
素直にお礼を言って、徒歩でも、馬でも、乗合馬車でも、
詰め所にある仕事用の簡素な馬車でもなく、
アシエの家の豪華絢爛な馬車に言われるまま乗って、
夜会に連れて行って貰う事にする。
国王が開く夜会の場所は、ノワールが朝、出てきたばかりの王宮、
アシエの話では、その夜会の会場には、
警備兵として、エルステが配置に就いていると言う。
それを喜んだノワールは、アシエの娘さんの勧めで、
一応、国王に対して、儀礼だけは通してから、
普段、警備に派遣されて来る時と同じ様に、裏側に入り込み。
アシエの妻にして貰った化粧を見せる為、
仮面を外してエルステに、『エルス兄さん!』と声を掛け、
エルステの腕に抱き付いて、エルステを驚かせた。
夜会の警備の為に、豪華な方の警備服を着込んだエルステは、
ノワールの2度目のドレスアップ姿を目の当たりにして、
『どないしたん?今日は御洒落さんやな』と言うと、
10年前同様、ノワールの髪を優しく撫で、
『めっさ可愛いやん』と、ノワールの頬にキスをする。
その様子を後から付いて来ていたアシエが見て、
『アンブル王子にも見せてあげないと、拗ねちゃいますよ』と、
クスクス笑いながら言って、
エルステの『どないしたん』の答えをノワールの代わりに答えた。
それからアシエは、エルステの上司に直談判して、
『エル君を借りてあげましたから、
夜会の会場にエル君と一緒に戻りなさい。一応任務なんですから、
夜会が終わるまで、もう、会場から姿を消してはいけませんよ』と、
ノワールを喜ばし、夜会の会場へ、ノワールが戻る様に促した。
ノワールが会場に戻った頃、
この夜会にノワールを強制的に参加させたブランシュは、
父親である国王に頼み込んだ手前、我儘を言えず。
自分の意思で、降りる事を許されない舞台の上の自分の席で、
背筋を伸ばし、誰にも気付かれぬ様、ノワールを目で捜し、
やっとの事で、ノワールの姿を発見する。
丁度、ノワールがエルステにエスコートされて夜会の会場戻り。
アシエの奥さんにセットして貰った髪を崩さない様に、
何時もの様に、仮面を被ろうとしている様子が見て取れる。
そんな、場面だった。
ノワールの近くには、城下の警備隊の部隊長のアシエと、その妻子。
場内の警備兵のエルステがいて、楽しげに笑い合っていた。
嫉妬に狂った「この4日間」で、
ブランシュの周囲には、もう、誰もいなくなっていた。
付き添いを申し出る娘達は姿を消し、舞台の上に居るのは、
見ず知らずの無表情の警備兵と、少し上の段に王と王妃。
兄のアンブルは?と言うと……。
前回、王命により、近付く事を制限された者達に囲まれ、逃げて、
一時、会場から退散した後、
前回同様、今回はアンブルから申し出て、
『異性を紹介する事厳禁』と言う王命を出して貰い。
話し掛けられるまで、話し掛ける事を禁止すると言う。
特例的な人払いをした所で、
セイブルと一緒に、舞台の下で、友人達と話し込んでいる。
孤独を実感してブランシュは、ノワールの方に視線を移し、
何故かノワールを妬ましく思う。
ブランシュの知る限り、
ノワールは、そこ彼処に、自分の居場所を持っているのだ。
その場所には必ずと言って良い程、
ノワールに対して、無償の愛を与える人物が複数、存在する。
それは全て、ブランシュが持っていないモノであった。
それだけではなく、今、セイブルの心までも、
ノワールが手に入れようとしている様に、ブランシュには思える。
丁度その時、何かの引力でも働いたのか?
恋人同士の様にじゃれ合うエルステとノワールの元に、
セイブルが駆け出し、その後をアンブルが追い掛けた。
セイブルはノワールの背後まで近付くと、
ノワールの肩に重ねて掛けてあった2種類のストールを剥ぎ取り、
ブランシュが見ている中、
驚き、泣きそうな顔をして、ノワールを背中から抱き締める。
ブランシュが段上から見下ろすフロアの中で、
年頃の娘達の嫉妬から来る怒りと、絶望、
ノワールの背中にあった赤黒い傷跡に対する恐怖からの悲鳴が、
見事な程に入り混じり合って、伝染する様に広まり、木霊した。
そんな場面に置かれた、ノワールは今、
嫉妬に狂った女達の群れに囲まれ攻撃を受けていた。
2人の王子様達だけでなく、エルステや既婚者のアシエにも、
沢山のファンが存在していた為に、暴動を起こされてしまったのだ。
暴徒と化した娘達や女達は、
ある意味、盲目で、本末転倒を良く繰り返し起こす。
自分達の邪魔をするなら、
恋する相手をも傷付けてしまう様な事にでも手を出し、
恋のライバルを排除しようとするからだ。
ノワールは、アシエの妻子に危険が及ぶ事を危惧して、
『部隊長!奥さんと御嬢さんを連れて、離脱して下さい!』と叫び、
隙を突き、アシエの妻子に手を下そうとする暴徒に対して、
魔法で攻撃力を強化した上で、手元にあった仮面を武器とし、
暴徒へと投げ付け撃退する。
ノワールからの怒りと苛立ちを込めた無遠慮な攻撃を受け、
見知らぬ女性達の悲鳴が上がり、
『自分を守れ馬鹿!でも、ありがとう!』と、
アシエの荒げた声が聞こえてくる。
後、『ノワール!こちらは、こちらで何とかします!』との、
冷静なアシエからの返事があった。の…だか、しかし……。
ノワールとエルステだけでならば、それぞれで魔法を使って、
この場から簡単に、離脱する事が出来るのだが、
ここには、ノワールを必死で護ろうとするセイブルと、
アンブルの存在がある。
武人であるアシエやエルステと違い、セイブルとアンブルは、
ノワールの事を理解し、これからすべき行動を判断して、
個人個人で行動してはくれない。
セイブルとアンブルが逃げてくれない為、エルステが逃げられない。
ノワールも、セイブルとアンブルが逃げてくれないと、
魔法を使って逃げられない。
エルステの所持する魔法も、ノワールの持っている魔法も、
万能ではないからだ。
その為にノワールは、現在進行形で、
ブランシュが愛を求めるセイブルと、兄のアンブル、
エルステにまでも、守られる結果となっていた。
10年程前の事も、4年前の事も、
自分の楽しい事だけを重視してきたブランシュは、
その状態にショックを受け、嫉妬し、何にも知らないまま、
今回の事が起こる原因や、その要素を何も知る事も無く、
ただ、漠然と、
「何故、ノワールだけ、そんな事をして貰えるのでしょうか?
如何して、今、セイブル様に抱き締められているのが、
ワタクシではないのでしょうか?」と思っていた。
「神様、貴方は、とても不公平です。
アンブルお兄様だけでなく、セイブル様まで……。
ノワール、ワタクシから取り上げてしまわないで下さい。」と、
ブランシュは声に出さずに只管、願う。
その日の昼前に、セイブルから
『ノワールに会って、確かめたい事があるんです』と頼まれ、
自分で「この場」を設けてしまったブランシュは、
自己嫌悪より、ノワールに対する嫉妬心を更に募らせ、
気付けば無意識に、
『アンナ娘、死ンデシマエバ良イノニ』と、
繰り返し繰り返し、誰にも聞かれる事無く呪いの言葉を吐いていた。