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 路線バスは密度の濃い霧に囲われて、硝子の向こうの景色は霞んで、俺の顔が鏡のように映っていた。昨日は遠くの街で骨董品の鑑定をしていた。報酬を貰ったが少しだけ足りなくて、古い髪飾りを貰った。髪飾りというよりかんざしと言った方が良いだろう。琥珀こはくで作られており昔のものだったら値打ち物だけど、科学が進んだ現在では琥珀は偽物が簡単に作られる。

 ……報酬の代わりに貰ったのは失敗だったかも知れない。

 店長は優しいから……優しく怒られるかも知れなかった。

 今回の仕事は一人だけだったこともあるけど、思ったよりも鑑定する品数が多かったため、ほとんど寝ていなかった。肌は少し荒れていて、眼の下にくまができる予兆が現れている。

 一日の睡眠不足で荒れる肌が恨めしかった。

 都会の空気が悪いからかも知れない、田舎で暮らしていた時は空気を意識したことも無かった。排気瓦斯はいきがすが恨めしい、洗濯物が汚れるだけじゃなくて、俺の健康も汚そうとしてくる。

「そもそも……」

 間違って声を上げてしまい周りの人の注目が集まった。

 少し頬が熱くなる。

 店長の手料理が合わないのでは無いだろうか。俺自身の食事管理はバッチリのはずだ。都会の野菜は美味しくないけど食材は豊富にあったので、料理本を片手に色々と考えて作っていた。

 でも店長も料理を作ってくれる。

 それは嬉しい。

 それは良いんだけど。

 店長は濃い味付けが好きだー。

 料理の味付けも塩分過多な気がする。塩分は肌の健康に直結するから、どうにか控えめにして欲しい。

 百歩譲って店長の味付けはそのままにして貰っても良いけど

 私の手料理を食べる前に塩胡椒をかけるのは止めて欲しい……。

 凄いストレスが溜まる……。

 硝子に映る顔が怒っていた。

 ……俺だった。

 肌荒れの主な原因はしゅうとめの嫌がらせのように料理の味付けにケチをつけられているからかも知れなかった。

 ……駄目だ。

 忘れよう

 小さい事を気にしていたら死ぬまでストレス過多だ。

 眠気が戻ってきた。揺り籠のようにゆれる路線バスは眠るのに丁度いい心地で、頭を揺らしながらウトウトと眠ってしまった。


 目覚まし時計は交通事故だった。


 俺は前の席に額をぶつけて無理矢理に起こされて、しばらく呆然としていた。路線バスは急停車しており、路線バスの横には美味しそうなゼリーの色をしたスライムがバスの形に凹んでいた。通勤時間だったため他の乗客たちは運転手に文句を言い始めて、スライムも先を急いでいたためか姿を消してしまい、駆けつけた警察は呆れながら事情聴取を始めた。

 俺が開放される頃に、霧は雪へと変わっているのに気付いた。初雪は粉砂糖のように細かく街に降り注ぎ、誰かが動くと空気のように舞い上がった。密度の薄い雪は、無機質なコンクリートを漂白するように降り注いでいる。

 季節はずれの気候だった。

 不思議な雪だ。

 何の関連性も無いのに運命的な美しさを感じてしまう。

 俺は手を擦り合せながら、骨董店へと戻った。


「随分と遅かったな」

「路線バスとスライムが事故って」

 店長は事情を聞くと少し笑って、「少し休め」と言ってくれた。

 俺は遠慮なく自分の部屋へ入り、きちんと鍵をかけてから畳みに寝転がった。押入れから布団を出したかったけど、疲れた体が今すぐに寝転がりたいと俺の身体を強制的に寝かせた。畳からイ草の新鮮な香りが漂い、冬の始まりを消し飛ばして草原の景色を想起させた。この家の畳は本物を使っている。最近の畳は中身が断熱材だったり、イ草を使わなかったりするけど、これは本物だった。

 偽物より本物の方が好きだ。

 鑑定士としては良い性質だろう。

 俺は気付くと寝てしまっていて、頬に畳の跡が残ってしまった。寒い――と反射的に思ったけど、眠気が覚めてくると意外と温かいのに気付いた。俺は下の階に降りると、床板が一枚剥がされていて囲炉裏があるのに気付いた。囲炉裏の火が建物の中をほのかに温めてくれていたようだ。店長は女の人と向かい合って話していて、俺のほうに一度目を向けてから、手招きした。

「弟子です」

 店長は俺の後頭部を掴んでお辞儀させた。

「そう……」

 ぷっ、笑い声がした。

「頬」

 畳の跡がついていた。

 俺は手で隠して、「失礼しました」と言った。

「面白いが入ったみたいね」

「まあ、修行中ですよ」

 女の人は手招きして、耳元で囁いた。

「気をつけてね」

「何がですか?」

「……内緒」

 ……どういうこと?

「バイバイ」

 女の人は会話を繋げることは無く、そのまま帰ってしまった。

「誰だったんですか?」

「昔の相棒だよ。久し振りに近くに来たから来たらしい」

「へー」

「スライムの人身事故だってよ。同じバスに乗っていたんじゃないか?」

「へー」

「何の反応だよ」

「別にー」

 店長の掌に古びた紙が握られていた。私が見ていると、見せてくれた。それは古びた名刺で、高そうな紙で作られていた。新しい名刺もあり、女の人の名前と職業が書かれていた。

「古いのを返しに、新しいのを渡しに」

「そう言えば、帰り際に気をつけてと言われたんですけど?」

 店長は視線を上に向けて、しばらく考えていた。

「幽霊が出るとかかな」

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