011
舞踏会の日から3日が過ぎた。相変わらず、アンブルは、
セイブルと行動を共にしない昼間に、公務をサボッてまでして、
ノワールが収容されている薬科塔に入り浸ってしまっている御様子だ。
周囲の話曰く、
夕方帰ってくるのは、薬科塔から追い出されての事だと言う。
海外視察名目で来ているセイブルにも、
それなりの公務があって、完全に暇で退屈と言う訳ではないのだが、
アンブルが、セイブルと殆ど話す事無く、
その日の内に、やっておかねばならなかった仕事をしながら、
一緒に夕食を取るだけになっている為に、セイブルは内心、
少し面白くないらしい。
エルステも、仕事の合間に薬科塔へ行ってしまい、中々捉まらず。
セイブルは仕方無く、公務の時間も含め、
ブランシュに相手をされる事を余儀無くされていた。
初日はエルステの手を借り事無きを得て、2日目からは、
エルステの代わりに、士官学校での後輩達を数人生贄にして、
セイブルは、日々を乗り切っている。
セイブルの心境を知らない。
セイブルの心境に気付けないブランシュは、
『他国と言えど、やっぱり、王族である事って重要ですわね。
セイブル様は、兄上と同じくらい紳士ですのよ』と、皆に話し、
『夫にするなら、セイブル様以外、考えられないわ』と、
言って回って、外堀をゆっくり埋めて行っていた。
目に見えぬ。片方には自覚の無いと言う。不可思議な攻防戦。
そして、同じ場所での野外のお茶会が、3日目となると、
踏み荒らされた花畑の花は枯れ果て、芝生も枯れて、
草も花も土に帰ろうと、土に同化して茶色に変色して行く。
セイブルは、ブランシュからノワールの事を上手に訊き出せず苛立ち、
花を愛でない花畑での御茶会にも嫌気がさしていた。
セイブルの記憶の中に存在する最初に出会った頃のノワールなら、
現在の花畑の状態を良しとしなかったであろう。
但し、ソコには、少しばかりの誤解が存在し、
ノワールが良しとしない理由は、
「薬効の有る野草を保護する為」なのだが、
その事をセイブルは知らないし理解していない。
そんなこんなで、会えない相手に思いを募らせるセイブルは少しづつ、
相手をしたくてしている訳ではないブランシュの事を何故だか、
とっても嫌いになって行く。
ブランシュの行動。躊躇なく花を踏み、花を千切り空に撒いて、
「見て下さい!綺麗でしょ?」と言わんばかりに、
花弁の雨を降らせる事が、セイブルはどうしても理解できなかった。
バージンロードを歩く時に、参列者が空に撒く、
フラワーシャワーを思い。自分で花弁を撒いて、
その下を自ら潜り歩くブランシュは、セイブルの気持ちも知らずに、
セイブルが快く、「自分を見守ってくれている」と信じ切って、
子供の様に、おどけて見せる。
幼少の頃は「御転婆」と、微笑ましく見守って貰えていた行動が、
今では、「破天荒」と称され、非難されてしまう今日この頃。
ブランシュは、セイブルの言葉や態度が、
社交辞令だと言う事に気付けずに、セイブルに対して、
恋心を募らせていく。
言葉は少なくても、ブランシュは共感して貰えている気がするのが、
心地よかった。
聞き流すのではなく、質問して貰えるのがブランシュは嬉しかった。
嫌そうな顔はせず、微笑みながら見いて貰えるのが、
ブランシュにとって、とても幸せだった。
そのブランシュにとっての幸せも、そろそろ終わりに近付いていた。
セイブルの視界にノワールの姿が映し出される。
この国では少ない色の濃い髪の色、エルステの茶髪と、
ノワールの焦げ茶色の髪は、
グレンデル特有の色素の薄い集団の中で、目立ってしまうのだ。
それは、金髪のアンブルと、白髪のフォルマが引き連れた。
薬科塔で働く人達の集団の中に、存在していた。
ノワールは、エルステにおんぶして貰い。寝台のシーツ交換と、
日光浴の為、少しの間、外へ連れ出して貰っている所だった。
アンブルと、フォルマと、エルステと薬科塔に勤める神殿の職員。
それ以外の人達は、ほぼ目にする事が出来ないノワールの本当の笑顔。
自分が何時も見ている。自分に向けられている作られたモノではない。
ノワールの本当の笑顔を見て、ブランシュは、愕然とする。
そして、ノワールに向けられる兄であるアンブルの笑顔も、
フォルマ、エルステ、薬科塔の職員達の笑顔も、
ブランシュに向けられるモノとは別物で本物だった。
「ノワールだけ、ズルイですわ」
自分には向けて貰えていなかった優しい笑顔をノワールは貰っている。
別の笑顔を見た事が無かった為に、今の今まで気付けなかった事実。
ブランシュは疑心暗鬼に陥って、自分の周囲に集まる者達の顔を見る。
「この方達はワタクシと居て、作り笑顔をしているのではなく、
本当に心から、
ワタクシと居るのが楽しくて笑っているのでしょうか?」
不安に駆られたブランシュは振り返り、セイブルを目を向けた。
ブランシュの周囲の者達や、
セイブルの連れである士官学校での後輩達が、ノワール達を見て、
不思議そうにしたり、微笑ましそうに見守ったり、
笑顔ながらに毒を吐いたりする中、
セイブルは眉間にしわを寄せ、何故だか怒っている様子だった。
その表情に強く興味をひかれ、
『どうかなさいましたか?』とブランシュが声を掛けると、
セイブルは、心底、驚いた様子でブランシュを見て、微笑みを浮かべ、
『少し・・・少しだけなんですけど……。
アンブルとエルステに対して、腹が立ちまして』と、前置きすると、
セイブルは苦笑いを浮かべながら、
『普段、病気しない娘が熱を出したからって、
そうそう頻繁に会えない僕を放置して、看病に行くとか、
ちょっと、無いですよね?僕、一応、国賓ですよ?』と言った。
実にその通りだった。命に係わる病で無い限り。
国賓を放置して、身内の看病…と言うか……。
身内を甘やかしに走る行為は、流石に失礼になってしまう。
ブランシュがその事に気付き、謝罪すると、
『そこの所は気にしなくて良いですよ』と、セイブルは軽く笑って、
『それにしても、ズルイですよね』と言った。
セイブルは、ノワールとの関係性を修復したいと思っていた為、
アンブルとエルステに対して、「ズルイ」と言ったのだが、
ブランシュは、ノワールに対して、「ズルイ」と言ったと勘違いし、
「同じように思っている人が存在する」と勘違いしてしまい、喜んで、
『本当に、ズルイですわよね』と笑顔で言う。
セイブルは、ブランシュから訊き出した話を元に、
ブランシュが、アンブルと同じくらい妹の事が好きなのだと勘違いし、
セイブルの方も、ブランシュが、
「アンブルとエルステに対して、ズルイと言った」と、
勘違いしてしまっていた。
セイブルは、アンブルとエルステがノワールに構うのを
『こちら側の気持ちも、少しは考えて欲しいモノですよね。
僕が来ている時くらい、自重してくれれば良いのに……。』と言う。
ブランシュは、セイブルの言葉に含まれる本当の意味を見失い。
セイブルがノワールに対して、
「アンブルとエルステに甘えるのを自重して欲しい」と言ったと、
勘違いしてしまって激しく同意した。
その時に生まれた「相互不理解」も、また、誰にも気付かれず。
誰も知らないまま、セイブルとブランシュの心に居座った。