012
勘違いが混ざっていても、一度、打ち解ければ、
人との間の精神的な垣根は、低くなるモノだったりする。
その為、セイブルのブランシュに対する社交辞令も、
スキンシップ付きで、優しさを含んだモノへと変化して行った。
舞踏会で、礼儀として、異性とダンスをする事があっても、
そう言うスキンシップに対して、免疫の無かったブランシュは、
そんなモノに心をときめかせ、心を躍らせた御蔭で、
恋に恋した「ブランシュの恋心」が、本物の恋へと変化して行く。
本物の恋は、恋した相手の短所に対して、盲目となる。
普通の恋なのなら、それだけなのだが、本物の恋でも、
欠けた恋や、歪みのある片恋は、それに凶悪性を追加して、
恋の相手が、他の恋愛対象となる可能性のある者に優しくしただけで、
ライバルと見定めて、牙を剥くのだ。
ブランシュも、その例に漏れず、
次第に、セイブルが優しく対応した相手や、
自分に味方する自分の取り巻き達にまでも、強く嫉妬し、
自分の親の権力を笠に着て、攻撃する様になっていた。
その頃、倒れて1週間が経過したノワールは、
『もうちょい、ワシの可愛いノアちゃんでいて欲しかったわぁ~』と、
フォルマに愚痴られつつ、
『何時でも、用事が無くても、帰ってきていいんだよ』と、
薬科塔で働く者達と、アンブルに惜しまれつつ、城を出て、
久し振りに仮面を被り、城下にある職場へと復帰する。
何故か、兄で、自国の王子であるアンブルを背後霊の様に従えて……。
その所為で、職場復帰したノワールを見て、
嫌味を言おうとしていた高い爵位を持った他の部隊の部隊長や、
同僚達が、暴言を吐き、ノワールの背後にアンブル王子を発見して、
黙り込み。青ざめる。
それまで、アンブルの存在に気付いていなかったノワールは、
不思議に思って、青ざめた彼等の視線を辿って振り返り、
8年前、7歳の頃、小姓として働き出した時から続く、
想定内のトラブルに対して、『また、ですか……。』と、
溜息交じりに吐き捨てた。
『で?アンブル王子、貴方はいったい、何をして御出でですか?』と、
ノワールが質問すると、アンブルは、恥ずかしそうに頬を染め、
『王位継承権の無い妹の安全を確認する為に、
俺が俺の為に企画した「妹の職場見学」に決まっているだろ?
今回は、御家騒動を起こしたい虫とか、
そもそも悪い虫とかを潰しに来たんだが……。ここには、
それ以外の毒吐き虫が、多いみたいだな?働き辛いだろ?
折角だし、駆虫剤撒いて帰ってやろうか?』と、
怖い位に素敵な笑顔を見せる。
ノワールの表情は、
仮面に隠れて見えない為に、周囲の者達には空気が読めず。
高い爵位を持った他の部隊の部隊長や同僚達が特に怯えて、息を呑み、
城下の警備兵の詰め所は、気味が悪い程に静まり返った。
ノワールが俯き、仮面の位置を修正し、
『何を馬鹿な事、言ってるんですか……。』と脱力し、
『アンブル王子?そんな事された方が、働き難いですよ?』と言って、
深く溜息を吐くと……。アンブルは不満気にしていたが、
城下の警備兵の詰め所の中で張り詰めていた空気が、抜けて行く様に、
少しづつ軽くなる。
今度はアンブルが『もっと、傍若無人に我儘言って良いのに』と、
溜息を吐いた。アンブルの所為で、また、空気が硬くなる。
ノワールは、一喜一憂する高い爵位の貴族達の反応が面白くなって、
仮面の下でこっそり笑い、
『傍若無人な我儘って、どんな我儘ですか?想像できないので、
今回も、遠慮させて頂きますよ』と一応、断って、
『それより何より、アンブル王子、私の記憶が確かなら、
貴方は現在、御学友を国賓として迎えていませんでしたか?』と、
切り返し、
『私は、アンブル王子が、普通に公務に励んで頂いた方が、
嬉しいですよ?』と、アンブルが仕事をしに城に帰るように促した。
アンブルが帰って行くと、
ノワールが「この詰め所」に配属される前から、
ノワールの素性を知っていたノワールを従える部隊の部隊長が、
腹を抱えて笑いながら、白髪混じりの金髪を掻き上げ、
休憩室から出て来る。
そして、一呼吸置き、ノワールの所属する部隊の部隊長は、
『我らが王子様の配下の者達に、首を落とされたくなかったら、
今回、耳にした情報は、以後、死んでも口に出してはいけませんよ?
