第2話 FoG
ニュースが流れてから、俺らの間に少し沈黙があった。さっきまでの騒がしい雰囲気はそこにはなかった。
流果はこれが俺のやったこととわかったようで、さっきまでの笑顔から打って変わって真剣な表情で口を開いた。
「お兄ちゃん…一般人相手にここまでやるなんて…」
「一般人じゃない。ゴロツキなのは当たってるけど、アイツらはライセンスを持たずに異能力を使って、かつ、何人か殺ってる違法者だ。ほら、今月の警戒リストに名前載ってただろ?」
「そうだけど、お兄ちゃんがわざわざ任務外のまだ警戒レベルの低能力者相手にここまでやるなんて…何かあったの?」
妹の問いは俺にも正確には答えられそうになかった。何で俺があの少女、幼く見えるが可愛らしく、神秘的な彼女を助けようと思ったのか、俺自身にも分からないからだ。
普段、俺は任務外で人助けをやらないし、やろうとも思わない。そんな俺があの少女を助けようと思った理由なんて、分かるはずがなかったが、
「女の子が絡まれてたから、ちょっと助けただけ…あっ」
とりあえず答えとこうとして、俺は自分が地雷を踏んだことに気付いた。流果は口だけ笑いながら、震えた声で言った
「へぇー、そういう事普段しなくて女子にもそこまで興味を示さないお兄ちゃんがわざわざ助けるなんて…。ねえ、何でお兄ちゃんには私が居るのにどこの誰かも知らないゴミに興味を持ったの?」
や、やらかした…。コイツ、前から俺が他の女子の話をすると(特に楽しそうに話したとき)、何故かは分からないがこんな感じになる。そしてごくたまにおかしな事が起きる。
例えば、俺が中2の頃、ある女友達について流果に話したら、翌日からその娘は不登校になり、ついには転校してしまった…(流果が何かやったと確信している)
更に、コイツも異能力者、しかも、世界ランク第7位の強さだから面倒だ。俺は第3位だから、これで喧嘩になっても勝てることは勝てるが…喧嘩の後の惨状は怪獣映画でのそれをも越すのは確定事項、関東は確実に消えるはずだ。
…俺は今、関東をクレーターにするか否かの重大なフラグを立ててしまったのだ。
「…別に興味を持つわけないだろ。ただ、昨日の任務でイラついてたその帰りに、あんな低能力者のムカつく行動見てたら流石に殺したくなっただけだ…」
「言い訳しなくていいよ?大丈夫、お兄ちゃんが私しか愛せなくすればいいんだから…」
ダメだ、何言っても聞かなそうだな…なら、こういうので使いたくはないが、あの能力を使うか…
「流果…少し黙っててもらうぞ…『洗脳分身』!!」
俺が流果の目を直視して呟くと、流果の目が虚ろになってゆき、俺とは別の方向を向いて「エヘヘ、お兄ちゃん…」とニヤケながら呟き始めた。
『洗脳分身』は俺の持っている異能の一つ、『色欲』の技で、相手の記憶やイメージに基づいて作られた俺、守の幻覚を作り出す。そして、幻覚をかけられた相手には本物の俺は見えなくなり、ソイツの注意は全てその幻覚に向いてしまう効果もある。
つまり流果には今、コイツのイメージで作られた俺しか見えていないことになる。最も、流果が見ている幻覚がどんなものか見ることも可能だが、本能的に見るなと警告しているため毎回見ないことにしている。
とにかく、効果持続時間は約2分、その間になるべく遠くに行くことにした俺は学校の荷物を持ち、アパートを後にした。
この少年が使ったように、この世界には異能力というものが存在している。異能力とは、元は魔法や超能力、ポルターガイスト、怪奇現象、妖力、神の奇跡などと呼ばれていたものを総称したもので、国際的な正確名称は『神の領域《Field of God》』略して『FoG』と呼ばれている。
異能力、FoGは西暦2000年代の早い時期でその存在を国際的に認められ、それらを管理、研究するために、『国際異能力統合会議《International FoG Integration Conference》』通称『IFIC』が各国からの資金によって設立された。
そして、『IFIC』調査により、世界人口の1/5にFoGが開花してる者、してはいないが能力を秘めているものがいることが分かった。更に、最近では未開花の能力者の能力開花を促すだけでなく、下位のほんの一部の能力であれば高額ではあるが、能力が開花しないはずの人間にも付与することができるようになり、能力者の人口が増えていった。
しかし、無制限に増えようとしていた能力者を完全に管理するため、『IFIC』はライセンスを持った者、もしくは各国の『異能力育成校』に在校している者だけにFoGの使用を許可するという決断を下したため、秩序はほぼ整った。
だが、ライセンスを持たずに能力を悪用しテロなどを起こす者も同時に現れ始めた。そこで、『IFIC』は直属のテロ対策組織、『悪魔狩り』が設立された。そした、そこの日本支部に所属する若きエースが、今登校中の少年、守だ。
彼は彼の親が殺害された数ヶ月後に能力が開花していることが判明した。 そして、彼は開花が判明して数か月で、本来成人以上が所属する『悪魔狩り』の日本支部に特例で所属、そこで目覚ましい功績を挙げ、わずか1年で『IFIC』集計の戦闘能力世界ランクにおいて、第3位の実力者として名を記録され、それ以来今までそのランクを維持している。
しかし、彼の任務の遂行の仕方には問題があり、そこからついた通り名は…
家を出てから2分、今ごろ流果は幻覚から目覚めて悔しがってるところか?とにかく、面倒臭いことが起きなくて良かった。
けど確かに、何故俺は昨日あの少女を助けようと思ったのか?一晩経った今日になっても全くわからなかった。何度も言うが、俺は任務以外で人助けをしようとはしないし、しようとも思わない。なのに、何故か昨日の少女のことは助けてしまった。…何でだ?
と、俺はそんなことを考えながら歩いていると…
「あ、あの…」
「…何だよ?」
か細い声が聞こえたので振り返ってみると、俺は驚いていた
「き、昨日は助けてくれて、あ、ありがとうございましたです」
何故なら、そこには彼女がいたのだ。
透き通るような肌、吸い込まれそうな青い瞳、そして、銀色のロングヘアー、月光が出てないせいか神秘性はないが、それでも、かわいらしく幼い見た目の、自分と同じ制服を着た少女がそこにいた。…そう、彼女こそが昨日俺が助けた少女だった。