暗殺されますからね』と、
その場に居た者達に、何時も変わらぬ笑顔で口止めをしてくれた。
『アシエ部隊長、居るのなら、
もっと早く出て来て、王子の暴走を止めて下されば良かったのに』と、
ノワールが言うと、アシエは元から細い目を更に細め、
『自分への苛めを放置する君にも、時には、牽制が必要でしょう?
置いてある荷物に悪戯する馬鹿を取り締まる私の手間を考えて下さい。
こう言うイベントでも無いと、減らないんですよ、馬鹿は』と、
大声で、皆に聞こえる様に言ってくれる。
城下の警備兵の詰め所に、気不味い空気が対流を始めた。
ノワールに対して友好的で、
敵意を見せていなかった爵位の無い貴族達も、平民上がりの者達も、
ノワールとの距離を取る。
ノワールが、それを残念に思い。
『そろそろ、部署の移動を申請しようかな……。』と、小さく呟くと、
アシエが、『それは、私が認めませんよ?』と、
細い目を何時もより、少し大きく見開き、
『それされると、先王様権限で、
私も移動させられてしまうじゃないですか』と、却下してくれた。
そんなその日の夕方、ノワールが通常任務を終え、詰め所に戻ると、
詰め所には、正装した部隊長のアシエと、
その妻と娘が、ドレス姿でノワールを待ち構えていた。
昼過ぎに王宮から、夜会の招待状が届いたらしい。
ノワールが、
「アシエに急用が出来たとかで、残業を頼まれるのでしょうか?」と、
何となく思っていたら、
『ノワール、夜会に着て行ける様なドレスは持っていますか?』と、
アシエがいつも通りの笑顔で聞いてくる。
ノワールが怪訝そうに、
『持ってないですね。そもそも私、まだ15ですよ?
社交の場に出る年齢になるのは、来年です。警備の任務なら、
城の王子の部屋に、城での勤務用の軍服の着替えがあるので、
大丈夫ですけど』と言うと、
アシエの妻子が、アシエに似た同じ笑顔でノワールの両脇に移動し、
ノワールの腕に巻き付く様に抱き付いて来た。
『悪いんですけど、今回は、警備の任務じゃなさそうなんです。
化粧ポーチとドレスが入った箱付きで、
「人前に出して恥ずかしくない格好をさせて連れて来い」と、
国王から、命令が下りました。
ノワール!大人しくドレスアップしてくださいね』と言う。
目の前には、国王の印が押された命令書がある。
ノワールは仕方なく、従う事にしたのだが…しかし……。
「何の拷問ですかね?」
胸元がV字に深くカットされ、背中に布地の無いタイプの、
光沢感のあるホルターネックの漆黒のサテン素材のドレスは、
ノワールの肌の白さを際立たせ、
ノワールの控え目な胸の大きさを強調し、
ノワールの背中に存在する赤と紫と黒の斑模様。
地獄にでも存在していそうな炎の様な造形の古傷を最大限に目立たせ、
披露してくれている。
それを初めて見たアシエの妻子は、小さく悲鳴を上げ、
目尻に涙を滲ませ、微かに震えていた。
2人が大きく取り乱したりしなかったのは、事前に、
アシエから傷の事を聞いていたからだろう。
ノワールが自嘲気味に微笑みを浮かべていると、
アシエの妻がノワールの傷跡に触れ、ノワールを背中から抱き締め、
『助けてあげられなくて、ごめんなさい』と言った。
ノワールには、謝罪された理由も訳もわからなかったが、
『もう、気にしないで下さい。』と言う事しかできなかった。